その21
イスに縛られた紗由が目を開けると、そこは豪奢な大広間だった。
イスの前には大きなテーブルがあり、その横にはティーポットとカップと呼び鈴が乗ったワゴンが置かれていた。
「お目覚めですか、お嬢ちゃん」
紗由をお嬢ちゃんと呼ぶ男だったが、年齢は紗由とさほど変わらないように見えた。
「何でこんなことになっているのかしら、私」
自分に巻き付けられたロープを見ながら尋ねる紗由。
「彼に近づくからじゃないかな?」不遜な笑みを浮かべる男。
「あら…彼に電話をもらったから、おじゃましようとしただけよ」
「電話?」
「私、お客なんですけど」
ニッコリ笑う紗由を睨みつける男。
「そんなわけないだろ!」
「なぜ? あなたが彼の行動を制御してるの?」
「うるさい!」
男はイライラした様子で爪を噛み始めた。
「彼に電話して聞けばいいじゃない」
「…何でおまえはそんなに落ち着いてるんだ。状況わかってるのか?」
「状況って?」
「おまえは今、体の自由を奪われていて、俺はおまえをどうにでもできるってことだ」
「どうにでもねえ…」うつむき、フンっと笑う紗由。
「どうにでもだよ」ニヤリと笑う男。「せっかくだし、楽しませてもらうとするか」
「悪いけど、あなたタイプじゃないわ」微笑む紗由。
「強がり言えるのも今のうちだ」
胸元からナイフを取り出し、紗由の頬をピタピタと叩く男。
「…あなた、もしかして何も知らないの?」
「はあ?」
「縄、ほどいてちょうだい」
「ああ。お楽しみのためにはほどいたほうがいいかもな」
男が下種な笑いを浮かべると、紗由はため息をついた。
「縄をほどくのと、廃人になるのと、どっちがいいかしら?」
「廃人? 何言ってんだよ」
「それが答えね」
紗由は表情も変えず、頭の中で“えいっ!”と唱えた。
「はいはい、お嬢ちゃ…」
男は頭を押さえて、その場に崩れ落ちた。転がり落ちるナイフ。
「あ、頭…が…」
「このままだと、頭の血管切れるかも」紗由が大きく息を吸う。「縄をほどくのと、廃人になるのどっちがいい?」
だが、男は頭を抑え込んだまま、立ち上がれない。
「役立たずなのねえ。よくそれで彼を守れたものだわ」
“…みんな、用意はいいかしら。一斉に念じて!”
“OK!”
真里菜、奏子、史緒、充の声が紗由の頭に響く。
紗由は男の傍らに落ちていたナイフに向かって念じた。
“縄を切って”
ナイフはふわりと浮かび上がり、紗由の後ろ手に結ばれた縄をざっくりと切った。
* * *
呼び鈴で紗由に呼ばれた蒼也が慌てて部屋に入ってきた。
ゆったりと紅茶を飲んでいる紗由。
床にはまだ男が転がって気を失ったままだ。
「…どういうことです?」
床の男を見つめる蒼也。
「薬をかがされて、連れてこられて、縛られました。縄は外しましたけど、これって犯罪ですよね?」
“これは白也くんのほうかな…”
「申し訳ありませんでした。少しお話よろしいですか」
「お茶菓子はチーズケーキでお願いします」
「…すぐに用意を」
「それから、それ、片付けていただけます?」男を見つめる紗由。「証拠が残るとそちらもご都合が悪いのでは」
「お気遣い,いたみいります」
憮然としたまま頭を下げる蒼也。
彼がどこかに電話をすると、黒服の男が二人現れ、床の男とナイフや縄を片づける。
入れ替わりで、ホールのチーズケーキと皿が運ばれてくる。
満足そうにケーキを切り分け、口に放り込む紗由。
「85点」
その時、ドアをノックする音がした。
「失礼」
入ってきたのは恭介だった。
「恭介くん!」
呼びかけた紗由には返事せず、つかつかと蒼也に歩み寄る恭介。
「君は…ボーイをしてた…」
「有川恭介です」
「ここにどうやって入ったのかな?」
「あらゆる手段を使って」ニッコリ笑って、庭に通じる大きな窓を指さす恭介。「10分以内に僕が戻らなかったら、そこの窓から部隊が突入するから」
「恭介くん…公務員を使ったらだめよ…」
「西園寺グループと久我コンツェルンの手を借りただけだよ」
「そうね。じいじも建造おじさまも選挙前ですものね。評判を落とすような真似はできないわよね」ケラケラと笑う紗由。
「じゃあ本題に入ろうか」椅子に座る恭介。「多治見くんも座って」
無表情に恭介の前の席に座る蒼也。
「本題とやらをどうぞ」
「僕と友だちになってよ」
「は?」想定外の質問に目をぱちくりさせる蒼也。
「僕たち帰国子女同士だし、気が合うと思うんだ」
「何が目的ですか」動揺したのか敬語になる蒼也。
「君のこと、いろいろ調べさせてもらった。純粋に興味が沸いたよ。素晴らしい可能性を秘めた存在だ。“実験”が成功すれば日本の未来にも大きく貢献できるはずだ」
「何を言いたいのか、よくわからないな」恭介を見つめる蒼也。
「君を神にする手伝いをしようかと言ってるんだ」
恭介の言葉に、蒼也の表情が一変し、クックと笑いだした。
* * *




