第8話 ポムの魔法は、ちょっと規格外
日曜日の朝。冬馬は、ダンジョンの一階層に、ポムを連れてやって来た。
肩の上のポムは、昨夜よりもさらに元気そうだった。猫くらいの大きさになって、肩に乗ると、さすがに重い。身体強化Ⅰがなかったら、首が悲鳴を上げていたと思う。
「ポム、ここなら思いっきり試していいぞ」
一階層の奥にある、広い空洞。スライムが何十匹も、ぷるぷると湧いている、いわば養殖場のような場所だ。
ポムは、冬馬の肩から、ぴょんと降りた。
「ぷう」
小さく鳴いて、口をすぼめる。
ふぅ、と、息を吹いた。
白い光の粒が、ふわりと宙に舞った。
粒は、ゆっくりと集まって、バスケットボールくらいの球になる。球は、ぷかぷかと浮かんで、スライムの群れの真ん中へ。
「……何をするんだ?」
次の瞬間。
球が、ぽん、と弾けた。
白い光が、波のように、空洞いっぱいに広がっていく。
光に触れたスライムたちが、一匹残らず、ふわりと泡になって、消えた。
悲鳴も、衝撃も、爆発音もない。ただ、静かに、きれいに。
後には、床一面に、ビー玉サイズの核が、ざらざらと転がっていた。
「…………」
冬馬は、無言で、それを見つめた。
三十個はある。いや、四十個かもしれない。
「……範囲攻撃、か」
鑑定Ⅱを使う。
《ポム 魔法:光球(名称未設定) 効果:範囲内の対象を浄化》
「浄化って書いてある。やさしそうな名前だけど、やってることは殲滅だな」
ポムは、くるりと振り返って、冬馬を見上げた。
「ぷう!」
どうだ、と言いたげな顔だ。
「ああ、すごいぞ、ポム。名前をつけてやらないとな。……ふわふわ光球、でどうだ」
ポムは、耳をぴこぴこと揺らした。気に入ったらしい。
冬馬は、四十個の核を拾い集めた。素材目利きで確認すると、ほとんどが優良品質だ。傷ひとつない。
「核も傷つけずに倒せるのか。とんでもない相棒だな」
三千五百円かける四十個で、十四万円。たった数分で。
「……俺、何もしてないんだが」
拾う係の悲しみを噛みしめながら、冬馬は、核を拾い続けた。
昼前。ギルドの登録窓口。
「椎葉さん。また昇格です」
保科さんは、探索者証を差し出しながら、やや疲れた目で笑った。
「Dランクです」
「え。登録から、まだ二週間ですが」
「過去最速記録を、また更新しました。ポムちゃんの討伐実績も、従魔として加算されますので」
「ポムちゃん……」
保科さんは、いつの間にか、ポムを「ちゃん」付けで呼ぶようになっていた。
ポムは、冬馬の肩の上で、誇らしげに胸を張った。
「Dランクは、三階層への立ち入りが許可されます。ただし、三階層から、魔物の強さが一気に変わります。決して、無理をなさらないように」
「わかりました」
保科さんは、少し身を乗り出して、声を落とした。
「それと、椎葉さん。最近、三階層で、不審な報告が相次いでいるんです」
「不審な報告?」
「ゴブリンの上位種が、通常より多く確認されています。もしも見かけたら、すぐに撤退してください」
「……はい。気をつけます」
冬馬は、素直に頷いた。
頷いたのに、なぜか、背中に嫌な予感が走った。
三階層は、これまでと、まるで違っていた。
階段を下りきった冬馬は、思わず、息を呑んだ。
「……森だ」
天井の高い、広大な空間。巨大なキノコが、傘を広げて、青白く光っている。枝を張った奇妙な木々が、薄暗い空間に影を落としていた。足元には、淡く光る苔と、見たことのない花。
地下なのに、森のようだった。
「きれいだな……」
肩のポムが、きょろきょろと、あたりを見回している。目がきらきらしていた。
「ぷう」
「ああ、いい景色だ。写真でも撮りたいくらいだな」
実際、探索者の何人かは、スマホを構えている。
気を取り直して、進む。
三階層の魔物は、確かに強かった。ゴブリンは、一階層や二階層の個体より、ひと回り大きい。他にも、牙の長い大イノシシ、木の上から降ってくる大蜘蛛。
だが。
「高速移動」
冬馬が駆け抜ける。短剣が、紫の弧を描く。
ぼふっ。
肩から跳んだポムの体当たりが、大イノシシを、五メートルほど吹き飛ばした。
「…………やっぱり、お前が一番強いな」
気づけば、冬馬は、ほとんど護衛のような役割になっていた。
「いや、俺だって、役に立ってるぞ。素材目利きとか、鑑定Ⅱとか」
言い聞かせるように、小声でつぶやく。
そのとき。
森の奥から、金属を叩く、鋭い音が聞こえた。
がん、がん、がん。
続いて、女性の声。
「……っ、くっ!」
「ポム、行くぞ」
冬馬は、迷わず、走り出した。




