21話 加護の紋章に触れる不埒な男
(どうして、足首の怪我がバレてしまったんでしょう……)
レイミアの内心は、そんな疑問と。
(あっ、あしがっ、足が見られて……っ!)
ふくらはぎの中間地点辺りまで露わにされ、ヒュースに見られていることへの羞恥でいっぱいいっぱいだった。
そんなレイミアは顔全体を真っ赤にして、視界の端にヒュースを収める。
ヒュースはレイミアの足首をじっと見つめてから、足の甲をするりと撫でた。
「少し腫れているな……冷やしてから固定しておくのが良さそうだ」
「ヒュ、ヒュース様……っ、あの……」
「大丈夫。私はこれでも手当に慣れているから任せてくれ」
「いえ……! そうではなくて……っ」
(こんなにじっと見られては恥ずかしい……!)
けれど、視界の端に捉えたヒュースの表情は真剣そのものだ。
捻った部分を心配し、重症化しないように手早く処置をしようという気持ちがひしひしと伝わってくる。
そんなヒュースに対して、見られて恥ずかしいからやめてほしい、というのも何だか違う気がして、レイミアから放たれたのは「どうしてお気づきに……?」という疑問だった。
「普段からレイミアを見ているんだ、これくらい直ぐに気付く。大方、私とブランに心配をかけさせたくないと思って言わなかったんだろう?」
「……そ、うです」
「優しいな、レイミアは。……だが、隠されて君が痛い思いをするほうが嫌だ。これからは些細なことでも言ってくれ。良いか?」
縋るような瞳でそんなことを言われたら、否とは言えないだろう。
レイミアはコクリと頷くと、「良い子だ」と言いながら柔和な笑みを浮かべるヒュースに、胸がキュンと疼くのが分かる。
好きだと自覚したら最後、この胸の高鳴りを抑える方法なんて有りはしなかったから。
「……あ、ありがとうございます、ヒュース様」
手早く足首を処置してくれたヒュースにお礼を言うと、レイミアはほっと胸をなで下ろした。
(良かった……これでもう足を見られずに済む)
レイミアは貴族の娘だったが、家でそれはもう大切に育てられた箱入り娘ではなかった。
けれど神殿の中での暮らしはほぼ同性だったし、異性はいるにしても、加護なしのレイミアが交流を持つことはなかったから。
だからレイミアは、ようやく治療が終わる──つまり、もう足を触られて見られている緊張感と羞恥を味合わずに済むと、そう思っていたというのに。
「レイミア……これは……」
「ひゃっ……」
その瞬間、捻ったのと同じ側の足──ふくらはぎの全体がヒュースの面前で露わになる。
治療のためやや捲り上げられる形となったドレスをヒュースがもう少し捲し上げると、そこからちらりと覗くレイミアのふくらはぎを、ヒュースは食い入るように見つめたのだった。
「これが加護の紋章か?」
「っ、ああ、あ、あ、あっ……」
レイミアの加護の紋章は、右足のふくらはぎに刻まれている。
治療が終わったときに、それが少し見えてしまったのだろうか。
じっと加護の紋章を見つめているヒュースに、レイミアは恥ずかしさで頭がどうにかなりそうだというのに、ことはそれだけで終わらなかった。
「……そうか、これで言霊が発動するんだな」
「……!? ヒュース様……!?」
自身のふくらはぎ──加護の紋章辺りをするりと撫でるヒュースの手。
あまり激しく動いたら余計にドレスが乱れて足が見えてしまうかと思うとそれもできず、レイミアは口をパクパクとしてから、か細い声で呟いた。
「その、あまり触るのは……」
「ああ、済まない。痛かったか?」
「いえっ、そうじゃ、なくて……恥ずかしい、ですので……やめてくださると……」
治療は済んだことだし言うしかない。
レイミアは意を決したように思いを告げると、ヒュースのからかい混じりの笑みが瞳に映し出されたので、「えっ」と声を漏らした。
「いつ言ってくるのかと思ったら、やっとか」
「わ、私が恥ずかしがるの分かってて、触ってらっしゃったんですか……!?」
「もちろん。……最近あまりに構ってもらえなかったから、ちょっとした意地悪をしたくなった。……済まん」
「〜〜っ!?」
拗ねたように、けれどどこかからかい混じりの表情で、サラリと言ってのけたヒュースに、レイミアは沸騰しそうなほどに顔を熱くすると、捲し上げられたドレスを手早く直す。
そのままヒュースを見下ろせば、彼はゆっくりと立ち上がり、レイミアの頭の上にぽん、と手を置いた。
「しかし……一つ収穫があったな」
「はい?」
話の脈絡がなかったため分からず、いつもより格段に高くにあるヒュースの瞳を食い入るように見つめると、彼の形の良い唇が弧を描いた。
「あんなふうに触れたら、レイミアに言霊を使って強制的に止められる覚悟もしていたんだが」
「……!!」
「まあ、レイミアは優しいし、それに動揺していたから使わなかったのかもしれないが──それでも、嫌ではなく恥ずかしいから使わなかったのかと思うと、気分が良い」
「〜〜っ!!」
ヒュースの言葉に、レイミアは顔を真っ赤にするだけで何も返せなかった。
好きだと自覚した途端、ヒュースの言葉が全て本当に愛してくれているからこその発言に聞こえてくる。
そんなはずはないのにと思うたびに少し切ないけれど、レイミアは今はまだこのぬるま湯に浸っていたかった。
◇◇◇
ブランの熱が下がってから三日経った、午後のこと。
レイミアが自室で魔物についての本を読んでいると、ソファで足をぶらぶらとさせるブランに「ねぇ」と声をかけられた。
「なーに?」と返すレイミアの声は頗る明るい。
というのも、レイミアはようやく今日、ヒュースから歩行許可が降りたため、自身の足が地面を踏みしめる感覚に喜びを覚えていたからだった。
「いや、ていうかさ……」
「うん、どうしたの? あっ、もう平気だから、お膝の上座る? そっちにいこうか?」
「うん、座る。……って、そうじゃなくて」
レイミアは本を閉じてゆっくりと立ち上がると、ブランが座るソファへと向かう。
それから重厚感のあるソファに腰を下ろすと、ささっと膝の上に乗って背中を預けてくるブランに微笑んだ。
そのまま、部屋の端に控えるシュナに、レイミアは視線を移す。
「シュナ。少し休憩するから、お茶の準備をお願いしても良い?」
「かしこまりました。既に出来てございます」
「わぁ、流石ね……ありがとう……!」
指示される前に動くのがメイドの務めでございますと、以前シュナが言っていた気がするが、有言実行とは流石である。
お茶だけでなく、疲れた脳みそには甘いものを、と言ってお菓子まで出してくれるシュナは、まさに敏腕メイドだ。
「それでブランくん、何を話そうとしてたの? あ、夕ご飯が食べられなくなっちゃうから、おやつは食べすぎないようにしようね」
「うん。それも分かって──って、そうじゃなくてね! レイミアとヒュースって、割と最近婚約者になったんだよね?」
「えっ……ああ、そうね……。どうしたの、突然」
ブラン自らヒュースの話題を出すのは珍しい。
誰がどう見てもブランはヒュースを嫌っている……というか、彼に敵対心を持っているからである。
きっと、ブランは男の子だから同性で自分より強いヒュースに負けたくないと思っているのだろうとレイミアは予想している、のだけれど。
(あら? でもレオさんには割と好意的よね)
というかブランは、基本的に屋敷の皆に好意的だ。ヒュースに対して威嚇する猫のように敵対心をむき出しにするだけで。
まあ、ベッタリとくっついたり、甘えたりするのはレイミアに対してだけなのだが、それはまあ、甘えられる姉とでも思っているのだろうと自己完結をすることにした。
「この屋敷に来てからずっと気になってたんだけどさ」
「うん」
「ヒュースが公爵領の領主で、レイミアが聖女だったから、二人は婚約してるんだよね?」
「そうだけれど……どうしたの?」
ブランにはヒュースとレイミアの簡単な関係性について話してあるし、屋敷の者たちからも聞いたのだろう。
きちんと理解しているブランが何を聞きたいのか分からずレイミアが小首をかしげると、ブランは唇を突き出すようにして疑問を口にするのだった。
「じゃあなんで、ヒュースはレイミアにあんなにべた惚れなわけ?」
「………………。えっ!?」




