最終話
「ーーー」
たった一瞬。たった一瞬だけ、頭にちらついた可能性。
時魔法を使って脱出した、謎の空間。
あれは、何だったのか。
ふいに立ち止まり、顎に手を当て考える。
思考する。
あれが、死に際の時魔法による狂いなのだとしたら。
ーー「ただ、規模が桁違いだった。どこかで魔法が狂ったのかもしれない」ーー
自分自身で言ったことに、何故か動悸がした。寒気と共に襲いくる焦りが、鳥肌を明快に映し出す。
「ちょっと待て」
ーー「何故、タビト様と私は一緒になっているのでしょうか」
「...?」
「勇者一行は、未だ魔の地にて魔王を倒さんとしているのでは、ないのでしょうか」ーー
メレナの言葉を思い出す。
ーー「それもなんで、タビト様と私なんかが出逢えるの?私は普通の娘っ子なのに。ただのカフェの娘なのに...」ーー
その通りだ。
あの白だけの空間で、タビトとメレナが出逢う道理が分からない。タビトは魔の地にいた筈だから、出逢うとするならばガザルダンやグリルモ、クレインの筈。
「俺は、時魔法を放った筈だ」
世界の時を戻そうと、三人の生命力まで使って放った、最後の時魔法。タビトは莫大な生命力を使い、世界の時を戻した。
と、思っていた。
「あの空間は」
魔法は、成功したと思っていた。時は戻り、タビトは魔王の姑息な手を阻止し、世界を救っている。
しかし、それなら何故、あの空間のことを誰も知らない?
正確には、何故、俺とメレナだけが知っている?
「....はぁ、っは」
身の毛がよだつほどの悪寒が、タビトを止めどなく怯えさせた。
あの空間で、タビトは裸だった。メレナも裸で、自分を殴っても透過する、理解不能の白い空間。今でも分かるわけはなくて、タビトが想像してしまったのは、タビトの行った時魔法だった。
あの時魔法のおかげで、タビトとメレナは現世へと回帰した。
が、タビトが使った時魔法の範囲は、限定されている。その時は、二人を覆っているだけ。
あの空間に、タビトとメレナ以外の全てが路頭に迷っているのだとしたら?
あの空間を創り出したのはタビトであり、タビトにしか現世へ戻る方法を取れないのだとしたら?
「タ、タビト様..!」
更に思考の泥濘にはまりゆくタビトを遮ったのは、メレナという女の子。彼女はぜえぜえと息切れしているが、目線はタビトを丹念に見つめていた。
「あ、あのっ..!」
「...」
「あの、ですねっ?...その、私は、決してあなたの表面だけを切り取った見方をしている訳では無いとーーっ...思ってるんですけど」
懸命に何かを伝えようとしているメレナだが、タビトはまたもや聞いていなかった。別のことに気を取られて、メレナの分かりやすい好意を汲み取ることも出来ない。
「私、憧れだったんです。...この気持ちは、胸の中だけに留めておこうと思ってた...けど!」
メレナは飛び出した。二歩のところで止まって、ヤケクソのように叫ぶのだ。
「けど!あの白い空間にいて、ちょっとだったけど、思っちゃったんです!...貴方のことが」
白い、空間?
タビトは、目を見開いた。
「貴方のことが、本当に、大好きだって!」
そして、地獄へ堕ちる感覚を覚えた。
下を向き恥ずかしさに悶えるメレナの姿を朧げに、答えを待つ姿を他所に、タビトの瞳が静かに曇ってゆく。
やはり、メレナは覚えている。
俺は、本当に、世界を救ったのだろうか。
もしかすると、救ったのではなくーー
「分からない...」
タビトは、分からなかった。




