20話 自覚したけれど蓋をする
医者にブランを診てもらうと、疲れからくる発熱だろうということだった。
魔族は基礎体力も高いため、一日寝ていれば治るだろうと言われ、レイミアがホッと安堵したのは記憶に新しい。
そんなレイミアは、診察を終えたあとにすぐに眠ってしまったブランのことを使用人に見ておいてほしいと頼んでから、静かに部屋を出た。
そして部屋を出た先には、一足先に仕事へ戻ったはずのヒュースがいたのだった。
「ヒュース様? どうしてこちらに……ブランくんはたった今眠ってしまいましたが……」
「用があったのはブランではなくレイミアだ。今、少しだけ良いか?」
「はい、もちろんでございます」
そういえば、ヒュースはわざわざ書斎に探しに来てくれた様子だったことを思い出したレイミア。
「何か問題でも起こりましたか!?」と焦って問いかけると、ヒュースは腕組みを解いてからゆっくりと距離を詰め、大きな手が伸ばされたと思うと、レイミアの頭の上にぽん、と置かれたのだった。
「大丈夫だ。レイミアのお陰で魔物は落ち着いているし、私を含め皆が休養はしっかり取れている。問題はない」
「それなら良かったです……!」
「ただ、私の心の問題なだけで」
「心の……?」
それはそれで大きな問題だろう。ヒュースの役に立ちたいと切に願うレイミアが、放っておけるはずはなく。
「私でお役に立てることはありませんか?」
そう問いかけると、ヒュースはレイミアの頭に乗せた手を優しく動かす。
髪の毛を乱さない程度の力で優しく撫でると、「レイミアは優し過ぎるな」と彼女に聞こえない程の小さな声で呟いてから、視線を絡ませた。
「ブランが来てから、朝も昼も夜も……レイミアはあの子に掛かりっきりだっただろう?」
「えっ、そんなことは……」
「君は定期的に仕事や雑務の手伝いに来てくれるが、ずっとブランが傍にいて、一切二人きりになれなかった。これは婚約者として由々しき事態だとは思わないか?」
「……っ」
(つまり、これって……)
レイミアは物凄く賢いわけではなかったけれど、あまりにも話の流れが読めないほど愚かではなかった。
だから分かってしまったのだ。ヒュースの心の問題が、嫉妬から来ていることに。
……その嫉妬の元凶が自身であることに。
「書斎で勉強をしていると聞いたから、もしや一人なのかもしれないと思って会いに行けば、ブランにこれでもかと甘えられているし」
「あっ、あのヒュース様……っ」
「レイミアがブランのことを可愛がっているのも、慣れない環境だから可能な限り側にいてやろうとするところも理解はしているが──もう少し私にも構って貰わないと困る」
「〜〜っ!?」
言霊聖女としての能力を買われ、求められているはずだというのに。
そんなふうに言われたら、本当に愛されているのだと勘違いしそうになる。
そして、大切にすると言った彼の言葉を履き違えてしまいそうになる。
──いや、履き違えてしまいたくなる。
(……っ、私……まさか……っ)
そのとき、レイミアはとある感情の名前を思い浮かべた。
詳しいことは何一つ知らない、それ。
けれど、本能的に分かってしまったのだから、もう知らないふりなんて出来なかった。
(どうしよう……私、ヒュース様のこと、好きになってたんだ……っ)
しかしレイミアは、その感情を自覚してもなお、自惚れることはなかった。
神殿での生活のせいだろうか。ヒュースのような素敵な人を愛することはあっても、愛されることなんてないだろうと思っていたから。
いや、そう思わないと、叶わぬ恋だとはっきりと分かったときに、傷付くことが目に見えていたからだろうか。
「……っ、ヒュース様、ご冗談はおやめください……」
「……? 冗談のつもりはないが……そういえばレイミアは今からどこに行こうとしていたんだ?」
だから、レイミアはこの感情に蓋をしたのだ。
──近いうちに、その蓋をこじ開けられるなんて、考えもしないで。
「その……書斎に本を取りに行こうと……ブランくんの看病の合間に勉強をしようかと思いまして」
「なるほど。ならそれは、少し後にしてくれ。さっきも言ったが……今からは私に構ってくれ」
「……えっ、ひゃっ……!」
突然の浮遊感は、つい先程のことを連想させる。
けれど違うのはブランが居ないことと、いわゆるお姫様抱っこをされていることだった。
「ヒュ、ヒュース様……っ!?」
「今から私の部屋に行く。すぐそこだから、大人しく抱かれていろ」
「…………っ」
そうして、レイミアは羞恥で顔を朱色に染めながら、ヒュースにお姫様抱っこをされて彼の部屋に入ったのだけれど。
「あ、あの……?」
まるで、壊れ物を扱うように、ヒュースの部屋のソファに下ろされたレイミアは困惑していた。
何故か目の前のヒュースが、自身より低い位置にいるからである。
片膝をついて、見上げてくるヒュースの姿は、立場的に考えて中々に有りえないものだった。
「ヒュース様、どうしてそんなところにお座りに……」
「……この方が処置しやすいだろう?」
「処置……?」
訳が分からず、はて、と小首を傾げる。
しかし次の瞬間、目にも止まらぬ早さでヒュースによってパンプスを脱がされたレイミアは、「へっ……!?」と素っ頓狂な声を上げることとなる。
パンプスを脱がされたからではない。
ヒュースが、レイミアの右足を掴んで、軽く持ち上げたからだった。
ふくらはぎの半分程度まで露わになり、赤く腫れ上がった足首を見られたレイミアは、なんとも言えない表情を浮かべた。
「やはり……先程ブランを抱き上げたときに、足首を捻っていたんだろ」




