第4話 初めてのSSレア
火曜日の夜。冬馬はテーブルの前で正座していた。
目の前には一万円札が三枚。
「……よし。今夜はここまでだ」
自分に言い聞かせるように声に出す。
この男はガチャの前になると、なぜか正座をする。八年間の習慣だ。
「まずは十連」
画面に新しい表示が出た。
《10連 10,000円 (レア以上確定 Sレア1枠確定)》
「十連は確定枠がつくのか。親切設計だな」
一万円札が光の粒になって消える。
光の柱。効果音。
《★☆☆☆ レア ただの木の棒》
《★☆☆☆ レア 鉄の胸当て》
《★☆☆☆ レア 携帯ランタン》
《★☆☆☆ レア 疲れにくい靴下》
……と、レアが七つ続いた。
「ただの木の棒って、なんだ」
冬馬は画面に向かってツッコんだ。ガチャ歴八年にして、初めて見る排出物だった。
しかし、確定枠はさすがだった。
《★★☆☆ Sレア 鉄壁Ⅰ》
《★★☆☆ Sレア 瞬発力強化》
《★★☆☆ Sレア 疾風の籠手》
「三つ出た! 十連で三つなら悪くないぞ」
籠手は腕に着けると指先の動きが滑らかになる装備だった。短剣との相性も悪くなさそうだ。
ただ、SSレアはひとつも出なかった。
「……天井はあるのか?」
画面の隅に累計回数だけが表示されている。上限は書かれていない。
「天井なしか。厳しいな、この運営」
誰に向かって文句を言っているのだろう。
気を取り直して、二回目の十連。
一万円札がまた光になって消える。
光の柱。レア、レア、レア、Sレア。
五個目で光の色が変わった。
金色の柱が虹色に染まる。
「……え」
冬馬の手が止まった。
八年間のガチャ人生で数え切れないほど見てきた、あの色。
高鳴る心臓。呼吸が浅くなる。
《★★★☆ SSレア 月影のコート を獲得しました》
「……っしゃああああ!」
夜の九時半。隣の部屋から壁をドンと叩かれた。
「あ、すみません」
小声で謝りながら冬馬は出現したコートを手に取った。
深い濃紺の、膝まで届く長いコート。裾には銀糸で小さな月の模様が刺繍されている。生地は驚くほど軽く、触れると、ひんやりと心地いい。
説明文を読む。
――月の光を織り込んだコート。
――物理的な衝撃を大きく軽減する。
――暗い場所では着用者の姿が見えにくくなる。
「軽減って、どのくらいだろう」
試しにコートを羽織ってみる。
鏡の前に立つと、冴えない三十三歳のおじさんが妙に絵になるコート姿で立っていた。
「……意外と、似合うな」
自分で言って、少しだけ照れた。
「残りは一万円か」
冬馬は財布を見つめた。三回目の十連は回せる。回せるのだ。
しかし。
「……今日はここまでにしよう」
財布を閉じる。
「大人だから」
大人の自制心を発揮した冬馬は冷蔵庫から冷えた麦茶を出して、ひとり乾杯をした。
土曜日。新東京ダンジョン。
月影のコートを着た冬馬は一階層で角ウサギの群れに囲まれていた。
正確にはわざと囲まれていた。
「さあ、来い」
四匹の角ウサギが一斉に飛びかかってくる。
どすっ、どすっ、と、衝撃が体に伝わった。
……だが痛くない。
「おお、本当に軽減されてる」
コートの表面を衝撃が水のように流れていく感覚。角ウサギの角が布の表面で滑るように弾かれた。
「いいな、これ」
冬馬は四匹を順番に斬り捨てた。短剣の電撃と、疾風の籠手の補助で動きはまるで舞うようだ。
それから昼過ぎまで。
一階層の魔物は冬馬にとって、すでに脅威ではなくなっていた。
通りがかる探索者がちらちらとこちらを見る。
「あ、あれ……」
「バットのおじさん、だ」
「本当にあのコートの?」
そんな囁きがあちこちから聞こえた。
聞こえているが聞こえないふりをする。
「バットのおじさんって、誰のことだよ」
背中のバットはやはり一度も使っていない。
夕方。登録窓口。
保科さんが冬馬の探索者証を見て、目を丸くした。
「椎葉さん。登録から一週間で討伐数も素材の納品実績もEランクの基準を大きく超えています。……昇格です」
「え、もうですか」
「これは過去最速の記録です」
渡された新しい探索者証には、「E」の文字。
「ありがとうございます」
「ところで椎葉さん」
保科さんは少しだけ声を落とした。
「噂ではバットで魔物を倒されているとか」
「……はい?」
「私、最初にお会いしたとき、バットでは危ないと思ったのですが……」
冬馬は背中のバットをそっと見た。
一度も使っていない。
「……あの。バットはまだ現役です」
「そうでしたか! 失礼しました」
保科さんは心からほっとした顔で微笑んだ。
「それではご武運を」
その言葉はもはや冬馬の胸に別の意味でしみた。
窓口を離れた冬馬は新しい探索者証を眺めて、ひとり呟いた。
「……さて。次は三回目の十連だな」
週末の夜にまた正座をする男がひとり増えそうだった。




