第二話
「時魔導士の、タビト様?!」
分かりやすく瞠目している。名前を知るだけで、よくもまあそんなに驚けるものだ。
俺が呑気に考えていると、メレナは突然畏まるように、恐る恐るの上目遣いへと態度が変わった。
「時の皇帝が、こここんなところで何を..?」
メレナは先程とは縁遠く畏まり、御利益のある目線を俺に投げかけた。
「時の皇帝?」
「忘れているんですか?!」
ずいと、メレナの顔が近付いた。あまりの勢いに驚いて仰反るが、メレナの顔面は遠退くことはなかった。大きな瞳が、俺の姿を投影している。
「あの勇者と共に魔王討伐に赴いた、三人の英傑の一人!こんなところでお会い出来るなんて!」
メレナの興奮は止まるところを知らないでいる。俺は止め方を知らないでいるから、この状況にただ混乱するしかない訳だ。
勇者。魔王討伐。
「時..?」
しかし。
飛来してきた言葉の群に、俺はどこか懐かしさを覚えた。心にすっと風がくすぐって、中に埋まった記憶を揺り起こしている。
「俺、もしかして凄いの?」
「凄いなんてもんじゃないですよ!」
凄いなんてもんじゃないですよ
すごいなんてもんじゃないですよ
なんてもんじゃないですよ
もんじゃないですよ
ないですよ
ですよ
エコーして聞こえるメレナの持ち上げが、俺を大いに浮つかせる。正直まだぴんと来ていないが、鼻高々な気分は不安を掻き消した。
「へ、へー、そんな凄いの」
「当然です!大陸一の時魔法の使い手、そして魔法使いの中でも飛び抜けた力と名声!あなたの魔法にかかれば、勇者すら凌ぐと言われているんですよ?!」
なんだか、胃が痛くなってきた。
俺はどうやら、褒められすぎるのは苦手らしい。一定量の賞賛を腹に収めたら、後はもう体が重くなるだけだ。ついさっきまで鼻高々であったのに、俺の称賛を入れる器は大きくはないらしい。
そんな俺を無視して、メレナは今も賛美を集めた語り草を披露している。
どうやら、俺は確かに偉大な魔法使いらしい。
「分かった分かった。分かったから、その口を閉じてくれ」
「あぅ」
これ以上続けられれば、こちらの身が持たない。ここは早々に断ち切って、主導権を奪い取らなければ。
メレナの口元を手のひらで覆い、俺は問答を始める。
「ちょっと整理させてくれ」
当惑してはいるが、メレナは素直に頷いた。一瞬に見た裸体に慌てて目を背け、俺はごほんと空咳をたてる。
「まず、俺の名前はタビトで、魔法使い..」
「時魔法です」
「んでもって、勇者とやらと一緒に、魔王討伐に赴いたと」
「タビト様は滅多に表に出ませんから、最初は分かりませんでした。けど、そのお顔は間違いなく時の皇帝様!」
「...」
「出逢えば時を戻されて、幼子にされてしまう。その切れ長の目に囚われたが最後、時が進んで老耄てしまいます。心まで読むことが出来て、その実悪鬼羅刹を暴いて滅して大陸を守っているとか!カッコ良すぎる!」
「なんだその支離滅裂な話は」
「もちろんこれらは噂話ですけど、タビト様の逸話はごろごろとありますよ?都市を襲ったワイバーンの心臓を時の彼方に葬ったり、大森林の主だいだらぼっちと友達なんて信じられません。それにーー」
「次から次へと良く出てくるな...」
「勇者様方を知らない人間なんてこの世にいないですよ!何せ魔族から私達を守ってくれる英雄なんですから」
どうやら、俺は本当に偉大だったようだ。メレナの態度の豹変ぶりからして、それは間違いないことだ。
そして、俺も。何も珍紛漢紛という訳ではなく、メレナの話に些細はあれど、割りかしに納得している。流されているだけならばお笑い種だが、どうやらそうでもないらしい。
俺は、メレナから視線を外して、自身の手のひらを見つめた。
そこから、魔力を練りだすのだ。手のひらは光に溢れ、身体に馴染む力に、俺はどこか安堵を覚える。
「これが、時魔法..?」
「そういう訳じゃないんだが」
目を輝かせるメレナに少しの悪気を感じながらも、俺はとにかく一息ついた。期待させてしまって申し訳ないが、俺はまだ何も知らないに等しいのだ。
けれど、少しずつではあるが、思い出せようとしているのが自分でもわかる。
メレナと行動を共にしていけば、自ずと自分のことが思い出せるようになるはずだ。確信めいたものが、俺の頭を覆った。
「よし、メレナ」
「はい!」
「これから俺の記憶を取り戻す。だから、助成を頼ーー「喜んで!」
こうして、俺とメレナの珍道中は始まった。珍道中といったって、景色が変わるものでもなし、そもそも、既に珍道では無くなっている。
メレナは今も、輝く眼で俺を見つめていた。初めて会ったあの行動を綺麗さっぱり忘れている。しかし俺が言えばすぐに思い出せるだろう。おれもそのような具合なのかもしれない。
わからないことだらけの中、しかし確実に俺は、一歩を踏みしめていた。
そして
「まずは簡単に、勇者様方のお名前からですね。勇者クレイン、時の皇帝タビト、牛騎士ガザルダン、ドルイドのグリルモ。この四名が、魔王を打倒すべく結成された、人類最強の布陣です」
「...」
思ったよりも早く、とても早く、取り戻せるような気がするのだ。




