その16
充は、シャンパンタワーのグラスを女性陣に配り終えると、まるで歌舞伎のような早着替えでボーイ姿から祭装束に変わった。
「すっごーい!」
「あゆみちゃんは、こういうのお好きで?」
微笑みながら、胸元からカクテル缶を取り出す充。
傍らのワゴンにあったカクテルグラスに注ぐと、賀陽あゆみに差し出した。
「ありがとう!…ねえ、そんな手品、どこで学んだの?」
「僕たちが子供の頃にはやってた、手品芸人のインバーターって覚えてる?」
「ええ。大好きだったわ。誕生日に呼んでもらったこともあるし」
「そのインバーターの手品の先生に教わってる」
「すっごーい! 本格的なのね」
「そういや、あそこの兄さん、一条先生に似てませんか、師匠」
充が翔太に話しかける。
「ああ、多治見はんか。せやな、京都のお人は、みな、あないにはんなりしたイケメンさんなんかな」
「彼も手品上手よ」
「へえ」
「一瞬で瞳の色が変わったの見たことあるわ。どこで教わったのかは、教えてくれなかったけど」
「瞳の色? おもろいな。見てみたいわ」翔太が言う。
「人前で披露はしてないみたいよ。私はたまたま練習中のところを見ちゃっただけだから」
「カラコンでも入れるのかな」
「白目が黒くなっちゃったの。だから全部黒くて、ハムスターみたいだったわ」
あゆみがケラケラと笑う。
「ほお。ますます見てみたくなったわ」
翔太は多治見の後ろ姿を見つめた。
* * *
「ねえ。西園寺さんは、四辻奏子さんと婚約していらっしゃるって本当?」
充のシャンパンタワーや手品にも気を取られず、ずっと龍の傍にいた北白川千鶴が尋ねた。
「幼馴染なんです。親同士は気乗りしているようですが…彼女は政治家の妻に興味がないようで…」
「まあ。そうでいらっしゃいますの? 私、祖父も父も兄も政治の道に進んでいるものですから、幼い頃からそういう殿方のおそばにいるのが夢でしたの」
「おじいさまは引退後、教育関連の財団をいくつもお持ちでいらっしゃいましたね」
「よくご存じでいらっしゃるのね」
「教育は大切な分野です。ただ…おじいさまのように教育に身を尽くされた結果、政界から呼ばれたのではなく、政界に入るために、その分野に身を置くという本末転倒な人も目立つようですが…」
「ああ…多治見さんのことですわね。聞いてますわ。幼い頃からアメリカで暮らしていた彼を、半年前に呼び戻したようですわ。次の選挙は今からでは無理でしょうけれど、あそこの会長さんが立候補なさる、その宣伝カーには乗せて回るらしいです」
「お詳しいですね」
「政治を知らない人間が金に飽かせて割り込むという下品な行為は、いろいろと話にのぼるということです」
「先ほどから、千鶴さんは彼をあまりお好きではないような…」
「…友人が…少しひどい扱いを受けましたの。あの方、まるで二重人格です。次の日に会った時には、まるで違う人になっていて、都合のいい話だけさせて……あ、友人がそのように…」
「ご友人、ご苦労なされたんですね。よい方が見つかるよう、お祈りしております」
“翔太、電話して”
“はい、はい”
龍のスマホが鳴る。
「ああ…祖父からだ…失礼します」
千鶴に背を向けて、大広間の外へ出ていこうとする龍。
「さんきゅ、翔太。控えの間で会おう」
“ムリや。今、充の助手で、手品の一環で電話してるように見せただけや”
「わかった。僕の声…」翔太と充の間にある数個の風船を見つめる龍。「その風船から流しておいて」
“おまえ、相変わらず、おいしいとこもってくな”
「ごきげんよう。素敵なレディたち」
風船から響いてくる龍の声で、「きゃー」という声が一斉に上がる。
しばし、皆の意識が女性陣に集まり、そのスキを突く形で、龍と紗由が蒼也の思念を読みに入った。
「“無”!?…」
紗由が声を上げると、恭介が不機嫌そうに皿を差し出した。
「ムースでございます」
「あ、ありがとう」
“紗由…声に出すな”
“ごめん。こんなの見たことないから、つい…”
“無機物でさえ、人の思念が入って何らかの反応をするのにな”
“翔ちゃんが死んでるって言ったの、やっとわかったわ”
“あ。史緒ちゃんが、こっちに来るわ。スマホ握りしめて”
“何か受け取ったんだな。見たら教えて”
“OK”
「史緒ちゃんもムースどう? おいしいわよ」
「いただくわ…そこのボーイさん。おひとつお願いします」
「…承知しました」
さらに不機嫌そうに皿を差し出した恭介は、何かをぶつぶつつぶやいている。
「紗由ちゃん、これ見て」
史緒が差し出したスマホ画面には、メモ帳を写した写真があった。
「これって…」
紗由はその画面をまじまじと見つめた。
* * *




