19―2.例え心から望まなくても
ハルさんよりも前を歩いて廃洋館の廊下を進みます。もう道に迷うことはなさそうでした。
以前は感じた人形さんたちの気配が全くありません。落ち着きすぎている空気。胸騒ぎが増長されていきます。
(レンさん……)
不安定な思考。レンさんはいつだって、誰かの心に寄り添うことができる人です。
今は信じられませんが、きっと人形さんを斬る理由があるはず。葛藤を払うように最奥の扉を押し開けます。
広いフロアの中央にいたのは人形さんと、純白の大鎌をかかげているレンさん。どくんとはねる心臓。置き去りにされていく平穏。
「やめてっ!!」
叫ぶと同時に下ろされた大鎌。消えた人形さんの抱く片手剣が、からんと音を立てて固い床に落ちました。
胸を刺し突かれたような感覚。冷静でいたい思いとは裏腹に心がただれていく不条理。
「……来たのか」
振り返ったのは複雑な表情のレンさん。フロアにはたくさんの武器が転がっています。
まさかもう、同じだけの人形さんが。私の疑問に答えるのは、館にうごめく不気味な静寂音だけ。
「……どうしてですか? レンさんは、みんなに優しくて、いろんなことを許してあげられる人で。私にだって、生きる意味をくれたのに」
溢れる言葉をせき止められませんでした。沈黙が正解だと頭では理解しているのに。
「私の好きなレンさんはっ! そんなことする人じゃなかったはずです!」
大きくて弱い自分の声。レンさんの言葉に耳を傾けるべきなのに。吐き出すほどにわき上がるのは罪悪感。
「……悪い。きちんと説明するよ。ハルベルトもいるんだな」
感情をこらえている表情。本当は、レンさんもやりたくないんだと思います。ようやく私も落ち着けました。
レンさんの影から別れるように現れたのは白髪の少年。生神の口から語られたのは、人形さんたちの命の期限でした。
『人形には、戦争で死んだ子供の魂が憑依してるんだ。きちんとあの世に行かないと、近いうちに消滅しちまう』
ドール君たちが人間らしかった理由。だけどそれは必ずしも理想の状態とは違う。
生を望む魂を導くために生神はいる。あの世に行けば魂は生まれ変われる。今を逃せば消滅を待つだけになる。
「……ぐすっ」
「……アリシア」
流れてしまった涙。人形さんたちが救われる方法がひとつしかないから。レンさんたちが正しかったから。
思い出したのは、影の姿をした女の子と少年。あの二人も最後には、きちんと向かうべき場所に行きました。
会えなくなるのは寂しいけど、受け入れる必要があるみたいです。淡い迷いが残る中、フロアの扉が静かに開かれていきました。
「……ドール、君」
立っていたのはドール君。レンさんが側から離れます。何を始めるかは私にも分かりました。
格闘大会の時、ドール君は私に話してくれました。次の世界に向かいたい。仲間がいるから寂しくなんかないと。
「ごめんね。私、気付けなかった。お別れを言ってくれてたんだね」
そっと腕にふれます。ドール君は何も言わず握り返してくれました。
『……申し訳ありません。隠すような結果になってしまいましたね』
「ううん、平気。また会えるよね。きっと」
『はい。僕は信じています。どうか、次に会える日まで、アリシアさんが幸せに生きられますように』
「……うん」
こんな時でも、ドール君はいつもと変わらず思いやりがあって。うまく笑えない私は、まだまだ情けないです。
レンさんの元に歩いていくドール君。レンさんが純白の大鎌を顕現させます。終わりの凶器とは違う、未来をつかむための片道分のチケット。
『レンさん。生神さんも、ありがとうございます。仲間たちは、もう向かったみたいですね』
「ああ。あとはドール君だけだよ。……別れは済ませて来たのか?」
『はい。おかげさまで』
「そうか。いろいろありがとうな。また会えるといいな」
『はい。きっと会えますよ。リズさんやキールさんとも約束しましたから』
言葉をかわすレンさんたち。ドール君の声はあたたかい希望を届けてくれました。
きっとこれも一つの答え。ドール君がいてくれたことは忘れません。私たちは一人じゃないですから。
「準備はいいか?」
『はい。お願いします』
向き合う二人。揺らいだ空気。純白色の優しい一振りは、ドール君と仲間たちを再会させてくれました。
ふれられなくなる体と、聞けなくなる声。寂しさは残りますけど、同時に祝福も願えました。
(今までありがとね、ドール君)
ドール君たちは前に進めます。いろんなことがある毎日。いつかまた、どこかで必ず会えるから。
最後まで見届けてから、私はレンさんよりも先に建物を後にしました。今は少しだけ、記憶の色を懐かしみたいです。
―――――
誰もいなくなった建物から出る。もうここに足を運ぶこともないだろう。ハルベルトと二人きりの帰り道だった。
「聞いていいか」
「なんです?」
「なぜここにいる」
「おや、心外ですね。レン君を止めるつもりで来たというのに」
「いやちっとも役に立ってないんだが」
終始無口で存在感消えてたから。生神のやつは礼も言わず消えやがるし。後腐れなくていいけどさ。
「まあそれは冗談で」
「冗談かよ。なにしに来たんだお前は」
「ええ。実はお別れを言おうと思いまして」
「なに?」
いきなりの打ち明けだった。ドール君たちに続いてというのも複雑な気持ちだ。どこかに行ってしまうのだろうか。
「昔のアリシアさんは、弱い心を持っていました。だけど、レン君と出会ったから成長できた」
「アリシアが前向きだからだよ。俺のおかげとかじゃないさ」
「謙虚ですね」
「事実だからな」
茶化すハルベルトだが、俺は本音を見逃さない。男同士だから分かることもあるのだ。
「これからは私も、世の中を見て回ります。アリシアさんのことは、レン君に任せてもいいですか?」
「……ふむ」
考察する。ハルベルトは深い傷を負ってまでアリシアを助けた。善意だけで出来るだろうか。
たぶんハルベルトはアリシアが好きなんだ。だからナイトフィールドの街に残り続けた。付かず離れず見守っていた。
前に進むため何かを捨てるべき時もある。選択の途中というわけか。そっと背中を押そう。
「ああ。俺に任せとけ。今すぐ旅立つわけじゃないんだろ?」
「ええ。別れがつらくならないうちに、といった所でしょうか」
「分かった。挨拶くらいは来いよ。お前に会えてよかったぜ」
「こちらこそ。お互い、さよならは言わないでおきましょうか」
がっちりと握手をかわす。廃病院での戦いは楽しかった。今度は純粋に手合わせがしたい。
ハルベルトの話す通りだ。さよならはいらない。悪い意味でも良い意味でも、永遠なんてどこにもないのだから。




