第六話
魔王を倒した暁には莫大な報奨金の他、国王の権限により、願いを何でも一つ叶えることが出来る。
タビトは正直どうでも良かったので、最高級の枕を貰った。すぐに届いた枕は、流石最高級、思いの外良い貰い物をしたと思っている。
同じように、三人も、それぞれの願いを既に叶えてもらっていた。
ガザルダンは、かねてからの夢であった「ワンワンカフェ」なるものを開店したようだ。店の趣向は来るまでのお楽しみだそうで、実は少し楽しみだったりもする。
グリルモは、若い男を頂戴していった。
「外面の良い男は飽きないわい」
老婆の最後の言葉は、余りにもあの老婆らしかった。
クレインはといえば、流浪の度に出てしまった。借りていた別荘を払っておいてくれという中々不躾な願いをした後、彼はすぐに国を去った。
魔王を倒したという華々しい戦果は、たった数日で流れ去ってゆく。
各々は、新しい道へと進んでいた。
そして、タビトは。
「ここが、ロゼリッタ」
ナバリオにある、喫茶店ロゼリッタ。郊外に建てられたそこは、案外と豪奢な造りになっていて、看板は煌びやかに、幾重もの生花が美しく切り揃えられている。
「兄ちゃん、そこ通るよ」
扉の前に立っていれば、お客の邪魔になってしまった。中に入るお客が扉を開けると、からんからんと小気味良い鈴の音と共に、喧騒が賑やかに聞こえてくる。
「...人気なのか」
入るのが億劫になってしまった。あれだけお客がいるのなら、隣も隣も人だらけだろう。これは正直気が引ける。ローブを纏っているとはいえ、魔王討伐によって既に顔は知られているというのに。
けれど、約束したのだ。約束を破るなどタビトには出来ないし、それにーー。
「...よし、行くーー?!」
決まったところで、タビトの手はドアノブへと手を掛けられていた。押し込めば、かけた力以上に、扉は動き出す。タビトは驚いてつまづくが、すんでのところで固まった。
「タビト、様...?」
どうやら、中側から扉が引かれていたようだ。タビトは合点がいって、慌てて体制を立て直そうとしたのだが。
「メレナか..?」
眼前には、見知るに見知った顔があった。謎の空間で出会った、タビトの救世主ともいえる人物。
カフェで働く女は、間違いなくメレナである。
「本当に、来てくれた」
「約束、だからな」
なんだか小っ恥ずかしくなって、タビトは顔を逸らした。だから、メレナの感情に気付くことはない。今の彼女の顔には、タビトへの好意が止めどなく溢れ出しているというのに。
タビトは、気付くことはなかった。
「お前の淹れたコーヒーを飲みに来た」
メレナを見ずに、店の中へと入る。そんなタビトの背中を、メレナは慌ててついてきた。
「任せてください!!」
背中越しに感じる声音に、タビトは落ち着きを見出していた。店内の喧騒も豪奢な飾りも、何もかもがタビトには似合わない。しかしメレナがいるのならば、タビトはまた、ロゼリッタに来ても良いと思った。
「ロゼリッタで一番のコーヒーを淹れてきますから!」
メレナの元気な声を聞いて、タビトは胸が空く思いに駆られた。
ようやく終わったんだ。
謎の空間に囚われていた時間は計り知れないし、魔の地で魔王に相対するまでの道中だって、たくさんの轍が刻まれている。
「お待たせしました!」
全ての思い出が、このコーヒーを飲み終わる時に、清算される気がした。
「美味い」
その寡黙な一言に、一拍置いて、メレナは満面の笑みに返してくれた。
「良かった」
からんからんと鈴の音がタビトを送る時、外は晴天に、風は涼風にさらされていた。人生のひと段落が整理されたような感覚に、タビトは充実感を覚えている。
また、来てみよう。
考えながら、タビトは歩き出す。
ガザルダンの店はいつ出来るのだろうか。
だいだらぼっちは元気だろうか。ついでにグリルモの顔でも見てやろう。
クレインは今、どこで何をやっているのだろう。
一生涯会えないなどということはない。クレインなら、そのうちどこかでひょろっと顔を出すに違いない。
勇者一行は、魔王を倒し、世界を救った。彼らはばらばらに散っていき、各々の道へと舵を取り直す。
タビトも、その一人だ。
「ようやく、区切りがついたな」
そう、区切りはついた。
ついたーー
ーーーー筈だったのに。




