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ー月曜日ー 裏道カレイド  作者: 虹峰 滲
8/10

–5– ジェットコースターの噂【溝朽の場合】

◇登場人物◇


 檻原 柵(おりはら・さく)   学生

 沫河 冷華(まつかわ・れいか) 学生


 溝朽 霙(みぞくち・みぞれ) 元遊園地ガイド

 黒屑 最果(くろくず・もか) 遊園地オタク

 裏野 うらら(うらの・うらら) オーナーの孫

 伝言坂 言伝(でんごんざか・ことづて) 廃墟写真家

 濃紫 小麦(こむらさき・こむぎ) スタッフ

 


 ◆表◆


 ◇溝朽◇


 ザザッ……ザザザ……。

 地下道を進む。ノイズが狭い外壁に反響して、耳障りだ。


 ジェットコースターの事故。そう。それが全ての元凶。

 私の恋人を死に追いやった。

 噂なんかじゃない。現実の事故。


 それを仕組んだのは人間。

 一人はスタッフの濃紫。あいつはジェットコースターの清掃スタッフだった。

 ジェットコースターの席に忘れられていたポップコーンのネックストラップを回収して、あろうことかそれを安全バーのところに結びつけて放置した。

 閉園後のこと。誰もお客は乗らないからって。

 翌日点検のために試運転をして、乗った恋人の首に巻きついて、そのまま空中で宙吊りになって、振り回されてメリーゴーランドの天井に真っ逆さま……。窒息死なのか失血死なのかわからない惨状だったそう……。



 開演前だったから、急遽ジェットコースターとメリーゴーランドをメンテナンスで中止にして、表面上は隠された。だけれど、私は探したわ。


 恋人を殺した犯人を。


 ネックストラップを放置した濃紫。

 あともう一人。

 ネックストラップをジェットコースターに忘れた人物。それは、すぐに見つかったわ。


 ジェットコースターとメリーゴーランドが中止になって、その日は開演してから一番クレームが多かった日。私はその日お休みだったから知らなかったんだけど、クレーム処理をしていた誰かが、ネックストラップを忘れたっていうお客がいたって教えてくれたの。


 ネックストラップを確認してもらったら、そこに書いてあったイニシャルもぴったり、一致したって。それが黒屑 最果。


 黒屑がネックストラップを忘れなければ。

 濃紫がネックストラップを安全バーに結ばなければ。


 私の愛する人が死ぬことはなかった。





 許さない。



 許さない。



 許さない許さない許さない許さ

 ない許さない許さない許さない許

 さない許さない許さない死許さない

 許さない許さない許さない潰す許さな

 い許さない許さない許さない殺す許さな

 い許さない許さない許さない許さない許さ

 ない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない刺す許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない吊るす許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない血を許さ血をな血を血をい許さない許さな血を血を血を血をい許さない許さない許さない許さない許さない許殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺絶対に。



 絶対に許さない。







 二人とも私が殺した。この手で。


 後は適当に招待客を痛めつけて、亡霊の仕業に見せかけて、この廃墟を焼き払おう。ドリームキャッスルの拷問部屋は、傷めつけるのにちょうどいい噂だった。


 私を介抱してくれていた心優しい彼女を傷つけるのは少し心が傷んだけれど、どうやら気のせいのようね。私の心は既に壊れている。気のせい。



 ザザザ…ザ…。



 うるさい。ノイズがうるさい。濃紫の無線からノイズが聞こえるのか。

 濃紫はもう始末したはずだ。ギャーギャー喚いて煩かったから、腹をひと刺しすると大人しくなった。


 沫河(まつかわ)さん、だったかしら。彼女のようにスタンガンで気絶させれば、濃紫さんの始末もまだ少しは静かにできたのかも知れないけれど、恐怖と苦悶に満ちた顔を見せてくれないと、気が済まなかったから。

 だから、気絶させないで、うるさい悲鳴の中殺した。あの表情は私のお気に入り。待ち受けにしたいくらい。


 その後、濃紫を着ぐるみに入れて、アクアツアーの枯れた池に突き落とした。ツアーが始まる数時間前だったかしら。もう忘れちゃった。


 私は沫河さんを台車に乗せて、ドリームキャッスルの拷問部屋に移動させた。と言っても、拷問部屋なんて存在しない。ただの噂話。ここはドリームキャッスルのスタッフルーム。少し縛って、軽く痛めつけて、助け出してあげる予定。


 でも、人を傷つけるの、癖になっちゃうかも。


 この子が目覚める前にザ…、軽く園内を廻ザザ…て、ガソリンを撒いてこようかしザザザ…。


「あぁ! もううるさい! 何なの!」

「濃紫さんの祟りだったりしてね」


「!?」



  振り返ると、そこには招待客のもう一人が立っていた。

 少年だった。

 なよっとしていて、隙を突けば簡単に殺せそうな。


 それなのに、何故だろう。


 あ。


 私はここで、もう終わりだ。



 そう思った。思ってしまう、そんな気配を帯びている目を、少年は持っていた。


 宴の夜は終わったのだと。



「みっともなく叫んだりして、綺麗な声が台無しだよ」

「……どうしてここが…?」


 ここはスタッフルーム。園内の複雑な地下迷路の中。こんなところに、この遊園地に初めて来た人間がたどり着けるはずがない。

 まるで彼は、大好きな女性に笑いかけるように場違いな笑みを向けて言った。



「愛の力だよ。…なーんてね」



 ◆裏◆


 もちろん愛の力なはずはない。

 濃紫さんの遺体を調査した、その時に拝借していたものだ。

 スタッフ用の無線。濃紫さんの遺体を調べた目的はこれだった。

 携帯電話が使えない園内で、唯一長距離に情報を教えてくれる機械だ。使わない手はない。


 薄暗い地下道の外壁に、そのノイズは反響しておおよその位置は教えてくれる。あとはまぁ、運と愛の力だよ。


「…とまぁ、あなたが殺したことは、明白なんです。証拠はその白い手袋を外してくれれば一発です。黒屑さんの首を絞めた時に残っているでしょう? ロープの跡が」


「あなたみたいな坊やにはわからないでしょう?」


 溝朽さんがスタンガンを手に、僕に近づく。バチッバチッと錆び付いた空気に白い光が走った。


 彼女は僕をスタンガンで脅しつつ、気絶した沫河を人質にして、スタッフルームの入り口側を背に回し移動した。

 僕から逃げるつもりだろう。沫河を人質にされてしまっては、僕はどうすることもできない。


「恋人が殺された、私の気持ちが。そんな大罪を犯してなお、のうのうと生きながらえている化物の存在が! 許せない。私のこの気持ちがわかるはずがない!!」


「恋人を殺された、だから二人を殺したんですね。でも、あなたの恋人はそんなことをして欲しいと望んではいないでしょう?」

 月並みなセリフ。

「望んでいないかも知れない。でも私はあの人のために…」


「それは、恋人のためではない。あなたのためだ」


 ピシャリと言い放つ。

 ノイズは止んだ。僕が無線を切ったからだ。




「…例えばだけど、あなたのその殺意が、嘘だとしたらどうする?」


「は? 私のこの想いが嘘な訳ないでしょう!」

 彼女の目は僕を見ていない。

 僕の後ろにいる、恋人の命を奪った二人の亡霊を見ている。憎しみと悲しさを()()ぜにしたような、自らをも傷つける嵐を目に宿していた。


「違うよ。あなたのその想いは正真正銘本物でしょうね。そうではなくて、あなたの恋人の命を奪ったのが、黒屑さんのネックストラップのせいということが嘘で、濃紫さんの不始末が原因ってことが嘘だとしたらどうする? って聞いたんだ」


「……!? そんなわけが……」


「あなたの恋人の死から既に10年近く経っている。あなたの独自の調査ってんなら話はわかるけど、わからないけど、どこかの誰かに情報提供されたって話の方が納得できる」


 ましてや、悪意を持って嘘の動機を流す人間を、僕は1人知っている……!


「……情報提供者の名前は?」


「ハンドルネーム……ローマ数字で「Ⅳ(フォー)」、と書いてあったわ。でも、まさか、そんな」


 間違いない。


「……それは、「Ⅳ(フォー)」と読むんじゃない。「Ⅳ(イントゥヴェイン)」って読むんだ。復讐という負の原動力、理由やきっかけになるような、その人の核となる部分を悪戯に掻き立てて、間違った方向に仕向ける、悪魔のような奴だ。悪夢のような存在だ」




 彼は言った。


『行き場を失った悲しみを、やり場を失った憤りを、"それっぽい"ところへ促してやるんだ。強い原動力を持った大いなる力は、きっと俺たちの考えもしないような、とてつもなく面白い結末を俺たちに見せてくれる』

『面白いぜ、柵』

『真実なんて捕まえなくとも、真実より深く、強い力を得られるんだ』

『なぁ、柵。俺と一緒に、楽しいことしようぜ』


 僕は、彼の誘いを蹴った。

 それからだ。彼が姿を消し、それでもなお、僕の視界に痕跡を残していく。

 吐き気がするほどの残酷な事件と、ため息が出るほどの安直な嘘。それらは全て彼に繋がっているのだ。





「あなたの鋭利な殺意が、あなたの恋人への手向けが嘘から生まれたことだと知って、あなたはそれでも、あなたの正義が本物だと思い続けることができますか?」



 出来るはずがない。

 傷ついた心でやっと立ち上がった、その足場が偽りの正義であると知った瞬間、揺らいで崩れ落ちる地面に抗い、再び立ち上がることができるのなら、

 そもそも、立ち直れたはずなのだから。

 恋人の死に、立ち向かえたはずなのだから。








「………ううう。うううううううううううあああ……、ああああああああ!!!」



 嗚咽。悲鳴。それはしばらく鳴り止むことはなかった。

 再び行き場の失った悲しみが、地下道の壁を反響して園内に響き渡る。

 その悲しい叫びは、どんな裏道の奥にもきっと届いた。





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