勧誘
何故、朝を迎えたくないと思って眠りについた日に限って、とても寝つきがよく、眠りについた次の瞬間には朝を迎えてしまうのだろうか・・・
-入学二日目-
あぁ、学校に向かう足取りがこんなにも重い日があっただろうか・・・
いや、あったな。昨日だ。
4月も第2週だというのに吹き荒ぶ風は冷たく、凍てつく空気は肌をひりつかせる。
この星の平均気温は年々低下を続け、10年前に比べて12度も下がった。
理由はわかってる。でも人間にはどうしようもない。
環境的な要因であったなら魔法を用いて対策を講じることもできただろう。
しかし原因は他のところにあった。そう、魔王だ・・・
15年前、勇者の誕生を聞きつけた魔王がこちら側に攻め込んで来た。
”氷獄王・ヴェルナジュエル” 減速魔法を極めし魔王が攻めて来てからというものこの星の気温は下がり続けてる。
そしてこの国も攻められ続け、国力が低下し続けている。勇者を擁しているが故に・・・
今この国は、希望と苦悩の両方を抱えている。しかし国民は楽観的だ、「辛いのは今だけだ」「遠くない将来、魔王は勇者によって打倒される」みんなが口を揃えてそう言う。
預言などという曖昧な希望に縋るしか、勇者などという虚構の称号に縋るしか、人々は心の平穏を維持出来ないのだろう・・・
それほどまでに魔王という存在は圧倒的だった。
人類は魔法の練度や身体技能といった戦闘力をレベルという物差しで示している。現在、世界に存在する最高レベルは”9”。人類史上最強を謳われる4000年前の英雄が史上唯一のレベル”10”到達者。
しかし、最強の英雄ですらおよばなかった7人の魔王はレベル”11”
つまり、人類未到達の領域
「人類は魔王には敵わない」
いつの時代かの賢者がそう言った。一軍を率いて魔王に挑んだ彼は、半身を失って、命辛々帰還した。
いや、逃げ帰って来た。4人の最高到達者(レベル”9”)と18人の世界最高峰(レベル”8”)、世界中の強者を集めて人類の希望を一身に背負って侵攻した魔王討伐軍はたった1人を残して”全滅”
その日以来、人類は魔王には挑まなくなった。
愛する者を守る為には、ただ守りを固めるしかない。
故に現代の大規模都市は堅牢な”壁”に囲まれている。ただ1つの例外を除いて・・・
まぁ、寒さと魔王は人類にとって頭痛の種だが、俺にとっては今日の授業の方が頭痛の種だ。
学校に着くと、嫌な奴らが俺の席に陣取っていた。
ソーマとエリナだ・・・・
「おはよう、リクト」
「やぁ、リクトおはよう」
2人は見ているだけで目が焼き切れそうな眩しい笑顔でこちらににじり寄って来る。
この2人に絡まれるリスクを考慮して、もっと時間ギリギリに来るべきだっただろうか・・・
「あぁ、おはよう・・・」
俺も挨拶を返す、少なくとも挨拶ぐらいは返さないとこの2人は見逃してくれないだろうから。
「もー、どうしたのリクトー、元気ないぞー、ウーリウリ、ほらギューってしてあげるから元気出してね。はい、ギュー!」
エリナは人の髪をわしゃわしゃとかき乱したかと思えば、そう言って抱きついて来る。豊満な双丘を押し付けられても不快感しか感じないのは付き合いの長さ故だろう。
それを見たソーマも俺の髪を弄ってくる。
「リクト〜、君はいつまでたっても可愛いな〜」
「や、やめろよぉおお」
俺は力の限りを振り絞ってエリナの腕から脱出する。いくら男と女とはいえ、ここまで体格差があると腕から脱け出すだけでも全力を出さねばならない。
うっとおしいこの2人の絡み方にも近頃はいい加減慣れてきた。
この2人も父さんと同じように優しさ故に俺に絡んでくるのだろう・・・
俺はこの学校じゃ友達なんてできないだろうから。せめて自分たちだけでも、と・・・
まぁ、ありがた迷惑な話だが
俺はこの2人が嫌いだった・・・
力を持たない俺にいつまでも優しい2人が嫌いだった
この2人がいなければ俺はもっと早く諦めることができていただろう
この2人の説得がなければ、渋々とは言えこの学園に入学することも無かっただろう
この2人さえいなければ、3年前、母さんが死んだあの日に、愛してくれるものがいなくなったこの世界に、俺も別れを告げられていただろう
いつもそうだった・・・
諦めようとする俺をこの2人がいつだって隣で支えてくれた
惨憺たるこの人生に見切りをつけることをこの2人は許さなかった
だから俺は生き恥を晒し続けながらも不様に生きる事を許容してしまった・・・
だから俺は、この2人が嫌いだ・・・
そうこうしているうちに授業開始のチャイムが鳴り、担任のワグナーが教室に入ってくる。
そして開口一番こう言った
「来週、1年生の”悪魔の森”遠征が急遽行われる事となった。諸君にはそれにあたり、6人1組の班を決めてもらいたい。期限は今日の放課後。」
「先生!質問があります」
クラスメイトの1人が挙手してアホかと思うほど大きな声でそう言った。
「質問を許そう、マティアス君」
「はい!授業内での遠征は入学から2ヶ月後に行われる予定だったと把握していますが、なぜ急に来週に変わったのでしょうか!」
このマティアスという男は声が大きいことが美徳だとでも思っているのだろうか。拡声魔法でも使っているのではないかと思うほど声が耳に響く。
「護衛につく近衛騎士団の都合だ。今年はソーマ殿下がいらっしゃる関係で、近衛騎士団の中でも選りすぐりの精鋭たちが護衛につく事になった。彼らのスケジュールに合わせる関係で遠征が前倒しになったのだ。」
「なるほど!ご説明ありがとうございます!」
最後まで声がデカかったな、この男は・・・
とは言え、遠征か・・・
魔法を使えない俺が遠征に行っても死にに行くようなものなので、まぁ当然サボるわけだが。
なんの理由もなしにサボったりしたら成績をどれほど下げられるかわかったものではないので、遠征を休むに足る理由をなにか考えておかなければならない。
「あぁそれと、本日より研究会への勧誘が解禁となる。当学園では生徒全員が何らかの研究会に入ることが義務付けられているので、上級生たちに勧誘を受けるだろうからよく考えてから入会するように。以上だ。」
さらっととんでもない事を言って終わりやがった。
研究会への入会が義務だと?そんなの聞いてない・・・
恐らくだが、いや、99%ほぼ確実に、俺を入れてくれる研究会など無いだろう。
魔法を使えないのに、魔法の一体何を研究するというのか・・・
また頭痛の種が1個増えたな。
そして放課後。学校中のいたるところで研究会への勧誘が行われている。教室でも、闘技場でも、修練場でも。
みんな新入生というだけで人気者だ。上級生達が群がって来て引っ張りだこになる。みんな困ったような顔をしているが、どこか嬉しそうにも見える。みんなが自分を取り合うというのは気分が良いものなのだろう
新入生はみんな輪の中心にいる。
俺を除いて・・・
案の定俺の所には勧誘が来なかった。いや、誘われないだけならまだマシかも知れない。仕方無しに自分から入れてくれと頼みに行ったら断られてしまった。
2、3箇所まわったが全部断られた。
・・・もうどうしようもないので帰る事にしよう
「君は研究会には入らないのかい?」
諦めてとぼとぼ校門への道を歩いていたら突然声を掛けられた。
笑顔故か、それとも元から糸目なのか、「目、開いてます?」と聞きたくなるほど目の細いその人は、突然俺にそう聞いてくる
「はい・・・いえ、まあ、入ろうとは思ったんですけど断られてしまって・・・」
「それは大変だね。何処かに入らないと校則違反になってしまう。ペナルティもあるんだよ。」
「はぁ、しかし入れてくれるところがないものは仕方ないので」
「そうだ!なら、僕の研究会に入れてあげよう!」
思いついたようにそう言った糸目先輩は、俺の手を引くと校舎の方へ向かってズンズンと俺を引っ張って行った。
その先輩が所属しているであろう研究会の研究室の前に辿り着くと、他の研究室に比べて異様なまでに狭いその部屋の前でその先輩はこう言った。
「ようこそ!神の力研究会へ!」




