22話 ブランは聡い子
ブランはずっと疑問だった。
何故ヒュースがレイミアに惚れ込んでいるのに、レイミアはそれに答えないのか。
レイミアもヒュースのことが好きなのは見ていれば分かるというのに。
抱き上げられたときの反応もそうだが、ここ数日それは顕著だったから。
というのも、ヒュースはここ数日、レイミアにべったりだった。
もちろん仕事はきっちりこなしていたし、バリオン森林に行くときや客が来た際、湯浴みや睡眠時間等は別に過ごしていたものの、それ以外の時間はほとんどそばにいた。
足を挫いたレイミアに無理をさせない、彼女を歩かせない、歩きたいと言うならば、その度に横抱きをするという名目でだ。
──ヒュース、わかり易過ぎるんだよね。
まあ、それはただの建前で、ヒュースはレイミアの近くにいたかったのだろう。ブランにはそれが手に取るように分かった。まあ、当然邪魔はしたけれど。
レイミアに対して同じ感情を持つ者として、分からないはずがなかったのだ。
しかし、レイミアの反応には驚いたものだ。
今まではレイミアは、ヒュースの甘い言葉にもそれ程過度に反応することはなかったとシュナから聞いていたブランは、突然、ヒュースを意識しだしたレイミアにある確信を持った。
驚いた声色を上げるレイミアに、ブランは視線を斜め下へと下ろした。
「べ、べた惚れってそんなことないわ……? ヒュース様はお優しいだけで……」
「あいつはそんなに優しい奴じゃないでしょ。現に僕と初めて会ったとき、迷わず蹴り飛ばしたよ? 屋敷から出て行っても構わないって言ってたし」
「それは……」
「それに、こんな幼い僕にも嫉妬してるんだよ? どう見たってレイミアのこと好きでしょ。……いや、大好きでしょ」
「…………っ」
ブランもレイミアのことが好きだ。初めはレイミアに対して母のような感覚を持っていたものの、それは急激に恋心へと変わっていった。
心の隙間を埋めてくれた存在だったからなのかもしれないけれど、少なくともブランからしてみれば、これは初恋だったのだ。
けれど、自身の初恋は叶わないのだろう。
聡いブランはレイミアとヒュースを見て、それを感じ取っていたし、それならばせめてレイミアが笑ってくれたらな、と子供ながらに願っていた。……まあ、邪魔もするけれど。
「レイミアもさ、ヒュースのこと好きなんでしょ? 見てれば分かるよ」
「えっ……!?」
「シュナも気付いてるでしょう?」
「はい。僭越ながらここ数日突然、レイミア様のヒュース様を見る目が恋する乙女のものに変わりましたので」
「シ、シュナにもバレていたの……っ!?」
ブランの質問に始まり、まさかこんな展開になるなんて思ってもみなかったレイミアは、羞恥心で火照った顔を両手で覆い隠した。
(は、恥ずかし過ぎる……!)
──ヒュースは、言霊聖女のレイミアだから大切にしてくれているというのに。
好きだという気持ちに蓋をすると決めたくせに、周りにバレてしまうくらい表に出してしまっていた自身に、レイミアは羞恥と呆れが混じり合った感情に苛まれた。
「二人共……このことはヒュース様には言わないで……! どうか……お願い……っ!」
「もちろん、そのような真似は致しませんが──」
「でもさ、ヒュースもレイミアも両思いなら、別に隠す必要もないと思うんだけど」
レイミアがヒュースの思いを勘違いしていることをシュナは知っているが、ブランはまだそのことを知らない。
だから、その気持ちがバレたってなんの問題も無いだろうと言ってのけるブランに、シュナは素早く近づくと、ことのあらましを説明した。
レイミアの許可なく勝手に話すことは問題であることは分かっているが、もうそろそろ勘違いして胸を痛めているレイミアも、勘違いされていることにも気付いていないヒュースも不憫だったから。
ブランの存在が、二人の救世主になるのではと、シュナは期待していたのだ。
「なるほどね……レイミアはさ、ヒュースに言霊聖女だから大切にするってはっきり言われたの? 言霊の加護があるレイミアにしか価値はないって言われたの?」
「い、言われていないわ……ヒュース様はお優しい方だから、そんな言い方はなさらなかったけれど……けれど本心は……」
か細い声で話すレイミアに、ブランは「あのねぇ!」とやや声を荒らげた。
「……? 本心なんてヒュースにしか分からないでしょ? それにヒュースは優しいんだよね? それなら変にレイミアが勘違いするような物言いはしないんじゃない?」
「……!」
「それにさ、何でそんなにレイミアは自分に自信がないの? それこそ、言霊聖女って世界で唯一無二なんでしょ? それだけでも十分誇れるのに」
「それは…………」
両親に売られる同然の扱いを受けたこと、神殿での境遇がレイミアの心を深く傷付け、一時期は意志を言葉に載せることさえ出来なくなっていたこと。
レイミアはこれを、ヒュースにさえ言っていない。
心配させたくないし、何よりもう過去の話だから。
……けれど、ブランに言われてハッとしたのだ。
まだレイミアは過去に囚われており、そのせいでヒュースの言葉を、気持ちを信じられていないことに。
(今思えば、ヒュース様の言葉はいつだって真っ直ぐだった……私が心の中で、都合の良い解釈をしてはだめだと思いこんでいただけで……)
それも過去の環境の弊害なのだろう。
レイミアは自身の心を傷つけないように、彼の心にも、自身の心にも予防線を張っていたのだ。
「……シュナ、ブランくん、ヒュース様には、絶対に私の気持ちは言わないで」
「「………………」」
──けれど、もうそれは終わり時なのかもしれない。
「私の気持ちは……私から直接伝えるわ」
「「…………!!」」
ヒュースの本心は分からない。ただ、言霊が使えないときから命を張って守ってくれるような人なのだ。
(きっと大丈夫……私の気持ちを、無碍にはしないわよね)
もちろん自身と同じ気持ちではないことは十分考えられる。ヒュースがレイミアのことを愛する人としてではなく、例えば妹のように思っている可能性だってなくはないけれど。
(それはそれで、きちんと伝えて片思いしましょう)
そう決めたレイミアは、ブランを自身の隣にぽすっと座らせると、安静が解けたばかりの右足にはあまり力を入れないようにして、ゆっくりと立ち上がった。
「私のお話を聞いていただけるよう、時間を作ってくださいって伝えてくるわね」
「うん。なんか僕が背中を推すはめになったのはちょっと癪だけど、頑張って、レイミア」
「……? う、うん、行ってきます! ブランくん、ありがとう! もちろんシュナも……!」
「行ってらっしゃいませ」
──バタン。
扉が閉まり、主人がいなくなったレイミアの部屋には一瞬静寂が流れる。
それを破ったのは、ブランのぐすっと鼻をすする音だった。
「僕がもう少し大人だったら、ヒュースになんて渡さないのに……」
「…………。ブラン、今日だけは沢山お菓子を食べても宜しいですよ。レイミア様には、私から上手く言っておきますから」
「シュナ…………ありがとう」




