19―3.例え心から望まなくても
結局は心が恋しくなって、私はキールさんの事務所を尋ねました。
事情も聞かず中に入れてくれた二人。私が気力を失っている理由は筒抜けなんだと思います。
「……終わったんだね」
ことり。前のテーブルに紅茶が置かれる音が聞こえました。落としていた視線を上げます。
心配そうな表情のリズちゃん。口数は少ないですが、優しい思いやりの気持ちを感じました。
「すまない……わたしたちも隠していたのだ。ドール君と会えなくなることは、少し前から決まっていたのに」
「……キールさんは、悪くないです。レンさんと一緒に、最後を見送れましたから」
ばつが悪そうに謝るキールさん。あらためて、みんなの考えが正解だったと感じました。
もし最初から知っていたら、ドール君に別れを伝えられなかったと思います。現実を見つめるのも勇気がいるから。
「きちんと、さよならも言えました。キールさんたちが、私を気づかってくれたおかげです」
「……ありがとう。アリシアは優しいな」
キールさんは微笑んでくれました。何度か間違えたものの、これでよかったんだと思います。
寂しいですけど、いつまでも引きずってはいられません。みんなを見習って前向きにならないと。
「ぐすっ……すみません、急に来てしまって。これでもう、本当に大丈夫です」
最期の涙をぬぐい、立ち上がって深く頭を下げました。素直な気持ちで歩き始めるために。
ふと壁を眺めると、額縁に飾られた剣がありました。どこかで見た姿をしています。あれは、まさか。
「ドール君のものだ。彼はいつでも、わたしたちを見てくれているよ」
「……そう、ですね」
それは心を持った人形さんからの贈り物。約束の日までを繋いでくれる、決して切れない糸。
「なに、いつかまた会えるさ。自分に嘘を付かなければ、人生なんてあっという間の出来事だ」
「……キールさん、ちょっとかっこいいね」
「うむ、そうだろう。我ながら良い台詞だなっ」
仲のいいキールさんとリズちゃん。和やかな雰囲気の中、私の意識は別の場所にありました。
(嘘を……付かない)
キールさんの声が繰り返されます。楽になるための逃げ道は、結果的に自らを苦しめる。
自分にとって何が大切なのか。それは偽りの装飾を捨てること。ようやく見付けた大切な人の隣にいること。
―――――
俺が間違っていた。アリシアにも話しておくべきだった。素直な心を深く傷付けてしまった。
気まずさから街をうろついていたが、心配させるわけにもいかない。小細工は使わず謝ろう。
(……帰ってるといいんだが)
うなだれながら自宅に戻る。何度やっても謝罪は慣れない。緊張で冷や汗が出てしまう。
事務所の玄関扉に手をかけようとする。だがドアノブには届かなかった。なぜかというと、
「ん?」
「え?」
伸ばした腕が誰かの手と重なったから。視線を向けてみれば、側には今しがた帰宅したアリシアがいた。
どうやら同着らしい。なんという奇跡的なタイミングだろう。気構えをする前だったから驚いた。
「お、おかえりアリシア。いま帰ったのか?」
「はい。えっと、レンさん一人なんですね。ハルさんたちに挨拶できませんでした」
「あ、ああ」
普段通りに会話するアリシア。表情には出ていないが、きっと悲しみをこらえているはずだ。俺が臆病なせいで。
「……あ、あのだな」
「なんですか?」
「そのだな……」
謝るなら早い方がいい。時間が経つほど傷は治りにくくなる。俺は言葉より先に頭を下げた。
「すまないアリシア! 俺のせいだ! アリシアの気持ちも知らずに、大事なこと隠してた」
「……レンさん」
伝えられる言葉はこれだけだった。言い訳をする資格は今の俺にないから。
どんな表情をしてるだろうか。ゆっくりと視線を上げる。アリシアは、不思議なものでも見たように目をしばたたかせていた。
「どうして謝ってるんですか?」
「……え?」
しばし硬直。どうしてってそれは俺が悪いから。アリシアの涙を間近で見てしまったから。
「その……俺の責任だからさ。キールたちに頼んだのも俺なんだ。今回のこと、アリシアには秘密にしようって」
「そうだったんですか」
「だから……ごめん。初めから話しておけば、こんなことには」
結局は弁解が出る。俺は最初、アリシアの疑問系は怒りのせいだと思っていた。
だけど違った。浮かべている表情には本当に毒気がない。数時間前より前向きになっている。
「だめですよ」
優しく言うアリシア。
「レンさんは正しいことをしたんですから、謝ったらだめです。私なら、もう平気ですから」
「し、しかしだな」
「私は、自信満々なレンさんが好きです。弱かった頃の私は、もうどこにもいませんよ」
「………」
直感的に思った。これは本心からの言葉だ。俺をなぐさめるための同情とかじゃない。
アリシアは弱かった。だけどそれは今や過去の遺物。初めてハルベルトと考えが合致した。
「……分かった。じゃ、いろいろ水に流そうか。マイナス気分を引きずるのはよくないもんな」
「はいっ」
いつの間にか俺にも、大切なものができた。ありふれた日常に色を与えてくれる、おだやかな笑顔の似合う天使。
玄関扉を開ける。そのまま室内に入るつもりだったのに、思わず同時に立ち止まってしまった。
(これって……)
テーブルの上に固定される視線。まるで贈り物のように、何度も見た武器が置かれていた。
ドール君の双剣だ。廃洋館に来る前に寄ってくれたのだろうか。ならもう片方はどこに。
「これ、キールさんの所にもありました。なんか、深い意味を感じますね」
その答えはアリシアが教えてくれた。ふたつでひとつ。繋がって初めて強くなれる存在。
もうすぐ冬が来る。やがては初雪も追い越していく。それでも大事なものは、ふれられなくてもいつも近くに。




