第9話 囲まれていた、金髪の探索者
高速移動で、森を駆け抜ける。
青白く光る巨大キノコの間を縫って、木の根を飛び越える。ポムが、肩にしがみつきながら、ぱたぱたと耳を揺らす。
音が、近づいてくる。
開けた空間に出た。大木に囲まれた、円形の広場。
そこで、ひとりの女性が、魔物の群れに囲まれていた。
「…………!」
数えきれないほどの、緑の影。
小型のゴブリンが十体ほど。その後ろに、ひと回り大きな個体が四体。肩幅が広く、腕が太い。ゴブリンの上位種、ホブゴブリンだ。さらに奥に、杖を持った細身のゴブリンが、二体。
「ゴブリン、メイジ……!」
保科さんの警告が、頭をよぎる。
女性は、大木に背を預けて、折れた剣の柄を握っていた。刀身は半分で折れ、鈍い光を放っている。淡い金髪を後ろでひとつに編み、青灰色の瞳が、まっすぐ前を見据えていた。背が高い。軽装の革鎧は、あちこちが裂けている。
足元には、すでに倒したゴブリンが、何体も転がっていた。ひとりで、これだけの数を。
「すごいな」
思わず、つぶやいた。
だが、体力は限界のようだった。肩で息をして、左腕から、血が滴っている。
杖を持ったゴブリンが、杖の先に、赤い光を灯した。
「まずい」
火の玉が、放たれる。
女性が、目を見開いた。避けきれない。
冬馬は、高速移動で、その間に割り込んだ。
「ごめん、失礼!」
どん!
火の玉が、冬馬の胸に直撃した。
「あつ……く、ない?」
月影のコートの表面で、炎が、ふわりと散った。衝撃は、ほとんど残らない。
「え……?」
後ろで、女性が、目を丸くした。
「ここは、俺たちに任せてください。ポム!」
「ぷう!」
肩から、小さな影が跳んだ。
ポムの口から、白い光が、ふわりと舞う。球が、杖を持ったゴブリンたちの頭上で、弾けた。
光が、広がる。
メイジの二体は、一瞬で、泡になって消えた。
「……メイジ、終了」
ホブゴブリンが、四体、咆哮を上げて、突進してきた。
「高速移動」
冬馬が、駆ける。
ばちっ。ばちん。ばちっ。
短剣の稲妻が、ホブゴブリンの首筋を、次々と撃ち抜く。硬い皮膚も、鑑定Ⅱで弱点を確認すれば、関係ない。
四体が、あっという間に、崩れ落ちた。
残った小型のゴブリンたちは、完全に戦意を失って、わらわらと逃げ出していく。
逃げ遅れた二体を、ポムが、ぽふぽふっと、はじいた。
静寂。
「…………」
戦闘が終わるまで、一分もかからなかった。
振り返ると、金髪の女性が、折れた剣を握ったまま、ぽかんと立ち尽くしていた。
「あの……大丈夫ですか?」
冬馬が声をかけると、女性は、はっとして、姿勢を正した。
「あ、あの、はい。大丈夫です。助けていただいて、本当に、ありがとうございます」
丁寧な、少しだけ、イントネーションが独特な日本語だった。
「いえ。あ、左腕が。これ、使ってください」
鞄から、回復ポーション(小)を取り出す。ガチャで出たものだ。予備を持っていて、よかった。
「そんな、申し訳ありません、そこまでしていただいては……」
「いいから。傷が残ったら、もったいない」
女性は、一瞬ためらって、それから、小瓶を受け取った。
「……Danke。あ、失礼しました。ありがとうございます」
くすりと、笑みがこぼれた。
小瓶を傾けると、左腕の傷口が、淡く光って、ゆっくりと塞がっていく。
「すごい。思ったよりも、よく効きます」
「ガチャ……いや、拾い物です」
危うく口が滑りかけた。
女性は、立ち上がって、折れた剣を鞘に収めてから、丁寧にお辞儀した。
「申し遅れました。私は、レオニー・ヴァイスと申します。ドイツから、日本に来ました。二十二歳です」
「あ、俺は、椎葉冬馬。三十三歳。こっちは、ポム」
「ぷう」
ポムが、冬馬の肩の上で、ぺこりと頭を下げた。
「…………」
レオニーさんの表情が、ふにゃっと緩んだ。
「か、かわいい……!」
「ぷう?」
「失礼しました。取り乱してしまって」
慌てて、背筋を伸ばす。さっきまでの、凛とした表情に戻った。が、視線は、ポムから離れない。
冬馬は、笑いをこらえながら、尋ねた。
「ひとりで、ここまで?」
「はい。ドイツで、少し訓練を積んでいましたので。単独で、三階層まで来られると、思ったのですが……」
レオニーさんは、言葉を濁した。
「あんなに、ゴブリンメイジが、いるとは思わなくて。ホブゴブリンの群れも。事前の情報には、ありませんでした」
「ギルドの人も、最近、不審な報告が増えているって言ってましたよ」
「そうでしたか。……私の、判断が甘かったです」
レオニーさんは、悔しそうに、唇を噛んだ。
冬馬は、少し考えて、言った。
「剣も、折れてますし。今日は、一緒に戻りませんか。帰り道、また襲われたら大変ですし」
「でも、ご迷惑では……」
「迷惑じゃないですよ。ポムも、きっと、喜びます」
「ぷう!」
ポムが、元気よく返事をした。
レオニーさんは、しばらく、冬馬とポムを交互に見つめた。それから、ゆっくりと、微笑んだ。
「……では、お言葉に、甘えさせていただきます」
その笑顔が、あまりにも自然で、きれいだったので、冬馬は、少しだけ、どきっとした。
(……いや、相手は二十二歳だぞ。落ち着け、三十三歳)
自分に、そう言い聞かせる。
ポムが、レオニーさんの鞄に、鼻をひくひくさせていた。
「あ、ポム、だめだぞ。人のものを」
「いえ、構いません」
レオニーさんは、鞄から、小さな包みを取り出した。ドイツから持ってきた、手作りのクッキーらしい。
「よろしければ、どうぞ」
ポムは、ひと口食べて、目をまんまるにした。
「ぷうううっ!」
全身で、感動を表現する。
「気に入っていただけたようで、よかったです」
レオニーさんが、嬉しそうに笑った。
こうして、おじさんと小さな相棒は、ドイツ人の探索者と、帰り道を共にすることになった。
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