除名の報告
デュランダル城に入った僕が招かれたのは、第2王女マリアンヌ殿下のお部屋だった。
殿下おつきのメイドさん達に招かれた後、豪華絢爛なソファに座らされる。
この部屋からは中庭がよく見え、この城のシンボルである巨大な剣のオブジェがすぐ近くで輝いている。
「本来ならば、マリアンヌ殿下より先に座らせるなどおこがましいことなのですが……どうも殿下は貴方に甘いようですね」
僕の後ろから、殿下おつきのメイド長リリーさんにお小言をぶつけられてしまう。
まあ、これほどまでに贔屓されてしまっては当然だろう。
リリーさんは殿下より3〜4歳年上と見られ、一流の彫刻師による石像のような美貌に、四角い眼鏡がよく似合っている。
長い銀髪を後ろでまとめ、メリュジーヌさんとはまた異なる格調高いメイド服を纏っている。
ビアンカは他のメイドさんに連れられて、城の門前で預かってもらっている。
さっきの門番みたいなことがあったので不安だけど、殿下からのご命令なら責任をもって預かってくれるだろう。
「ジャック、お待たせしました」
やがて、マリアンヌ殿下が向かいのソファに座る。
他のメイドさん達が、紅茶のセットを持ってきた。
「あ、改めてご挨拶申し上げます、マリアンヌ殿下!」
僕はソファから立ち上がると、大慌てで片膝をついた。
「いいのですよ、ジャック。貴方は私の友人なのですから」
殿下はソファに座ると、自らカップに紅茶を注いでいく。
しかも、僕の分まで一緒に注いでくれた。
「さあ、どうぞお飲みなさい。早くしないと冷めてしまいますよ」
「そ、それでは、お言葉に甘えて……」
僕は高級な紅茶に口をつける。
「お、おいしい……!」
芳香な茶葉の香りが口の中を満たしていく。
この懐かしい香りと味も、かつて殿下に招かれたとき以来だ。
「ふふ……こうしてテーブルを囲むのも本当に久しぶりですね」
マリアンヌ殿下も紅茶をすすりながら、優しく微笑んでいる。
「それにしても、我が国の勇者パーティは大陸中央の最前線にいるはずなのに、なぜジャックだけ帰ってくることになったのでしょう? それに、あのときの門番が話していましたが、元勇者パーティというのは……?」
「そ、それが……」
僕はピエール様に勇者パーティを除名されて、改めて冒険者としてやり直すことになったことを説明する。
最初は静かに耳を傾けていた殿下は、次第に俯いたまま手を震わせていく。
「……な、なんということなの! ピエールが、いえ……あのパーティの面々がそのようなことを……! 私が推薦したジャックを、勝手な偏見で追い出すなんて……!」
殿下は僕への仕打ちに怒りを露わにし、そのまま僕をそっと抱き寄せた。
「ジャック、愚かな私をお許しください。よかれと思って貴方を勇者パーティに薦めましたが、まさかそのような仕打ちを受けるとは思いもしませんでした。これも、ピエールの愚かさを見抜けなかった私の責任です……」
本日2回目の抱擁に固まっていた僕を、リリーさんがそっと殿下から引き離した。
「殿下、大丈夫です。僕はもう気にしてません。……それよりも、魔王軍との戦いのことで、殿下に相談しておきたいことがあったんです」
僕はメリュジーヌさんにも見せた、魔王軍の内部文書が記されたスクロールを広げる。
「……エリッヒ・フォン・ヒンメルバルト……。魔王軍の将軍で、今は第6師団を率いているはず……」
「はい。勇者パーティがルゼンベルグ要塞を制圧した際、このような文書が残っていたことに気がつきました。ピエール様にも見せましたが、相手にされなくて……」
思えば、当時からピエール様と勇者パーティの面々からは、冒険者ということでとことん冷遇されていた。
こんな「冒険者を厚遇すべし」なんて文書を持ってきたから、優遇されたいという下心があると見られたのかもしれないな。
「この文書からは『魔王の勢力内においても冒険者ギルドは存続を許されていること』と『魔王軍の中に冒険者の雇用と厚遇を望む意見があること』が窺い知れます」
殿下はこのスクロールに目を通しながら、僕にも目を向ける。
「……殿下、もしこの文書に書かれた通りになれば、冒険者が魔王軍に戦力として流出する恐れがあります。この国以外でも、冒険者を賎業として差別する傾向は見られますので……」
リリーさんは眼鏡を直しながら、懸念されることを述べる。
「そして僕は、勇者連合の側でこれと同じことを実現できないかと考えました。そのためには、僕は冒険者として出世して、ギルドの運営にも携われるようになるべきだと考えたのです」
僕の提案に、マリアンヌ殿下は口元をおさえて驚愕している。
リリーさんは、横で眉ひとつ動かさずに聞いていた。
「……なるほど。ジャック、貴方がしようとしていることが理解できました。冒険者が卑しいとされる世の中を変えるために、力をつける必要があるのですね……」
殿下はスクロールを畳んで僕の方を見る。
「もしリリーが言うように、魔王軍に多くの冒険者が流れることになったとしても、私はそれを止めるつもりはありません」
「で、殿下! そのような……」
問題発言に抗議したリリーさんを、殿下が手で制した。
「ピエールのこともそうですが、冒険者に対する職業差別は枚挙にいとまがありません。勇者連合の各国から魔王軍に寝返る者が出てきたとしたら、それは勇者側が彼らを大事にしなかったことの証左にすぎないでしょう」
穏やかな口調の中には、間違いなくピエール様への怒りが見てとれた。
かといって、僕もマリアンヌ殿下に恩がある。
優遇されるからといって、魔王軍に寝返ろうなんてつもりはない。
「ところでジャック、これからどうなさいますか? もし力をつけるなら、一度最下級の石級にまで下がってしまったランクを上げていかなければならないと思いますが……」
僕は殿下に挨拶を終えてからのことについて、少し考えを広げてみる。
「そうですね……。ドゥエイル国内でランクを上げるための仕事をするのもいいですが、一度故郷のアルビオンまで戻って、孤児院にも挨拶に行こうと思います。勇者パーティに入ってから、送金ができなくなってしまいましたから……」
僕は以前、マリング銀行の口座を通じて、オーウェル院に稼ぎの一部を送っていた。
しかし、勇者パーティに入る際、セルゲイさんから冒険者としての立場を捨てると同時に、銀行の口座も破棄することを迫られた。
思えばあれは、勇者パーティから僕が抜け出さないように、金銭面で繋ぎ止めておくための方便だったのかもな……。
「なるほど……ピエールはともかく、あの悪知恵が回るセルゲイならありえそうな話ですね。そうまでさせておいて、追い出したりするなど……」
殿下は、僕の手をそっと包み込むように握った。
「今までジャックが受けてきた扱いは、本来なら私が止めなければならなかったことです。罪滅ぼしになるとは思えませんが、我が国の冒険者への扱いを改めるよう、私からも力添えをしましょう。困ったことがあれば、いつでも私のもとに来てください」
マリアンヌ殿下がそう仰ってくれるなら、きっとドゥエイルでの冒険者の未来は明るいだろう。
「マリアンヌ殿下……お力添えに感謝致します。必ず玉級の冒険者になって、この国の冒険者が守られるよう尽力します!」
殿下はまた紅茶を口に運んでから、優しく微笑んだ。
日が暮れる頃、僕とビアンカはメリュジーヌさんとアノーラさんが待っている宿屋へと戻ってきた。
「おかえりー。王女様とはどうだった?」
「はい。久しぶりに話ができて、冒険者にもよい待遇を約束してくれました。あの文書も見てもらえましたし」
「どうやらこの国の王女様は、おめぇも含めて冒険者に理解があるみてぇだな……。ところで、あの文書ってのはもしかして……」
アノーラさんにも、僕の夢に関する話をしたことがあるけれど、その中で魔王軍の文書についても触れている。
「はい。魔王軍の文書を殿下にも見せました」
「ずいぶん思い切ったことするもんだなぁ……。この国はともかく、そんだけ王女様が信頼されてるってことか。……ちょいと悔しいな」
アノーラさん、一体どうしたんだろう?
「ジャック、師匠のオレとしちゃぁ、早くおめぇとパーティを組みたくってしょうがねぇわけだ。だからよ、明日からここのギルドで奮発した依頼を受けようぜ!」
そんな提案をしながら、アノーラさんは僕の背中に腕を回す。
「こーら、お師匠様。もうちょっとジャックの意見を尊重しなさい」
メリュジーヌさんも僕に手を回して抱き寄せる。
そんな二人を見ながら、ビアンカが不機嫌そうに唸った。
「そ……それじゃあ、今度はアルビオンの孤児院まで挨拶に行きたいので、道中の船賃などを稼ぐために、ここデュランダル周辺で仕事をしようと思います。それと、アノーラさんも言っていた通り、ランクを銅級に上げてパーティを組まないと……」
マリアンヌ殿下への挨拶を終えても、僕にはまだまだやることが山積みだ。
冒険者が蔑まれない世の中を目指すためには、ギルドの頂点に立つだけじゃなくて、世界各地に味方を作る必要がある。
アルビオンの知り合いにも声をかけて、味方につけられないだろうか?
「さて……それじゃあジャック、今夜もアタシと寝ましょうか?」
そう言いながら、メリュジーヌさんは僕をベッドの方へと引っ張っていく。
「いやいや、まだ寝るには早いですよ」
「おい待て、こいつは師匠のオレが一緒に寝てやるんだよ!」
アノーラさんも、対抗するように僕に抱きつく。
「なにしてんのよ、お師匠様! ジャックはアタシのご主人様なのよ!」
またしても、最初に出会ったときのようにお二人に挟み込まれてしまう。
僕は上手く抜け出して、ビアンカを拾い上げる。
「そ……それじゃあ今夜はビアンカと一緒に寝ますね」
ビアンカは僕に頬擦りをしている。
「お、おいおい、そりゃないぜ……」
「なによ、相変わらずつまんないわね」
「そんなことより、僕らまだ夕食を食べてませんよね? 下の酒場で何か食べましょうよ」
僕は下を指差して、夕食の話題でごまかす。
「まあ、ジャックと寝るのはまたの機会にしましょうか」
「確かにメシが先だな。花と剣の都の料理はどんな味だろうな?」
メリュジーヌさんも気を取り直してくれて、アノーラさんは料理を楽しみにしている。
お二人は相性が悪いみたいだけど、僕が仲を取り持たないといけないな。
明日から、本格的にここデュランダル周辺での活動が始まる。
しっかりと休んで、たっぷりと成果をあげられるようにしよう。




