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ー月曜日ー 裏道カレイド  作者: 虹峰 滲
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9/10

–5– ジェットコースターの噂【伝言坂の場合】

◇登場人物◇


 檻原 柵(おりはら・さく)   学生

 沫河 冷華(まつかわ・れいか) 学生


 溝朽 霙(みぞくち・みぞれ) 元遊園地ガイド

 黒屑 最果(くろくず・もか) 遊園地オタク

 裏野 うらら(うらの・うらら) オーナーの孫

 伝言坂 言伝(でんごんざか・ことづて) 廃墟写真家

 濃紫 小麦(こむらさき・こむぎ) スタッフ

 


 ◆表◆


 ◇伝言坂◇

 ジェットコースターの事故?

 さぁ、どうだったかな。

 ジェットコースターの点検中に高所から落っこちた整備士がいたとは聞いたことがあったな。

 確か同じ時期に、アクアツアーでも子供が溺れ死ぬ事故があったって聞いたよ。

 ほら、君も見ただろ。池の底に落ちていた子供の靴を。

 その子もこんな場所で命を落とさなければ、かわいいお嫁さんになれたはずなのに。

 消えた子供の噂となって、この廃墟に住み続けているのなら、俺がこのカメラで写して、供養してあげたいものだよ。



 ◆裏◆


 溝朽さんが使用していた妨害電波を解除すると、スマートフォンは電話ができるようになった。沫河が警察に電話すると、時間はかかるがすぐに向かうとのことだ。

 溝朽さんは緊張の糸が切れたのか、精神的キャパシティが限界を超えたのか、あれから程なくして気を失った。何をするかわからないので縛っておいた。


 沫河もせっかくだから一緒に縛っておこうかと思ったけど、口を聞いてくれなくなりそうなのでやめた。彼女にとって、貴重な経験だろうに。今はベンチに寝かせてある。



 僕は地上に出て、伝言坂さんに話しかけた。


「あの、一つ、いいですか?」


 伝言坂さんは、もうすぐここに人の手が入る廃墟を撮り納めるように、感慨深く周りを見渡しながらシャッターを切っていた。


「ん。なんだい、名探偵」


 僕は名探偵ではない。

 ただし、余計なものが見えてしまうだけだ。


「アクアツアーで死んだ子供に、伝言坂さんは関わっていますよね」


「…どうしてそう思うんだい」


「池の底の靴ですよ」


 濃紫さんの遺体があった池には、子供の靴があった。アニメプリントがされた靴。それを見て、伝言坂さんはこう言ったのだ。


『かわいいお嫁さんになれたはずなのに』


 しかし、このアニメプリントは「カチドキレンジャー」というアニメだ。いわゆる、「戦隊モノ」というやつだ。

 誰が見ても、この靴の持ち主は男の子だろうと判断するだろう。

「かわいい女の子」よりも、「やんちゃな男の子」の方がすぐに想起されるはずだ。


 裏野さんがこのアニメを見ていると知って、意外だなと思ったのは、こういうことだ。

 それなのに、伝言坂さんはまるでこの靴の持ち主が女の子であることを信じて疑わないようだったから。それは、その子供が少女だと知っているということ。


 事故を知っているということだ。


「ふふふ。面白い推理だ。推測の域は出ないけれどね」


 伝言坂さんははぐらかした。「ところで、君はどうして溝朽さんに真実を話したんだ? 恋人の死の原因が、あの2人には無いと」


「? 聞いてたんですか?」


 どんな地獄耳だ。


「確かに、彼女は恋人のために殺人を犯したのかもしれない」


 伝言坂さんは続ける。


「でもね、愛のために人を殺した溝朽さんは、愛のために生きたんだ。そこだけは確かだ。彼女は愛のために今日まで生きてきたんだ。俺は、彼女が今日まで生きてきてくれて、とても嬉しい。どんな理由があったとしても。それが、間違った理由だったとしても」


 彼の眼差しには、初めて温度を感じられた気がした。


「それなのに、そんな人から愛も、正義も、復讐さえも奪って、君は何をしたいんだ?彼女を殺したいのか?」


「僕は、人殺しが嫌いです」

 断言した。

「その中でも、理由を持って人を殺した人が、大嫌いなんですよ。人を殺す理由なんてあるはずがないんです。それなのに、理由をこじつけて、殺している。まるで、それが正しいことのように」


 人を殺した人は、生きるべきではない。

 警察に捕まれば終わり、というわけには行かない。

 むしろ警察に捕まれば、罪を償うまでの期間生きている必要があるだろう。

 警察に捕まる前に、命を断つべきだ。

 それが嫌なら、人を殺すべきではない。

 ましてや、殺した後に良心の呵責なんて、ちゃんちゃらおかしいだろう。


 たとえそれが生きる目的を絶たれたことだったとしても。

 理由がどうあれ。命を奪った者は、即座に死ぬべきだと。


「君のその志は、君に殺す理由がなくとも、結果的に人が死ぬかもしれない。君がその人殺しを殺すかもしれない」


「人殺しは、人じゃありませんよ。仮に人だったとしても、僕は人が嫌いです。殺したいくらいに」


「ふうん。いい感じに捻くれているね。人殺しが嫌いだと言う割に、人殺しを容認しているようだ」


「人殺し談義はいいじゃないですか。人を殺したことがあるわけじゃあるまいし」


「……あるよ」


「……え?」


「俺は人を殺したことがある。この裏野ドリームランドで、小さな女の子をね」


 彼は、一体何を話そうとしているのだろうか。

 僕は彼の話を聞くことしか出来なかった。


「アクアツアーの池で溺れていた女の子を、助けられなかった。俺は、あの子を殺した……」


 それは、その子を殺した訳ではないだろう。

 故意でも過失でもない。不運だ。

 と、僕なら思うけれど。

 当の本人は、そうは思わないだろう。


「俺は罪を犯したことで睡眠不足だった。そんな中、点検中にジェットコースターのレールから転落してしまった。その場所はちょうどメリーゴーランドの真上だったから、メリーゴーランドの装飾の柱が腹に刺さって、そのまま死んじまったよ。恋人にも悩みを打ち明けられずに、精神的に追い詰められていたんだ。ざまぁない。その事故が巡り巡って、裏野ドリームランドを廃園にまで追い込むことになった」


 彼が厚手のコートをめくると、そこにはぽっかりとドーナッツのような空洞が見えた。


 僕は一体何を見せられているのだろう。

 一体何を聞かされているのだろう。


「この遊園地を廃園させたのは、俺ってことだよ。そして、事実誤認の結果、彼女を人殺しにしてしまい、さらに二人もの命も奪ってしまった」


 信じられない状況が眼前にある。まるで空中浮遊殺人が目の前で起きたような気分だ。

 事実は小説よりも奇なり、だなんてよく言ったものだ。

 あり得ないなんて、あり得ないとでもいうのか。


「今の俺に出来ることは、あの子を楽しませることだけ。この廃墟に住み着いた、彼女(・・)の笑顔を守るだけだ。だから、仕方がなかったんだ。ミラーハウスを出れば、あの子はその外には出られない。そういう決まりなんだここは」


 伝言坂さんはめくり上げたコートを元に戻した。


「だから早く。早くここから帰れ。ミラーハウスの出口、黒屑さんの靴があった場所の、割れた鏡の中に入り、突き当たりまで進め。突き当たりの鏡を割って、そのまま突き当たりまで来たら割る。7枚繰り返せ。そうしたら、入り口に戻れる。それが、最短ルートだ。10分も掛からないだろう」


 一陣の風が吹いた。僕の視界を一瞬塞いだ。砂塵か。僕が再び目を開けた頃には、そこには誰もいなかった。

 それなのに、誰かに語りかけられているかのような言葉が直接頭に響いた。


「彼女が生きていてくれたなら、俺はまだ死ぬべきじゃなかった」


「彼女を守れ。俺が出来なかったことだが、君は出来るだろう?」


「簡単なことさ、彼女と生きろ。彼女のために生きなくてもいい。ただ生きているだけで、それ自体が誰かの理由になり、誰かの力になる」


「生きるのを、諦めるな」


「自分の生からも、他人の生からも、逃げるな」



 なーんて、俺が言うと説得力はないがな……。


 気付いたら、風の音だけが聞こえる。

 広い園内で、ここにまるで自分だけが取り残されたような肌寒さが、孤独を明確に伝えてくれる。


 僕は、沫河を探した。

 すやすやと、可愛い顔をした彼女が、ベンチで目を覚ましたところだった。




 もし伝言坂さんが溝朽さんの恋人だとしたら、

 溝朽さんが間違った動機を持って殺人をしようとしてることに気づけたはずだ。凶行を止められたはずだ。


 なぜ止めなかった?

 そして、溝朽さんは、

 もし自分の動機が間違いだと気づいたら?

 恋人がただの自殺だと知ってしまったら?



 ……あとを追って自殺するだろう。

 愛のために生きていた溝朽さんなら、

 愛のために死ぬことを(いと)わないだろう。


 何かのために生きることは窮屈で、

 何かのために生きることは袋小路だ。

 まるで柵に囲まれた、この遊園地のように。

 囲われた庭で縛られた手足を引きずり塞がれた出口を見つめながら生きるしかない。


 そんなに苦しい思いをするくらいなら、死んだ方がマシなんじゃないか?


 …………。

 ……いや、違う。そうじゃない。

「……原君」


 聞き覚えのある声がした。

 僕のことをそう呼ぶのは、ここでは一人しかいない。

 目の前にいる。生きている。


「檻原君」

「…沫河」


「どうなったの? 結局。溝朽さんは?」


 蝋燭も消えちゃったし、誰もいないし、何なのよほんとに。と、彼女は不機嫌そうだ。

 そりゃそうだろう。後の祭りだ。

 ここは既に、夢の跡だ。ただの廃墟であり、ここにはもう、何も無い。


「終わったんだよ。全部」


「なんなの? わからないわ。説明して」


「あとで話すよ。とりあえずはここから早く、脱出しよう」


「またあの迷路を行かなきゃいけないのね」


「それなら大丈夫」

 僕は極力彼女を安心させるように笑って言った。


「最短ルートがあるんだ」









 とは言うものの、まず黒屑さんの靴がある地点に行くまでに少し時間を要した。沫河にもぶーぶー言われた。


「ここだ……」


 最初のイベント。

 ミラーハウスの入れ替わり。

 割れた鏡と散乱した持ち物も、そのままだった。


 落ちていた黒屑さんの傘を掴む。

 傘でつついて二人が通れるほどの大きさに、壁の穴を広げる。

 老朽化した壁は、呆気ないほど簡単に崩れた。


「こんなことしてもいいの?」


「大丈夫。許可はとったからね」


「溝朽さんの?」


「まぁ、そういうことかな」


 鏡の中で、あいつがまた笑いかけてきた気がした。

 邪念を振り切るように、粉々に壊す。




 僕は逃げない。これまでの僕とさよならだ。これから先の道のり、なんとでもなるはずだ。



 生きるために、壊すんだ。

 窮屈な檻を。

 塞がった袋小路を。


 僕は鏡に思い切り傘を叩きつけた。


 亀裂。破片。散乱。


 気が付いたらそこには人が2人、通れるほどの穴が空いていた。

 あいつの笑い声も聞こえてこない。

 なんだ、こんなものか。

 僕達を閉じ込めるには些か脆い壁だ。


「破片が尖っているから、通る時に気をつけて、冷華(れいか)」右手を差し出した。


 彼女は一瞬むっとした顔をしたが、僕の真剣な眼差しに一瞬目をそらし、また一瞬見つめ直してまた逸らした。

 三瞬の間。その逡巡を、彼女の中でメリーゴーランドのように目まぐるしく廻った感情が何か、想像するだけで楽しい。


「わかってるわよ。早く出ましょう。こんなところ」と、僕の手を握り返した。


 計7つの鏡を割って、あっという間に僕達は入り口にたどり着いた。

 ミラーハウスの入口を、裏野ドリームランドの入口を改めて振り返って、挨拶をした。


「さようなら、伝言坂さん。うららさん」


「……? ちょっと。誰? でんごんざかさんと、うららさんって?」


 沫河が不思議そうに聞いてきた。

 やはり、彼らはこの世の人じゃなかったのか。



 黒屑さんは、このツアーに参加している人数を6人の半分だと言っていた。それは、僕と沫河と黒屑さん本人の3人ということ。

 ツアーをドタキャンした2人組に、伝言坂さんを加えれば6人になる。伝言坂さんを数に入れていれば半分という表現にはならない。それは、黒屑さんには伝言坂さんが見えていなかったということ。

 そもそも、伝言坂さんと話をしていたのは、僕と溝朽さんだけだ。それ以外には認識されていなかった。


 そして、裏野うららさん。彼女と直接話していたのは…伝言坂さんと、僕だけだ。


 溝朽さんが、ミラーハウスで、「今ここにいるのは私達スタッフを含めて六人しかいない」と表現した時、僕達は、僕と沫河、黒屑さん、溝朽さん、伝言坂さんと裏野さんだと思っていた。

 しかし、その時既に、もうひとりのスタッフである濃紫さんがいたのだから、人数が合わない。この中で溝朽さんが一切話をしていないのは裏野さんだけだ。



 おそらく裏野さんは、伝言坂さんが言っていた彼女(・・)なのだろう。


 この物語は、ミステリーではなく、ホラーだったみたいだ。

 幽霊なんかいるわけが無い。

 とは言ったものの、一人ならまだしも、二人の幽霊に会って、話までしてしまった。

 勇気を与えられてしまった。不本意ではあるが。

 これはこの遊園地の不思議な力なのかもしれない。


 僕達は、その不思議な力によって、

 手を繋いだまま、帰路につくことになった。

 幽霊がいるってのも、悪くないかも。

 なーんてね。





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