挑発
あれから数日が過ぎた。
あのあと俺は、菓子折りを持って例の研究会の先輩の下へと謝りに行った。
甚だ不本意ではあったが・・・
英雄信者の考えていることはよく分からないし、どこに沸点があるのかも分からない。
しかしながら、研究会への所属義務がある以上、俺を入れてくれるかもしれないあの先輩には、不本意であろうとなかろうと下手に出ないわけにはいかなかった・・・
だが、俺の心配は杞憂に終わり、難なくこの研究会へと入会を果たすことが出来たのだった。
そこそこ緊張して謝りに来たものの、先輩は初対面の時のように仮面を貼り付けたかのような笑顔を崩すことなく、むしろ自分の方こそ言い過ぎてしまったのだと謝り返されてしまった。
その後あっさりと入会を認めてもらい、俺は無事にペナルティを回避したのだった。
入会してみてわかったことだが、どうやらこの先輩は、いい人のようだ。
俺の悪評を聞き及んではいる様子だが、それで俺に対する嘲のようなものが出て来る様子でもなく、毎日おいしい紅茶を淹れてくれて、美味しいお菓子を出してくれる。
研究会の活動といっても他の研究会とは違い、先輩が英雄について話すのを聞いたり古い文献を読み漁るだけという、なんともお気楽なものなのだ。
到達目標があるわけでもノルマがあるわけでも無い、具体的な成果をあげようにも、神の力をいくら研究したところで実際に使えるようになるわけでもなし。
他の研究会には活動と成果の報告義務があるようだが、なぜかうちの研究会には無いようだった。
まぁ、端的に言ってしまえば、そこは楽で楽しかった。
そうして俺は思っていたよりもあっさりとこの学園に居場所を手に入れたのだった。
だが勿論、この世の中うまく行くことだらけでは無い
遠征を来週に控えた俺たち1年生は闘技場にて上級生達との実戦訓練に臨んでいた。
「もっと真剣にやらんかぁぁぁ、貴様らぁぁぁ!」
担当教師の怒号が飛び交うこの闘技場で俺は完全に除け者になっていた。
まぁそれも仕方なかろう、本来なら入学から2ヶ月かけて実践的な訓練を積んだ後に満を辞して臨むのが遠征の本来なのだ。
いくら国内選りすぐりのエリート達と言っても所詮は15歳、十全な準備が整わないのでは不安にも狩られよう。
・・・みんな目付きがマジだ
練習相手にもならない俺がここに居てもできる事なんてないな・・・
よし、サボろう!
そうと決めてからの俺の行動は迅速だった。気配を完全に断ち、闘技場を後にする。
その影の如き静けさに気づける者などいなかった・・・
などと言うのは嘘で、俺は普通に闘技場から出て行った。
早々にドロップアウトを決め込んだ俺に文句を言うものは誰も居なかった。
みんなそれ程に追い込まれているのだろうか・・・
危ういな・・・
焦り、初の実戦、緊張、準備不足
戦場で余裕をなくした者がそんな末路を辿るかなど、俺にも分かる。
護衛の騎士がいるとはいえ、不測の事態が起きないとも限らない。
特に、初実戦ではな・・・
などと、遠征をサボる予定の俺には全く関係ないクラスメイト達の心配をしつつ、研究室に向かって歩いた。
今やこの学園内で、俺が唯一心安らげる場所はあそこしかないのだ。
リクトの居なくなった後も闘技場内では変わらず喧騒が響き合う
その中心にいるのは言うまでもなく、学生にしてレベル6に至った天才”ソーマ・エリンバラ”
レベル1〜4が世界人口の9割以上を占めるこの世界において、15歳でレベル6に至ってしまうなど異例も異例、もはや異常とも言える。
彼の振るう剣の冴えたるや、
流れる剣閃が、その優美な足捌きが、軽やかな身のこなしが、
その全てが洗練された美術品の様であった。
「はぁぁぁっっ!!!」
気合の入った掛け声とともにソーマが剣を振るい、1人、また1人と彼の前に破れていく。
たった1人で10人以上の生徒の練習相手を務めている時点でなかなかに常識外れなのだが、勝負にならないくらい圧倒しているのがソーマの方だという事実に、指導をしている教員や上級生達が口を大きく開けて驚愕していた。
「すごいな・・・、これがソーマ殿下のお力か・・・」
「あぁ、まさか学年トップクラスの生徒達が10人がかりで手も足も出ないとはな・・・」
「護衛に精鋭騎士が来る必要なんて無いんじゃないか?ソーマ殿下1人の方が足手纏いもいなくて安全そうだが・・・」
「いや、囮とかもしもの時の肉壁とかに必要なんじゃないか(笑)」
「それだなwww」
「「アッハハハハハハ」」
闘技場の角でクラスメイト達がバカな冗談を言っている間にも、ソーマは次から次へと入れ替わっていく挑戦者達を次から次へと捌いていき、バッタバッタと薙ぎ倒されていくクラスメイト達とは対照的に、顔色ひとつ崩す事なく剣を振るっていた。
すると、闘技場の観客席から見ていた成績トップの上級生達が降りて来てソーマの元へと足を運ぶ。
如何にも高級品といった装飾の施された宝剣をその腰に携えた貴族と思しき先頭の男はソーマの前に立つと、これだけの戦闘をこなして息一つ切らしていない目の前の男に向かって挑発的な笑みをその顔に浮かべる。
「素晴らしいですねぇ!・・・さすがは噂に名高いソーマ殿下だぁ。もし宜しかったら、この私にもご教授願えませんかぁ?」
腰に差した愛剣を引き抜きながら、その上級生は剣先をソーマに向ける。
流石にそんな挑発に引っかかるようなソーマではない、と近くでソーマの無双するさまを観戦していたエリナは思ったが、そんな思いなど知らぬとばかりにソーマはやる気だった。
やっと骨のある相手が出てきたかとばかりに、ソーマは、闘いを求める狂獣の如く、臨戦態勢を整え、命を抉りあうその瞬間を今か今かと待ち侘びる。
「一応言っておくけど、これ実戦形式の”訓練”だからね・・・、分かってる?」
エリナが嗜虐的な笑みを浮かべるソーマに忠告を投げかける。
ソーマも、貴族と思しき上級生も、そんな忠告などまるで耳に入ってないかの様に、互いの剣先から目を離そうとしない。
(本当にわかってるのかしら・・・)
2人を取り囲む生徒達が息を呑む・・・
そして、闘技場が静まりかえった数瞬後、二人はまるで示し合わせたかの様に同時にその剣先を相手に向かって凄まじい勢いで突き出す。
別段、互いのプライドを賭けているわけでもない真剣勝負の幕がここに切って落とされた。




