第7話 ポムの食費は、課金を超える
倒された岩亀は、淡い光に包まれて、ゆっくりと消えていった。
残されたのは、抱えるほどの大きさの灰色の甲殻と、拳ほどの黒い核。
「これを、持って帰るのか」
鑑定Ⅱによれば、どちらも《素材:高品質》と出ている。冬馬は、背負っていた大きな布袋にそれらを詰め込んだ。
重い。身体強化Ⅰがなかったら、持ち上がらなかっただろう。
「ポム、行くぞ」
肩の上のポムが、ぷう、と小さく鳴いた。
夕方。ギルドの買取窓口は、一瞬で静まり返った。
「…………椎葉さん」
千景さんが、眼鏡を押し上げた。
「これ、どこで?」
「二階層の、奥で」
「岩亀、ですね。この甲殻の質は、間違いなく」
「はい」
「倒したんですか。……ひとりで?」
「いや、ええと、うちの子が」
冬馬は、肩の上のポムを指さした。ポムは、千景さんと目が合うと、こてんと首をかしげた。
「…………」
千景さんの無表情が、ほんの少し崩れた。
「……かわいい」
「でしょう」
「いえ、あの、仕事中です」
千景さんは咳払いをして、手袋をはめ直した。
査定は、これまでで一番長かった。甲殻を光にかざし、核を計測器にかける。やがて、千景さんは電卓を叩いて、静かに顔を上げた。
「甲殻が十二万円。核が八万円。ほかの素材を合わせて……二十二万円です」
「にじゅう、にまん」
冬馬の頭の中の電卓が、一瞬、止まった。
二十二万円。
岩亀の甲殻は、半導体関連の企業が、特に欲しがる素材なのだという。
「ありがとうございます」
「それと、椎葉さん。ペットを連れて歩くなら、従魔の登録が必要です。向こうの保科さんの窓口で」
「従魔、ですか」
「ええ。登録しておけば、ダンジョン内で、他の探索者に誤って攻撃されることがなくなります」
冬馬は、保科さんの窓口に向かった。
保科さんは、ポムを見て、手が止まった。
「……あの。種族は」
「不明です」
「名前は」
「ポムです」
「ポム……」
保科さんは、じっとポムを見つめたまま、書類に何かを書き込んだ。
「ええと、種族欄は……『白いもの』と、しておきます」
「それでいいんですか」
「他に、書きようがなくて」
いい加減な書類にも見えたが、受理はされた。
帰り際、ふと、聞き覚えのある豪快な声が、背後から降ってきた。
「おお、バットの! 岩亀を、倒したんだって?」
振り向くと、鷲尾さんが立っていた。仲間の三人も、後ろで目を丸くしている。
「あ、鷲尾さん。いえ、倒したのは、この子で……」
「この子?」
鷲尾さんは、冬馬の肩のポムを見た。
ポムは、鷲尾さんの顔を見て、きょとんとした。
「…………この、毛玉が?」
「はい」
「岩亀を?」
「はい」
「…………」
鷲尾さんは、しばらく口を開けていた。
それから、豪快に、笑い出した。
「ははは、そりゃあ、傑作だ! あんた、最高だな、バット!」
「だから、バットでは……」
「いや、いい。気に入った。今度、一杯奢らせろ」
鷲尾さんは、冬馬の肩を、ばしんと叩いた。ポムが、驚いて冬馬の首にしがみつく。
「おっと、悪い。お前さんにも、ご挨拶だな」
鷲尾さんは、ポムに向かって、ぺこりと頭を下げた。ポムは、よくわからない顔で、耳をぴこぴこ動かした。
帰宅後。
冬馬は、玄関の前で、深呼吸した。
「……いいか、ポム。ここでは、静かにするんだぞ」
肩の上のポムが、こくこくと頷く。
「大家さんに見つかったら、やばい。お前は、ぬいぐるみだ。わかったな」
ポムは、再び、こくこくと頷いた。わかっているのか、わかっていないのか。
鍵を開けて、そっと部屋に入る。
玄関を閉めた瞬間、ポムが、肩から跳ね降りた。部屋の中をぐるぐると駆け回り、ベッドに飛び乗り、冷蔵庫の前で、立ち止まった。
「…………」
そして、振り返った。
「……腹が減ったんだな」
冬馬は、冷蔵庫を開けた。
中にあるのは、卵、豆腐、納豆、ハム、残り物のカレー、昨日の餃子。
ポムは、これらを、順番に平らげていった。
カレーも、餃子も、ハムも、豆腐も、納豆も。
「納豆も食うのか」
ポムは、納豆を、嬉しそうに、ぱくぱく食べている。
最後は、卵だった。素材目利きで確認すると、一番光の強い卵が、ポムの前に、そっと置かれた。
「……いい卵を選ぶな」
冬馬は、ため息をついた。
「食費、どれくらいかかるんだ、お前」
ポムの腹が、ぽこんと膨らんでいる。満足そうな顔だ。
冬馬は、スマホの電卓アプリを開いた。
ポムが一日に食べる量を、スーパーの価格に換算すると――。
「……一日、三千円」
月に、九万円。
「…………」
冬馬は、画面を見つめたまま、静かに言った。
「ガチャ代、超えてるな」
ポムは、お腹をぽんぽんと叩いて、ごろんと寝転がった。
かわいい。
かわいいから、許す。
許すしかない。
その夜。
冬馬は、二十二万円の封筒を、テーブルの上に置いた。
「よし。貯金は十五万、ポムの食費として三万円を別枠にして……」
計算を続ける。
「課金枠は、四万円」
ガチャを回すとき、冬馬は正座する。この日は、ポムも、冬馬の隣で、ちょこんと座っていた。
「一緒に、運試しをするか」
ポムは、嬉しそうに、耳をぴこぴこ動かした。
一回目の十連。
レア、レア、レア、Sレア、レア、レア、レア、レア、Sレア、Sレア。
《★★☆☆ Sレア 魔力感知》
《★★☆☆ Sレア 鉄壁Ⅱ》
《★★☆☆ Sレア 護身の指輪》
悪くない。そして、二回目の十連。
七個目で、光が金色に染まる。
《★★☆☆ Sレア ペットサモンカード》
「…………」
冬馬は、ポムを見た。
ポムも、冬馬を見た。
《重複カードを検出しました。ペット「ポム」を強化しますか?》
《第1段階 → 第2段階》
「強化、できるのか」
画面を、じっと見つめる。
「……強化したら、痛くないか」
ポムは、こてんと首をかしげた。
しばらく考えて、それから、ぴょんと冬馬の膝に跳び乗り、ぐりぐりと頭を押しつけた。
「……ああ。いいんだな」
冬馬は、小さく頷いた。
「はい」を、押す。
ポムの体が、ふわりと淡い光に包まれる。光が、収まっていく。
そこにいたのは、一回り大きくなったポムだった。
手のひらサイズから、猫くらい。耳も、少し長くなった。ふわふわの白い毛並みは、前よりもつやつやしている。
「…………!」
ポムが、きょろきょろと自分の体を見回して、嬉しそうに、ぴょんぴょん跳ねた。
「おお、大きくなったな」
ただし、かわいさは、少しも変わっていない。
画面には、新しい項目が追加されていた。
《ポム 第2段階:魔法を習得》
「魔法」
気づけば、ポムは、冬馬の膝の上に戻って、とろんとした目で、あくびをしていた。
「……まあ、明日、試してみるか」
冬馬は、あくびをかみ殺して、ポムを抱いたまま、布団に入った。
三回目の十連、四回目の十連は、明日の楽しみにとっておくことにした。




