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王女様へ会いに

 ドゥエイル王国に戻った僕らは、ビヨンから花と剣の都デュランダルへとやってきた。

 城下町の向こう側には、デュランダル城のシンボルである巨大な剣のオブジェが見える。


「いつ見てもすごいわねえ、ここ……」


 メリュジーヌさんはデュランダルに来たこともあるらしいけれど、たぶん乱暴者として知られていた頃のことだよね?


「僕も来たのは王女殿下に見染められて、ドゥエイル王国勇者パーティに紹介してもらったときだけですから。その後すぐに、パーティは最前線に行くことになって……」


 花と剣の都デュランダルは、かつてドゥエイル王国の初代国王シャルロー1世が、神様から聖剣デュランダルを賜った城とされている。

 新米の騎士だったシャルロー1世は、ゴンドワナ大陸にあった国との『海峡戦争』で活躍し、パラディンと呼ばれる12人の騎士を率いて侵略軍を撃退した。

 そして、この国の王となったシャルロー1世は、神様にデュランダルをお返しし、返礼に城とあの巨大な剣を貰い受けた……というのが、この国の建国神話だ。


「あのでけぇ剣ってよ、もう800年近く前のもんだろ? あんなもん、魔法や巨人の力だけじゃ作れそうにねぇし、どうやって作ったんだろうな……」


 北の国に住む巨人族とか、ガイア半島に住むサイクロプスのように巨大な種族はいるけれど、たとえ彼らの大きさでもあれほどのものは振り回せない。


「まあ、本当に神様が作ったとしてもおかしくないですよね……」


 この世界にはあの巨大な剣といい、謎に包まれたものも多くある。

 こういうものを冒険の中で見聞きするのも、冒険者になってよかったと思う瞬間だ。


 僕に色々な魔法を教えてくれた先生も、こういうものの研究に夢中だった。

 あの人、今も元気にしてるかな……。


「アレ見てて思い出したんだけど、ジャック、王女様に挨拶に行くのよね?」


「そうですけど?」


 僕はこの国の勇者パーティを除名されたため、パーティに入るきっかけとなった王女殿下に報告をするために戻ってきた。


「やっぱりアタシは宿屋かなんかで待ってた方がいいと思うのよね。お師匠様みたいにアタシの正体に気づくヤツがいたら、かなりまずいことになるんじゃない?」


 確かに、言われてみればメリュジーヌさんが城に入るのは危険だ。

 城内で正体に気づかれたとしたら、どう転んでも逃げられない。


「そうした方がいいだろうな。オレは部外者だからいいけどよ、この国の中じゃこいつを恨んでる奴らがいてもおかしくねぇ」


「そういうことね。お師匠様はどうするの?」


「オレも遠慮させてもらうぜ。ジャックの恩人とのひとときを邪魔しちゃ悪いからな」



 城に立ち寄る前に、僕らは冒険者ギルド・デュランダル支部を訪れていた。

 僕は受付嬢のカトリーヌさんへと挨拶をする。


「あら? ジャック君じゃない。久しぶりね」


「お、お久しぶりです、カトリーヌさん……」


 カトリーヌさんは長い金髪をストレートにしていて、花と剣の都の美女がそのまま飛び出してきたような身なりだ。


「それにしても、ジャックは勇者様に見染められて勇者パーティに加わったんじゃなかったの? 見たところ階級も石級ストーンに下がっているみたいだし……」


「それが……」


 僕は勇者パーティに加わる際に冒険者としての地位を捨てたことと、結局冒険者パーティから除名されてしまい、改めて冒険者として登録し直したことを話した。


「……なんてことなの、ジャック君……。私の知らないところで、酷い目に遭ってきたのね……」


 カトリーヌさんは、泣きながら僕を抱きしめる。

 窓をこっそりのぞいでいるメリュジーヌさんとアノーラさんが、こちらを睨んでいるのがわかった。


「あ……あの、カトリーヌさん……そろそろ本題に……」


 僕はカトリーヌさんから離れると、今調べていることについての話をもちかける。


「ぼ、僕は今、昔暴れていた『蒼き流れ星』っていう龍人のことを調べているんですが……このギルド支部にそのときの情報などは残っていませんか?」


「……それって、昔暴れていたっていうメリュジーヌのこと?」


 カトリーヌさんは首を傾げていたが、やがて思い当たることがあったのか「ちょっと待っててね」と言って奥の部屋へと入っていった。

 やがて戻ってきたカトリーヌさんは、古びたスクロールを持ってきた。


「これは、メリュジーヌがデュランダルで暴れていたときの記録よ」


 スクロールを広げると、約40年前のドゥエイル王国西部で、メリュジーヌさんが暴れていたときの記録が残っている。

 蒼い髪の女の龍人が、行く先々でトラブルを起こした挙句、『蒼き流れ星』という異名を持つ賞金首となるまで。そして何度も繰り広げられた戦いの末、冒険者に討伐された記録が残されていた。


 こうしてみると、昔のメリュジーヌさんってとんでもない暴れん坊だったんだな……。


「……それにしても、メリュジーヌさん……蒼き流れ星を討伐した冒険者の名前が、どこにも見当たらないようなんですが……」


「そんなことないと思うけど……っ!?」


 しかし、文書を見直したカトリーヌさんは顔を真っ青にして文書を見直している。


「どうなってるの、これ……!?」


 なぜなら、なぜかメリュジーヌさんを倒した冒険者の名前が載っていたと思しきところが、きれいに消されてしまっているからだ。


 冒険者ギルドは長い歴史の中で、情報の大切さをよく理解していて、記録を残すことにはしっかりしている。

 もし誰かに隠蔽されてしまったとしたら、それに長らくギルドが気づかないなんてことがあるんだろうか?


「わかりません。でも、明らかに誰かがこの文書に手を加えたものとしか考えられません」


 特定個人の名前だけ消されてしまっているなんて、意図的なものでなければありえない。


「……ジャック君、このことはギルドの上層部にも報告しておくわ。他の支部でも、メリュジーヌ討伐の記録……いや、それ以外のものも書き換えられている可能性があるから、一度調べてもらわないと」


「わかりました。カトリーヌさん、お任せしてもいいですか?」


「ええ。ジャック君のおかげだわ。ありがとう」


 そう言うと、カトリーヌさんは大慌てで奥へと急いでいった。


「どうだった、ジャック?」


 メリュジーヌさんとアノーラさんのところに戻ると、ビアンカと遊んでくれていたようだった。


「ダメでした……。まさかギルドの書類にも手を加えてしまってるなんて……」


「アイツ、まさかそんな真似までするなんてね。まあ、アイツの正体を考えたら当然ね」


 まさか、花と剣の都デュランダルでも、母さんに関する情報がないだなんて……。

 ただひとつだけわかったのは、母さんは、自分の正体を隠すことを徹底しているということだけだ。


「……にしても、本当にジャックの母親って何者なんだ? 誰にも気づかれずにギルドの文書にまで手を加えるなんて、どう考えてもただ者じゃねぇ」


 確かに、あの文書は手で消されたようなものではなく、何らかの魔法で綺麗に消されたようだった。

 書物の内容を綺麗に消す魔法なんて、師匠からも学んだことはない。

 もしかすると、母さんは師匠をも超える魔術師なのかもしれない。


「まあ、アイツもそれだけの事情を抱えてるってことよ」


 そこまで言うのなら、母さんについてヒントをくれたって……。

 でも、前にメリュジーヌさんも言っていた通り、僕から見つけて喜んでもらわないと。


「それよりジャック、そろそろ王女様に挨拶に行ってきたら? 早めに挨拶をしておかないと、勇者パーティの連中があることないこと吹き込むかもしれないわよ」


 まさかピエール様が戻ってきてるとは思わないけど、確かに今は王女殿下へのご挨拶を優先すべきだ。


「……そうですね。メリュジーヌさん、アノーラさん、いってきます!」



 昼になって、僕とビアンカはデュランダル城の正門前に来ていた。

 丘の上に築かれた城は、城下町全体を見下ろせる高さがあり、堀の上にかけられた正門橋でつながっている。

 神様が築いたとされる城と、下界との断絶を思わせる造りだ。


 正門前まで来ると、甲冑を着込んだ門番がベクドコルバンを突きつけてきた。


「止まれ、小僧!」


「庶民が王城に何用か!」


 僕はビアンカを後ろに控えさせ、貴人に対する礼をもって名乗る。


「はじめまして。元勇者パーティにして冒険者のジャック・オーウェルと申します。第2王女マリアンヌ殿下にお目通り願いたく、はるばる魔王軍との最前線より馳せ参じました」


 僕は元勇者パーティとしての肩書きを利用し、殿下に取り継ぎを願い出ようと前に出る。

 しかし、正直に冒険者だと名乗ったのがまずかった。


「冒険者などという立場の者が、王女殿下に何の用がある!」


 やっぱり花と剣の都デュランダルとなると、冒険者に対する偏見は強い。


「ぼ、僕は元勇者パーティの一員として、お世話になった殿下にご挨拶を……」


「卑しい冒険者風情が勇者パーティの一員だなどと世迷言を……! ましてやそのような冒険者が、王女殿下のお知り合いであるはずがなかろう!」


 門番の二人は、僕の首へと穂先を突きつける。

 後ろでは、ビアンカが毛を逆立てて唸り声をあげている。


「待ってください! 殿下にお取り継ぎいただければわかってもらえるはずです。『冒険者のジャック・オーウェルが来た』と伝えていただければ……」


「黙れ! 冒険者などという卑しい立場の者など、王城に入ること自体が許されぬことだ!」


「まさか貴様……殿下のお知り合いなどと偽り、殿下を暗殺するために参ったのではあるまいな!?」


 ダメだ、話が通じない。

 まさか、こんなところで冒険者が卑しいという価値観が邪魔するなんて……。


「一体なんなのですか?」


 困り果てた僕に、懐かしい透き通った声が聞こえた。


「ま、マリアンヌ殿下……!」


 城門の向こうから、クリーム色と桜色を基調としたドレスを纏った女性が歩いてきた。

 その美貌はこの城の剣と同様、神様が造ったもののように整っている。その美貌に続くように、麦畑のような豪奢な金髪がなびく。


 このお方こそが、このドゥエイル王国の第二王女、マリアンヌ・デュランダル殿下だ。


「まさか、ジャック……ジャックなのですか!?」


 凛とした琥珀色の眼がこちらを捉えると、そこに驚きが加えられた。

 マリアンヌ殿下はスカートをつまみ、こちらへと駆け寄ってくる。


「ああ……よく無事に戻ってきましたね。貴方を勇者パーティに推薦してからどれだけ経ったことでしょう……」


 殿下に抱きしめられて、思わず顔が紅くなってしまう。


「で、殿下……この者はどこの馬の骨ともわからぬ冒険者で……」


「お黙りなさい! この者は我が国の勇者パーティの一員、ジャック・オーウェルですのよ!」


「なっ……!? ま、まさか本当に……!?」


 殿下からの一喝で、門番の二人もようやく信じてくれるようになった。

 まあ、ついこの前勇者パーティを除名されているんだけど……。


「門前で騒ぎを聞きつけて来てみれば、私の友人になんという真似をしているのです! 直ちにこの者を城へ通し、私の部屋へと案内なさい!」


「は、ははーっ!」


 門番のうち、片方は連絡のためか城内へと走っていき、もう片方は殿下を怒らせてしまったことで固まっている。

 日をまたいでまで待たなければかなわないと思っていたお目通りが、こうもあっさりと叶ってしまった。

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