第5話 三回目の十連と、二階層の洗礼
土曜日の夜。
冬馬は再び正座していた。目の前には残しておいた一万円札が一枚。
「大人の自制心を発揮した結果がこれだ」
誰も褒めてくれないので自分で褒める。
「三回目の十連、いくぞ」
光の柱。効果音。
《★☆☆☆ レア ただの木の棒》
「……二本目だ」
冬馬は無言で画面を見つめた。
《★☆☆☆ レア 回復ポーション(小)》
《★☆☆☆ レア 回復ポーション(小)》
《★☆☆☆ レア 水筒(いつでも冷たい)》
《★☆☆☆ レア 暗視》
《★☆☆☆ レア 軍手》
レアが六つ。ここまではいつもの流れだ。
問題は確定枠だった。
《★★☆☆ Sレア 鑑定Ⅱ》
《★★☆☆ Sレア 韋駄天のブーツ》
「おっ、いいぞ。鑑定は絶対に便利なやつだ。ブーツも高速移動と相性がいい」
最後の一枠が光る。
《★★☆☆ Sレア ペットサモンカード》
「……ペット?」
画面に説明が浮かんだ。
――ペットサモンカード。使用すると、生涯を共にするペットが現れる。
――※召喚できるペットは一種のみ。同じカードを重ねて使用すると、ペットを強化できる(最大5段階)。
冬馬はしばらく画面を見つめていた。
「ペット……ペットか」
正直に言えば、嬉しかった。ずっと憧れていた。社会人になってからはひとり暮らしで忙しくて、飼うことなど考えもしなかったのだ。
「よし、さっそく召喚を」
手が止まった。
賃貸契約書の、あの一文を思い出したのだ。
――当物件はペット飼育不可とします。
「…………」
冬馬はカードをそっと閉じた。
「召喚はダンジョンの中でしよう。うん。そうしよう」
こうして、記念すべき初ペットはダンジョン内で迎えることが決まった。
日曜日。冬馬は一階層の奥にある階段の前に立っていた。
Eランクになったことで二階層への立ち入りが許可されたのだ。
階段を下りるたびに空気が変わっていく。ひんやりした湿気と、獣のような匂い。壁の苔は一階層より少し青白く光っている。
「ここからが二階層か」
新しい装備が体に馴染んでいる。月影のコート、疾風の籠手、韋駄天のブーツ。そこに鑑定Ⅱ。
試しに通路の先にいた魔物へ意識を向けてみる。
《魔鼠 体長五十センチ 弱点:腹部 素材:毛皮》
「おお、弱点まで出るのか」
冬馬はすっと近づいて、腹をひと突きした。
ぱちん。電撃。
「楽勝、楽勝」
次に現れたのはゴブリン。三体。
鑑定Ⅱの文字を確認しながら冬馬は駆け出した。
「高速移動」
三体のゴブリンが気づく間もなく、床に崩れ落ちる。落ちた牙を拾い上げ、そのたびに口の中で五千円、五千円、と唱える。
我ながらいやな癖だと思う。
そのとき、通路の奥から怒号が聞こえた。
「盾、前に出ろ! 後ろを守れ!」
低くて、よく通る声。
角を曲がると、四人組の探索者がゴブリンの群れに囲まれていた。
前に出ているのは四十代後半くらいの大柄な男だ。日焼けした顔、短く刈り込んだ髪。左手には大盾、右手にはメイスを握っている。
「くそっ、六体もいやがる……!」
ゴブリンは全部で六体。四人はじりじりと押されていた。
冬馬は迷った。
「……見なかったことにはできないよな」
小さく息を吐き、高速移動で割って入った。
「手伝います」
「な、何だ!? 新人か!? ここは新人の来る階層じゃ……!」
男の叫びを背中に聞きながら冬馬は三体を斬り倒した。残りの三体は立ち直った四人があっという間に片づけた。
戦闘が終わる。
静寂の中で大柄な男が肩で息をしながら冬馬を見た。
「……助かった。礼を言う」
「いえ」
「俺は鷲尾。元は陸自にいた。今はこのメンバーでパーティを組んでいる。あんたは?」
「椎葉です。Eランクの探索者で」
「……Eランク?」
鷲尾さんは目を細めた。
「Eランクが二階層でゴブリン三体を一瞬で?」
後ろの三人がひそひそと囁いている。
「おい、あの背中のバット……」
「まさか噂の『バットのおじさん』じゃ……」
冬馬は天を仰いだ。
「それは誤解でして」
「謙遜するな。立ち回りを見ればわかる」
鷲尾さんは豪快に笑って、冬馬の肩をばしんと叩いた。身体強化がなかったら肩が外れていたかもしれない。
「いい腕だ。だがひとつ忠告しておく」
笑いを収めて、鷲尾さんは真顔になった。
「二階層の奥に水場がある。そこには絶対に近づくな」
「何かいるんですか」
「岩みたいな甲羅を背負った、巨大な亀だ。通称、岩亀。先月、ベテランのパーティが挑んで全員、撤退した。俺の知り合いも肋骨を折った」
「岩亀、ですか」
「見つけたら逃げろ。いいな」
「……はい」
冬馬は素直にうなずいた。
うなずいたはずなのに鑑定Ⅱの画面の隅ではすでに「岩亀」の文字が淡く点滅していた気がした。
気のせいだ。たぶん。
夕方。千景さんの窓口。
「ゴブリンの牙が二十二本、魔鼠の毛皮が八枚。それと、スライムの核が少し」
千景さんは電卓から顔を上げた。
「椎葉さん。ついに二階層まで行かれたんですね」
「はい。ちょっとだけ」
「ちょっと、の量じゃないですけど……合計で十三万四千円です」
「ありがとうございます」
冬馬は封筒を受け取りながら窓口の前の掲示板を見た。
『二階層・奥の水場に大型魔物(通称:岩亀)の出没情報あり。立入禁止』
赤い枠で大きく囲まれている。
鑑定Ⅱの画面隅の点滅が頭をよぎった。
「……いやいや。行かない。行かないぞ」
誰に向けた言葉なのか冬馬自身にもよくわからなかった。
鞄の中ではペットサモンカードが静かに出番を待っている。
「来週末、召喚だな」
冬馬はほんの少しだけ、わくわくしていた。
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