代役の冒険者
ジャックがドゥエイル王国へと戻った頃のこと。
バラウール一夜城の攻略に失敗したドゥエイル王国勇者パーティは、除名したジャックに代わる冒険者をミドガルド帝国内で探していた。
そこで勇者ピエールの目に留まったのは、ピエールと同じくドゥエイル出身のジョルジュという男だった。
彼はピエールと同い年ぐらいの青年で、農民から冒険者になったのだそうだ。
「お、お、オラが勇者様のパーティに加えていただけるんですだか!?」
「そうとも。お前が我がパーティに加わるのなら、この面々と同額の給金に加え、我々が持っている装備を貸し出そうじゃないか。丁度前任者が辞めていったときに残していったものがあってな……」
ジョルジュは喜んで承諾し、晴れてドゥエイル勇者パーティに加わった。
だが、勇者パーティの一員となった彼の薔薇色の日々は、すぐに終わりを告げる。
「おい、てめえ! いい加減な仕事してんじゃねえぞ!」
ドゥエイル勇者パーティは、ガイア半島に駐留している魔王軍への奇襲攻撃を実行していた。
前回の攻城戦での失態を理由に、ピエールは勇者連合軍の指揮から外されてしまい、今回は自らのパーティのみでの作戦となった。
しかし、ジョルジュの情報は今までより精度が低く、更にピエールの采配にも問題があったため、またしても敗走を強いられたのだ。
「あんたのおかげで、また勇者パーティの作戦が台無しよ。こっちはただでさえも城攻めの失敗で悪い噂が立ってるのに、また評判が下がったらどうしてくれるの?」
ピエールの腹心の部下であるセルゲイが、ジョルジュの胸ぐらをつかんで怒鳴りつけている。
その後ろで、聖女のマグナがジョルジュに悪態をついている。
「まったく……奴と同じ銀級の冒険者と聞いて期待していたんだが……。よくも勇者である俺の顔に泥を塗ってくれたな」
「そ、そんなこと言われましても、オラだってできる限り魔王軍に近づいて、数を確かめてきたんですだ……」
「あのカスですらできたことが、なんでできないってんだ!? しかも荷物運びも、あいつの半分の荷物すら持てねえときた。あのカスと同じ銀級の肩書きは、一体何のためにある!?」
「この倍も荷物を持てだなんて無理ですだ。そもそも斥候なら身軽になるのが普通なのに、荷物持ちを兼任するのはおかしいと思わねえんですだ? こんな荷物を持って魔王軍の奥地まで切り込んでこいだなんて、死にに行くようなものでごぜえます」
ジョルジュも斥候としての技能はあるものの、たった一人で勇者パーティの荷物持ちと、耳目としての索敵行動を両立するのは無理な話だった。
そんな無理な仕事がジャックに務まったのは、ジャックの持っている様々な魔術と、ビアンカの嗅覚が大きな役割を果たしていたからだ。
「荷物なら、あの『ボックス・オブ・マルチディメンションズ』という魔術があれば容易かろう? それとも、子供でも使える魔術が使えないとでも言うつもりか?」
ロンドが述べた魔術の名前に、ジョルジュは何を言われているのかわからないという顔をする。
「ボックス・オブ・マルチディメンションズ……? 一体それは、どんな魔法ですだ?」
「知らんのか? お前の前任者である少年は、さも当たり前のように使っていたぞ」
ロンドは前任者が使っていた、持ち物を亜空間にしまう便利な魔術のことを説明した。
「……そ、そんな魔法は聞いたこともごぜえません……」
ジョルジュはその話に、更にそれをさも当たり前のように使えと言われたことに愕然としている。
まるで、溶岩の川を泳いで宝箱を取ってこいと言われたかのようだった。
「何もないところに物をしまう魔法なんて、今まで出会ってきたどんな魔法使いも使えませんだ。もしそんな魔法を使える子供がいるんでしたら、きっと冒険者なら玉級にも匹敵する……それこそロンド様にも並ぶ偉大な魔法使いに違えねえですだ」
ジャックが自分にも匹敵する魔術師であるという指摘を受けて、鉄面皮なロンドの表情が険しくなる。
「何を言っている? 奴の才が私に並ぶなどと……」
「荷物持ちもろくに出来ない言い訳が『あの能なし冒険者が実は天才魔術師だった』という笑い話なの? そんな大ボラが通じるわけないじゃない」
ジョルジュは、ロンドとマグナがその魔法の希少性を理解していないことに唖然としていたが、当の二人はそれに気づくことはなかった。
「お、教えてくだせえ。そんな魔法が使えたって冒険者は、一体なんて名前ですだ?」
ピエールは少し考えてから、前任者であるジャックのことを教えていなかったことを思い出した。
「ジャックという奴だ。アルビオン出身の……」
その名前を聞いたジョルジュは、まるで怪物を目の当たりにしたかのように驚いている。
「じゃ、ジャックってのは、まさかジャック・オーウェルのことでごぜえますか!?」
「……そうだが。知ってるのか?」
「へ、へい。昔ドゥエイルで一緒にパーティを組んでたことがありますだ。……それにしても、あの『モノクロの狩人』が……どおりで……」
そのままジョルジュは、何か考え事をしながら俯いてしまう。
「……おい、さっきから何言い訳並べ立ててやがる?」
ジョルジュに苛立ったセルゲイは、思いっきり顔面を殴りつけた。
「セルゲイ! またお前は……!」
黙って様子を見ていたチャチャが、ジャックのときと同じような暴力に抗議する。
「戦闘もできねえ、偵察もできねえ、荷物持ちもできねえ……。できねえづくしのくせに言い訳だけは一丁前ときた。一体何だったらまともにできやがる?」
尻餅をついたままのジョルジュは、今にも泣き出しそうだった。
「も、もうこんなパーティで働くのは嫌ですだ! 銀級冒険者の立場まで捨てて入ったのに、いっつも責められたり殴られたりばかりで、しかも見たこともない魔法を当たり前のように使えだなんて無理ばかり求められますだ! いくら勇者様のパーティだからって、限度を通り越してますだ!」
喚き散らすジョルジュを見て、ピエールはため息をつきながら愛剣アスカロンを抜き、見苦しい言い訳を並べる冒険者の喉元に突きつけた。
「もういい。そんなに働くのが嫌なら、お前もお払い箱だ。……幸いここは魔王軍との最前線だ。お前を始末して、戦死したことにするぐらい容易いだろうな!」
「ひ、ひいいぃぃぃぃぃっ!!」
ピエールが剣を振り上げるやいなや、ジョルジュは一目散に逃げていった。
「おっ、おい! まだ装備を返して……」
ピエールが止めるより先に、ジョルジュは森の木々の中へと消えていった。
「……くそっ。あれがどれほどの価値があると思っているんだ?」
ジョルジュがマントの下に纏っていたのは、ジャックから返却されたミスリル製の鎖帷子だ。
胴体のみを覆うものだが、ドワーフの高度な技術が用いられており、人間の国では騎士の板金鎧と同じぐらいの値打ちがある。
「まあまあ落ち着けよ、ピエール。あのカスは後で勇者連合と冒険者ギルドに訴えて、栄えある勇者パーティからの窃盗という罪状を科せばいいじゃねえか」
セルゲイは勇者連合でパーティを組んで以来、世間知らずのピエールに代わって水面化の作業をこなしてきた、ピエールにとって頼れる軍師だ。
「……まあそうだな。冒険者ギルドへの通達は任せた。それからマグナ、各地の雲塔教の教会へと同様の通達をしておけ。勇者連合への連絡は俺からやっておく」
「え……ええ。バベル教国にも同様の書状を送っておくわ」
役に立たなかった上に(過失とはいえ)貴重品を盗まれたことに腹を立てたピエールは、ジョルジュを勇者連合で指名手配する用意を整える。
そんな有様を見かねたチャチャは、立場が危うくなることを承知で提案する。
「……な、なあ、みんな。あんな一介の冒険者にかまけている暇があったら、抜けた人材の補充を考えるべきだとは思わないか? これ以上失態を重ねるようであれば、我々ドゥエイル勇者パーティが魔王との戦いから遠ざけられることも考えられるだろう?」
ピエールはため息をついた後、チャチャを睨み付ける。
「さっきから何が言いたいんだ、チャチャ? このドゥエイルを代表する勇者の俺が、ジャックと同じ役立たずとでも言うつもりか!?」
「お、落ち着け、ピエール。私が思うに、ジャック君にはただの冒険者には務まらない技能があったのは事実だ。だから彼を呼び戻して……」
「いつまであんな役立たずの小僧にこだわってるんだ!」
「だ……だが、それだとまたどこかで新しい人材を探すしかなくなる。もし次の人材が見つかっても、今回のジョルジュのように上手くいかないかもしれない。それならいっそう、ジャック君に戻ってきてもらう方が早いんじゃないか?」
チャチャはもっともらしい建前を並べて、ジャックの復帰を提言する。
「……ふん。仕方ないな。それならジャックと別れたトロニエ城まで戻って、あいつを探すことにしよう」
ピエールの妥協に、チャチャは少し安心した様子だった。
だが、この勇者の考えは斜め上をいっていた。
「だが、あいつの復帰は一時的なものだ。このままでは、国王陛下と勇者連合の総督閣下に合わせる顔がないからな。功績をあげ、勇者連合軍の軍団長としての座に戻った暁には……今度こそあいつは用済みだ!」
ピエールのどうしようもなさに頭を抱えながら、チャチャはこの勇者パーティに入ったことを後悔した。
もしかすると、ジャック君はドゥエイル勇者パーティではなく、他国の勇者パーティに行くべきなのかもしれない。
もしジャック君がこのパーティに戻らずに済むのなら、自分もその国のパーティに入り直そう……と。
こうしてドゥエイル王国勇者パーティは、一度は除名したジャックを探すことになる。
問題は、ジャックは王女への挨拶をするためにドゥエイルへ戻っている最中であり、その足跡を追う必要があったということだ。




