第10話 ただの課金好きなおじさんです
帰り道は、驚くほど、静かだった。
来るときに遭遇した魔物たちが、ポムの存在を感じ取ったのか、どれも姿を見せない。レオニーさんは、時折、きょろきょろと周囲を見回していた。
「あの、椎葉さん」
「はい」
「ポムちゃんは、一体、どういう魔物なのですか?」
「それが、種族不明でして」
「種族不明」
「ガチャ……あ、いえ、拾った……いや、その、縁があって、うちに来た子で」
冬馬は、自分の説明の下手さに、泣きたくなった。
レオニーさんは、深く追及しなかった。ただ、優しい目で、ポムを見つめていた。
「とても、強くて、かわいらしいです。そして、椎葉さんにとても懐いています」
「そう、でしょうか」
「はい。見ていれば、わかります」
冬馬の肩の上で、ポムは、満足そうに、うとうとしていた。
夕方。ギルドの買取窓口。
「椎葉さん。それに、そちらの方は……」
千景さんが、レオニーさんを見て、首をかしげた。
「三階層で、助けた方です。ドイツから来た、レオニーさん」
「はじめまして。レオニー・ヴァイスです」
「鑑定士の千景です。……怪我は、大丈夫ですか」
「はい。椎葉さんに、助けていただきました」
千景さんは、ちらりと冬馬を見て、微笑んだ。
「椎葉さんは、そういう方ですから」
それから、冬馬が差し出した素材を見て、顔つきが変わった。
「ホブゴブリンの牙が四本、ゴブリンメイジの杖の欠片が二つ、小型ゴブリンの牙が十二本。……それと、スライムの核が四十個」
「四十個」
レオニーさんが、小さく、声を漏らした。
「今朝、ポムが、一気に」
「一気に……」
千景さんは、電卓を叩いて、静かに言った。
「合計で、三十一万円です」
「さんじゅういちまん」
レオニーさんの目が、さらに丸くなった。
冬馬は、封筒を受け取りながら、レオニーさんに尋ねた。
「ええと、レオニーさんの、素材は?」
「私の分は……あの、折れた剣を、修理に出さなければなりませんので、ほとんど、ありません。戦利品を回収する前に、囲まれてしまったので」
「そうですか」
冬馬は、少し考えた。
「あの。もし、よかったら、これ、受け取ってください」
封筒から、三万円を抜き取って、差し出す。
「え」
「ポーションの代わり、というのも変ですけど。剣の修理費の足しにでも」
「そんな、受け取れません! 助けていただいた上に、お金まで」
「じゃあ、貸します。いつか、返してください」
「…………」
レオニーさんは、封筒を見つめて、唇を引き結んだ。
「……いえ。お気持ちだけで」
「そうですか」
頑固だな、と冬馬は思った。ただ、嫌な気はしなかった。
ギルドを出て、近くの定食屋に、三人で入った。
正確には、二人と、一匹である。
「食事は、私に払わせてください」
「いや、いいですよ」
「ダメです。これだけは」
レオニーさんが、きっぱりと言った。仕方なく、冬馬は、頷いた。
ポムは、とんかつ定食を、ひとりで一人前たいらげた。
「…………よく、食べますね」
「食費が、月九万円なんです」
「九万円」
レオニーさんは、驚きと笑いが入り混じった表情を浮かべた。
「それは、大変ですね」
「でも、ガチャ……いや、ええと、収入があるので、なんとか」
「椎葉さん、先ほどから、時々、ガチャという言葉を口にされますが」
「き、気のせいです」
レオニーさんは、くすりと笑った。
「椎葉さんは、とても、面白い方ですね」
食事の終わりに、冬馬は、ふと思いついて、言った。
「ところで、剣、折れてしまったでしょう。新しいのを、探すんですよね」
「はい。ギルドの武器屋で、買うつもりです。ただ、値段が高くて……」
「ガチャで……いえ、運がよければ、いいのが手に入るかもしれません。ちょっと、試してみてもいいですか」
「試す、とは?」
冬馬は、観念した。
「……実は、俺のスキル、ちょっと変わっていて。実際に見てもらった方が、早いと思います」
店の隅の席で、冬馬は、財布から、一万円札を取り出した。
「十連、いきます」
「ガチャ……ですか」
「はい」
意識を集中する。光の柱が、立ち上る。
レオニーさんは、息を呑んで、見つめていた。
一枚目、レア。二枚目、レア。三枚目、レア。
「あの、あまり、いいものではないのでは」
「ガチャは、こういうものなんです。耐えるんです」
冬馬は、遠い目をした。
そして、十枚目。確定枠。
金色の光が、柱になった。
《★★☆☆ Sレア 鋼鉄の長剣》
光の中から、一本の長剣が、現れた。
刃渡りは、九十センチほど。装飾は控えめだが、磨かれた刀身が、澄んだ光を放っている。
「…………」
レオニーさんが、息を呑んだ。
「これ、使えますか。たぶん、あなたの剣に近いと思うんですが」
「ええ。でも、これは、とても高価なものでは」
「いえ、ガチャで出たものなので。俺には、使いこなせない武器です。もしよかったら、使ってください」
「…………」
長い、沈黙。
レオニーさんは、長剣を、両手で受け取った。手に馴染むようで、軽く、一振りしてみる。
ひゅん。
鋭い風切り音が、店の中に響いた。
「すごい……これは、本当に、素晴らしい剣です」
「気に入ってもらえて、よかった」
「……でも、タダでいただくわけには、いきません」
レオニーさんは、剣を握ったまま、真剣な目で、冬馬を見つめた。
「椎葉さん。もしよかったら、私に、恩返しをさせていただけませんか」
「恩返し」
「はい。しばらくの間、私を、パーティの一員に、加えていただきたいのです。私の戦闘技術が、少しでもお役に立てるなら」
「えっ」
「ご迷惑でなければ」
冬馬は、しばらく、レオニーさんの顔を見つめていた。
肩の上のポムが、ぷう、と鳴いた。賛成らしい。
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
「ありがとうございます!」
レオニーさんの顔が、ぱっと明るくなった。
「それでは、さっそく。椎葉さん、ひとつ、お伺いしても?」
「はい」
「そのコート、もしかして、ただのコートではありませんよね。火の玉が、直撃していたのに、無傷でした」
「ああ、これは、さっき、ガチャで、いや、その」
「あと、あの短剣。稲妻が走っていました。ポムちゃんの魔法も、光の範囲攻撃でした。ゴブリンメイジを、一瞬で」
レオニーさんは、ゆっくりと、冬馬を見据えた。
「……あの、椎葉さんは、本当に、何者なんですか?」
冬馬は、少し考えて、笑った。
「ただの課金好きなおじさん、ですけど」
「……課金、好き」
「はい」
「…………」
レオニーさんは、しばらく、真顔で冬馬を見つめた。
それから、肩を震わせて、笑い出した。
「ふふっ、あはは、ごめんなさい、でも、おかしくて……!」
「そんなに、おかしいですか」
「だって、そんな、強いのに、『課金好きなおじさん』って」
ひとしきり笑ったあと、レオニーさんは、涙を拭いて、手を差し出した。
「よろしくお願いします、椎葉さん。いえ、冬馬さん」
「あ、はい。レオニーさん」
握手した手は、思ったよりも、温かかった。
ポムが、二人の手の上に、ちょこんと自分の前足を乗せた。
こうして、おじさんと、ドイツ人の女の子と、毛玉。
奇妙な三人組の、ダンジョン生活が、始まった。




