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第四話


 メレナは、胸のときめきが止まらなかった。今目の前で怒っていることは、それ程彼女にとって、幸福を噛み締めざるを得ない出来事だった。

 あの時の皇帝様が、憧れの人が、私の目の前にいるということ。裸という状況すら気にせない程に、メレナの視界は狭まっている。

 こうして時魔法を、特等席で拝められるなんて。

 

 「俺達は、魔王に負けた」

 

 だから、こんな重大な告白を、さして気にも留めずに出来たのだ。

 私が幼い頃、山蛹蟲の大噴火が起きた時。火蝶の襲来で、国が未曾有の危機に陥ったことがある。舞うだけでマグマの鱗粉が辺りに落ちる災害のような巨大蟲は、運悪くメレナ達の住む国へと向かってきていたのだ。

 それを止めたのが、まだ少年だったタビト様。時魔法を束ねるオーグリード家の天才児。彼は幼くして宮廷魔導士を圧倒し、特別一級魔導士に拝命せしめた、次代の希望だった。

 時を操り、その手に収められたが最後、その者の命は進退する。歴代のオーグリードにも成し得ない、タビト・オーグリードだけが使える時魔法。

 本来、時魔法は対象の周囲の時を歪ませ、錯乱させる支援特化の魔法だ。けれどタビト・オーグリードは、対象にまで時の影響を及ぼせる。

 無敵の魔導士。

 聞けば、オーグリード家やその他名門とされる家系には、古来から誓約が結ばれているという。強大すぎる力から国を守る為、そういった類の魔法を課しているのだ。よく分からないが、そのお陰で、彼等を恐れずに済んでいるということ。

 火蝶を蛹蟲に、蛹蟲を幼蟲にーーそして最後には無に帰せたタビト様を、一部の人達はそれでも恐れた。

 勇者一行を送る時、タビト様に石を投げる子供がいたことは、私にとって衝撃的だった。きっと、親がそう教育してしまったのだと思う。

 化け物には何をしても良いんだもん!

 その言葉を聞いた時、私は絶句した。タビト様が悪いことをしたなんて話は聞かないし、事実も然り。一介の小娘では知りようがないけれど、それでもメレナはそう思う。

 だから、私は悲しかったのだ。

 そして、投げつけられたタビト様を見た。

 彼は、悲しそうに俯いていた。何をするでもなく、悲しそうに。儚く、魔の地へと赴いた。代わりに怒る牛騎士ガザルダンがいたことで、メレナの憤りは外部に出ることはなかったが。


 私は、この方を尊敬して、憧れている。

 

 「だから俺は死の間際、世界の時を戻そうとしたんだ」

 「世界の、時」

 「俺以外の全員の生命力を依代に、最後の最後に発動した魔法だ」


 言いながら、タビト様の両手は光出した。先ほどとは違い、淡く無彩色に煌めいている。


 「ただ、規模が桁違いだった。どこかで魔法が狂ったのかもしれない」

 「じゃあ、つまり」

 「あぁ。今、少し時を戻した」


 タビト様はふうと息を吐いて、メレナと向かい合った。頬が赤くなる感覚がするけれど、耳殻は彼の放たれる音にのみ集中している。


 「俺にも分からないが、どうやら、このまま行けば元に戻れるようだ」 

 「ほ、本当ですか?!」


 事もなげに言うタビト様に、メレナは何故か自慢げに思う。

 タビト様は、再度両手から淡い光を放った。


 「一気に行くぞ。身構えておけ」


 無彩色の光が、更に色褪せ輝いてゆく。二人を時魔法が覆い、メレナはごくりと喉を震わせた。予想のつかない出来事に、不安になったのだ。

 そんな時、メレナの耳朶を、何かが響く。


 「お前のお陰で思い出せた。ありがとう」


 光に溺れていく二人の視線が、がっちりと交差する。初めて見たタビト様の笑顔が、メレナの心臓を握った。今は心臓が無い身体だが、確実に、感覚があったのだ。


 「私の名前はメレナっ、年齢は19歳、ナバルドの喫茶店ロザリッタで働いています!」

 

 メレナの勢いに、俺は反応出来なかった。聞こえてはいたが、魔法の維持が中々難しい。やはり、本調子では無いのだ。

 だから、メレナと向かい合うことしか、俺には出来なかった。

 それでも、メレナは続ける。その猪突猛進さが、酷く愛らしく、儚く思えた。


 「今度こそ魔王を倒したら、絶対に来てください!私が淹れたコーヒーを、絶対にーー」

 

 戻される時は、もうすぐ終着点へと着くようだ。光が溢れ、メレナの声は時魔法の音に掻き消された。

 けれど、答えなくては。

 俺はずいと顔を近付けた。すると、目と鼻の先に、メレナの顔が現れた。彼女は吃驚して、目を白黒と反転させている。


 「あぁ、待っていろ」


 周囲の状況に、俺は時魔法を取り止めた。光が収束していき、白の空間は音もなく消え去ってゆく。


 「......ふぅ」


 瞼を開ける頃にはもう、タビトの記憶は完全に戻っていた。

 魔の地と呼ばれる赤黒い大陸が、タビトを歓迎する。

 

 「どうした。もう息切れかワン」

 「小僧。今更泣き喚いても遅いぞ。逃げればあたしゃの人生を持って、ぬしを呪い殺す」

 

 懐かしい声が、タビトを揶揄った。


 「ガザルダン。グリルモ」


 「なんだワン」「なんだ」


 鎧を身に纏い、背に巨大斧を装備した、猛牛の騎士。その口癖は狙いすぎていて、誰も突っ込むことをしない。それでも続けるのは、アイデンティティの補強だと、ガザルダンは一人呟くのだ。

 寂しがり屋で情けない。けれど比類なき力と粘り強さは、何度もタビト達を助けてくれた。

 大森林の葉で作ったローブを見に纏う、少女然とした小さな老婆。ご老体だというのに最も血気盛んで、その癖得意魔術は回復魔術。目が合えば喧嘩を売られ、タビトもよく罵られていた。

 二人は不思議そうに、タビトを見ている。


 「黙れ」

 「ワ、ワン」「んだとガキコルアァ!!」

 「あっはは。まだまだ元気じゃないか。皆んな」


 そして、隣には、勇者がいる。

 勇者クレインが、聖剣を片手に、失くしたままの片腕をだらりと下げた。

 タビトは、目の前の敵をーー魔王を見据える。

 時魔法によって得た情報が、これから起こる未来を明瞭に理解させてくれる。

 タビトを含めた四人は、既に大きな致命傷を受けていた。

 クレインは右腕を失い、ガザルダンは片目を失い、タビトは頭に傷を負い、グリルモは腹部が貫通している。

 グリルモの魔力も尽きかけ、絶体絶命の状況には見覚えがあった。

  

 「さぁ、そろそろ最後にしようか」


 今度は絶対に、負けてなるものか。

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