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Dear You  作者:
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ずっと近くにいたあなたへ

自分の気持ちぐらいずっと前から知っていたはずだった。


真哉にキスされてる。まず状況を理解するまで二秒はかかった。そして頭が回り始めるまでまた少しかかった。

いやだ。真哉、なんで、やめて。……なのに何がこんなに胸を締め付けるの。


「奏子って野崎君のこと好きでしょー!!」

中学のころ突然友達に言われた。その頃恋愛なんてほんと分かんなくて、真哉だって同じだった。

「ち、違うよ!真哉はただの幼なじみ!」

「えー?あやしー」

そう言われても、違うものは違う。

「本当だって!好きとかそういうんじゃないから!」

真哉は物心ついたときから知ってる大切な幼なじみ。いつも一緒にいた。それ以上でも、それ以下でもなかった。というか恋とか、なにかよく分からなかった。

だからあんなこと言われたときほんとびっくりした。本当に突然だったから。

「俺、奏子ちゃんのことが好き。付き合ってください」

中三の九月、進路指導室から出てきた私に雅憲が言った。まっすぐな目だった。

当然私は何を言われたか理解できなくて何も言えなかった。呆然と立ち尽くす私に雅憲はそのまっすぐな目でまた私に言った。

「驚かせてごめん。だけど俺本気だから。真哉とか関係なしに奏子ちゃんのこと好きになった」

真哉という言葉に反応して、やっとしゃべれるようになった。

「ごめん、ほんとびっくりしちゃって…。だから、今返事は」

「うん、大丈夫。ゆっくり考えて。そのかわり真剣に考えてくれたら嬉しい。じゃ」

そう言って雅憲は走っていった。時間にすると2分もないぐらいだったけど、私を混乱の渦に巻き込むには十分だった。なにせその頃は雅憲とはめちゃくちゃ仲がいい訳じゃなかったし、真哉が「雅」って呼ぶから、雅くん、雅くんって普通に話すだけだった。

とにかく混乱して、これは誰かに相談しないとだめだと思って、すぐ真哉の顔が浮かんだ。

そうだよ真哉なら。何度もいろんなこと相談してきたし、その度心強かった。明日相談するとして、とりあえず今日は帰ろう。

そう考えて小走りに学校を出た。ただ一度早くなった鼓動は戻らず、私を急かした。

そして、夕暮れに赤く染まり始めた道路に何度も見てきた背中が見えた。

「真哉、今帰り?いつもより遅いね」

振り向いたあなたは何かに怯えていた。鼓動はまた速くなった。

「ああ、なんかぼーっと歩いてたから…それより奏子」

「ん?」

「雅と…どーするの?」

私からふろうとした話を先に話され、動揺した。というより、花瓶を割ったことがばれた子供のように、ドキッとした。

「…だ、誰にきいたの?」

声が震えた。そして、咄嗟に真哉に相談したら駄目だと感じた。

「雅本人から。奏子んとこ行く前に宣言された」

「あ、そうなんだ」

あなたの目を見る。

「それで?どーするの」

一瞬目があって、全てを決めた。

「付き合う…ことにした」

不思議と後悔はしない気がした。

「……そっか。奏子」

私を呼ぶ無表情な声が少しだけ怖かった。

「なに?」

「雅はすっげいいやつだから。よかったな」

なぜか涙が出そうになったのをこらえた。

「うん、ありがとう」

私はずっと真哉に甘えていた。幼なじみという関係は強いようで弱くて、そんな弱い絆しかない私に真哉に甘える権利はない。というか、その絆を切られるのが怖かった。切られるくらいなら、近づかないほうがよかった。そのときの私が雅の気持ちを利用したということを否定はできない。現に雅と付き合うことで防御線を張った。近づきも、遠ざかりもしないように。

家に帰り、部屋に入ってすぐ開いた携帯の電話帳。か行の一番上に並ぶ名前を押した。

「もしもし、奏子です。……うん、あのね」

あのとき私の返事を聞いた雅の喜ぶ声が、今も頭の奥で響いている。


唇に感じる熱は突然に消えた。怖がりながら目をあけると、私より怯えた真哉がいた。

「ごめん、忘れて」

そう一言言い残してあなたは教室をでていく。私と一度も目を合わせずに走っていった。

…真哉もなにも言わないんだね。自分一人で全部考えて、こっちを振り返らない。きっと私がこんな風に思うことも知らないんだろう。ねえ、真哉。なんでキスしたの?お願い、答えて――。

溢れそうな涙をこらえ、私も教室をでた。もう、何を考えればいいのかもわからなかった。

昇降口で靴を履き替えようとしたとき、後ろから呼ばれた。

「奏子!お前教室で待ってくれてるんじゃなかったのかよー」

…ああそうだ、私は雅憲を待っていたんだ。

「ご、ごめん」

「会えたし別にいいけど。帰ろうぜ!」

肩を並べて歩きだす私と雅憲。いつも通り他愛もない話をしながら帰る彼氏と彼女だった。ただ一つ、私の心境がおかしかった。色んなことが頭の中で回って、雅憲の言葉もろくに聞いてなかった。

「奏子、聞いてる?」

「…うん」

「…今日なんかあった?」

「…うん」

「俺が奏子のことすげえ好きなの知ってる?」

「…うん」

「奏子も俺のこと好き?」

「…うん」

「…真哉のことが好き?」

「…うん…え?」

雅憲の口からあり得ない言葉が聞こえて気づいた。

「冗談だよ。そんな驚くなって」

嘘だ。雅憲の目は笑ってない。深い、深い気持ちが見える。それは優しさ?それとも、悲しみ?それが悟られないようまた何も言わない。冗談でごまかして、私はまた蚊帳の外。

「…もういやだよ」

「え?」

いい加減に何も知らないのはいやだ。

「そうやって何も言われないのもうたくさん!雅憲も、真哉も、自分一人で抱えこんで、私が何も気づかないって思ってんの!?」

痛む心も共有したい。その気持ちはただの私のエゴなのでしょうか。

「私…さっき真哉にキスされた。なのにごめんって言って出ていって。雅憲も一緒。絶対何かある顔してるのになんでもないって。私は、知ることより何より…二人が気づかないうちに離れていくほうが怖い」

「…わかった。全部、全部話すよ。いいか?」

私は静かにうなずいた。

「俺は最初から分かってた。中学でお前ら見たときから、少なくとも真哉は奏子のこと好きって。だから俺が告白したときも承知の上で告白した。奏子がOKしてくれたときも、別に俺のこと好きなわけじゃないってことも分かってた。だけどその頃にはもう、奏子のこと諦められるレベルじゃなかったから、奏子が俺の隣にいることだけで嬉しかった。でも俺はずっと真哉に後ろめたかったんだ、俺は真哉が奏子のこと好きなのずっと前から分かってて、俺はいきなり真哉に、奏子に告白するって奏子とこいったから。それが最近特につらく感じて、ずっと考えてた。ただ、もう無理だよ、このままいくのは。…奏子、選んで。俺か真哉か。真哉を選ぶなら、俺はすっぱり諦める。その代わり、俺を選んでくれるなら俺だけを好きでいてほしい」

風が、私たちの間を通り抜けた。

「…返事は、ずっと待ってるから」

去っていった雅憲のあとに、傾き始めた太陽の光だけが残っていた。



私は迷宮の中を歩き続ける。終わらない道に焦りを感じた。だけど出口を見つけるのも怖かった。扉の向こうにいるあなたを知ることになるから。あなたは誰?知りたい、でも怖い。知らなくちゃ、でも進めない。

扉を開けて手をとった私がむかうのは幸せか哀しみか。それとも後悔か。

逃げる私がつい扉を開けてしまったのは、二日後だった。


どんなに悩んでいても、時間は巡り、日は変わる。ほとんど寝れていない私は頭が重かった。正直、選ぶことでどちらかを傷つけるのが怖い。前に一歩進んだらもう振り返るなと言われそうで立ちすくんでいる私。だけど怖いという甘えが二人ともを深く悲しませるかもしれないということを私は分かっているのだろうか。ふと前を向くと、朝からぐだぐだと悩む私の前を歩く雅憲の姿に気づいた。だけど声をかけることもできなくて、また胸がつまる思いになっただけだった。

ろくに二人の顔を見れないままこの日も時間は過ぎ、放課後となった。いつまでこうするつもりだろうと自分に問いながら下駄箱から靴を出していたら横に人影が来た。真哉だった。

「この前のこと、ほんとにごめん」

私のほうを見ないで言う。

「…なにが」

「なにがって…。一昨日から雅憲と距離置いてるだろ?どう考えても俺が原因だし、本当にごめん。忘れていいよ」

また私は何も言われず終わるのだろうか。

「…で、忘れるついでに今から言うことも忘れろよ」

不可解な発言に真哉のほうを見た。

「奏子、好きだ。出会ったころからずっと。」

迷宮の見えない出口の扉が私を急かす。

早く見つけて、と。

「大好きだ。お前以外見えないぐらいずっと想ってきた。だけど俺がこう言うことで奏子を困らせるならもう絶対言わないから。安心して。…最後に言わしてくれてありがとう」

まっすぐ歩いて去っていった真哉。振り返りはしなかった。

扉をノックする音につれられて、開けてしまった。どうしてあなたを孤独にさせたの?こんなに好きって叫んでいるのに。なんで気づかなかったの?こんなに感情が溢れてくるのに。

真哉、真哉――

「…大好き」

扉を開けたらあなたが微笑んでいた。光を背中に携えながら。


「雅憲!」

教室に戻って、帰ろうとしていた雅憲を呼び止めた

「…奏子。いきなりどうしたんだよ」

「返事を、しにきたの」

私はもう前にしか進めないから。

「私、気づいた。今までずっと雅憲と真哉のことタブらしてた」

涙はいつのまにか目から溢れていて、どうやって止めればいいかも分からなかった。

きっと私は雅憲を利用して真哉への気持ちをごまかしたかっただけ。なのに雅憲で真哉からの愛を補おうとしていた。望む幸せが自分を裏切ることが怖くて逃げていた。

「私……、私、真哉が…きっとずっと好きだった」

もうこの気持ちをごまかせない。穢れすら色褪せる純粋を見つけたから。

「もうこれ以上あなたと自分に嘘はつけないって言ったら聞こえはいいけど、真哉への気持ちに気付いちゃったら私、あなたを愛せない。キスもできない。身体が抱きしめられることさえ拒否するの」

どんなにずるいと言われても、汚いと言われてももう、

「あなたの隣には、いれません」

私を最低な女って見捨てて。お願いだから私を許さないで。拒絶されれば誰もためらわず歩いていけるから。ただ私が責められるだけから。

「行ってきなよ」

なのになんで、そんなに優しい声で話すの。もう私たちをつないでいた鎖は私が切ってしまったのに。

「真哉のところに。俺はもう気にしないで?」

切なく笑う彼は、痛々しかった。彼があまりにも眩しくて、美しくて、それでも私は真哉が好きなんだ。その想いだけを頼りに私は彼を置いていくんだ。

涙が止まらないまま、私は走りだした。もう振り返らない。もう振り返れない。


…雅憲。私の気持ちがどれだけ虚ろなものだったとしても、あなたの気持ちは真実だった。私の肌にずっと触れてきたまっすぐで美しい想いに、穢れた私はどれほど救われただろう。どれほど辱められただろう。これから何が起こっても、私はあなたとの日々を無駄だとは思わない。もう甦らない、大切な一年七ヶ月…と十九日。ありがとう。今あなたに願うのならば、二人のときの笑顔が純粋なものであったことを願います。


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