第19話 ギルド支部長の、特別なお願い
翌日の、午前。ギルドの、買取窓口。
千景さんは炎蜥蜴王の核と、逆鱗を台の上に並べて、長い間、動かなかった。
「…………椎葉さん」
「はい」
「あなた、本当に生きて帰ってきたんですね」
「はい。おかげさまで」
「炎蜥蜴王を倒した探索者は日本ではまだ、ひとりもいません」
「えっ」
「獅子堂さんたちでも撤退したと聞いています」
冬馬は後ろにいる、レオニーさんの顔を見た。レオニーさんも同じように驚いた顔をしていた。
「あの、じゃあ、ちょっと、まずいことをしましたか」
「いえ。ギルドとしてはむしろ、ありがたい。ただ」
千景さんは深呼吸をした。
「核が百八十万円。逆鱗が百二十万円。その他の鱗と、尻尾の肉を含めて、合計で三百六十万円です」
「さんびゃく、ろくじゅう」
「はい。口座に振り込みますね」
レオニーさんが小さく、息を呑んだ。
二人で分けて、百八十万円ずつ。
千景さんはふと、レオニーさんの探索者証に目を留めた。
「レオニーさん。スキル欄に新しい表示が出ていますね」
「あっ、はい。昨日、四階層で授かりました」
「剣理、ですか。……成長型はギルドの登録でもほとんど例がありません」
千景さんは眼鏡を押し上げて、穏やかに微笑んだ。
「おめでとうございます。スキルを授かる方は登録者全体の、およそ三割。ずっと潜り続けても何も得られない方が大勢いらっしゃいます。その中でレオニーさんはきっと、積み重ねた日々が実ったのですね」
「…………ありがとうございます」
レオニーさんは探索者証を両手でそっと胸に抱いた。
「冬馬さんの、運の良さを少し、分けていただいたのかもしれません」
「いえ、それはレオニーさんの、力です」
冬馬はきっぱりと、言った。
冬馬は深々と、頭を下げた。
「ありがとうございます」
「それから」
千景さんは少しだけ、声を落とした。
「支部長がお二人にお会いしたいそうです」
「支部長、ですか」
「はい。ギルドの、新東京支部の、荒垣支部長です」
支部長室は思ったより質素だった。
壁には地図と、ホワイトボード。窓の外にはダンジョンの入口に並ぶ、探索者たちの列が見える。
机の向こうに六十代くらいの、白髪の男性が座っていた。眼光が鋭い。ただ、物腰は柔らかい。
「はじめまして。支部長の、荒垣です」
「椎葉です。こちらはレオニーさんと、ポム」
「ぷう」
荒垣さんはポムを見て、目尻をほんの少し、緩めた。
「噂の毛玉くんですね。お会いできて、光栄です」
「ぷう!」
ポムが嬉しそうに耳を揺らした。
「早速ですが本題に入りましょう」
荒垣さんは一枚の資料をテーブルの上に滑らせた。
「ここ一ヶ月、新東京ダンジョンの三階層でゴブリンの上位種の目撃が急増しています。ホブゴブリン、ゴブリンメイジ。そして、先週はゴブリンの、指揮官個体も確認されました」
「指揮官」
「通常、ゴブリンは群れで動くだけで統率は取れていません。しかし、指揮官個体は他のゴブリンを組織的に動かします」
レオニーさんがはっとして、顔を上げた。
「もしかして、私が三階層で襲われた、あの群れも」
「おそらく、そうでしょう」
荒垣さんは静かに頷いた。
「ギルドはこれが単なる、偶発的な発生ではないと、考えています。どこかにゴブリンの、巣があるはずです」
「巣」
「そこでお願いがあります」
荒垣さんが深々と、頭を下げた。
「椎葉さん。ギルドからの、指名依頼です。ゴブリンの、大規模な巣の、調査と、可能であれば、殲滅をお願いしたい」
「えっ、俺ですか」
「あなた方の、実績を見ての判断です。ただ、さすがにお二人だけでは危険すぎます。鷲尾パーティと、獅子堂さんにも同時に依頼を出しています」
「獅子堂さんも」
「はい。合同での、探索です。報酬は個人に五百万円。素材の売却益は別です」
「ごひゃく、まん」
冬馬は思わずレオニーさんと、顔を見合わせた。
「あの、すごい金額ですね」
「それだけ、重要な案件、ということです」
荒垣さんの表情がわずかに引き締まった。
「巣が成長を続けると、いずれ、ダンジョンの外にあふれ出す危険もあります。そうなる前に手を打たなければならない」
「外にあふれ出す」
冬馬の背筋に冷たいものが走った。
ダンジョンの外。それは冬馬の暮らす、あの街。ガチャを回す、あの狭い部屋。会社と、コンビニと、いつもの駅。
「…………やります」
「いいんですか」
「はい。報酬のためではありません」
言いかけて、冬馬は少し、言葉に詰まった。
「いえ、報酬もあるんですけど」
荒垣さんがふっと、笑った。
「正直な方だ」
「それと、うちの子の、食費にもなりますし」
「ぷう」
ポムが胸を張った。
荒垣さんは肩を揺らして、笑った。
「頼もしい、パーティですな」
「冬馬さん」
レオニーさんがそっと冬馬の隣に立った。
「私も行きます。私の、故郷の人々を守るためにここに来たわけではありませんが。この国の、街が脅かされるのは見過ごせません」
「ありがとうございます、レオニーさん」
「当然です。仲間ですから」
そのとき、支部長室の扉が乱暴に開いた。
「話は聞いた」
獅子堂が仁王立ちしていた。
「荒垣さん、俺は受けます。誰と組んでも構わん」
「獅子堂くん。まだ、ノックを」
「どうでもいい」
獅子堂は冬馬の方を見た。
「お前が行くなら俺はお前の前を行く。足を引っ張るなよバット」
「頑張ります」
「ふん」
そう言いながらどこか嬉しそうな顔をしていた。
荒垣さんが小さく、笑った。
「では決まりですね。作戦会議は三日後。詳細はそのときに」
その夜。
冬馬は自宅のテーブルの前で正座していた。
隣にはポム。そして、テーブルの上には百八十万円分の、預金通帳。
「…………」
「ぷう?」
「なあ、ポム」
「ぷう」
「会社、辞めるか」
冬馬は天井を見上げた。
副業の収入が会社の給料を完全に超えた。しかもダンジョンの外が危ないのなら会社でのんびり働いている場合でもない。
「でもな」
「ぷう?」
「会社の、みんなはいい人ばかりだ。部長も理解がある」
冬馬は小さく、息を吐いた。
「すぐに辞める必要はないか。有給も残ってる」
「ぷう」
ポムがこくんと、頷いた。わかっているのかいないのか。
「まあ、とりあえず」
冬馬は財布から一万円札を取り出した。
「今月の課金枠、あと、七万円あったな」
「ぷうっ!?」
「今夜は七十連、いくぞ」
「ぷうううっ!!」
ポムが嬉しそうに冬馬の膝に飛び乗った。
画面が光る。
深夜の一Kの部屋でおじさんと、毛玉の、運試しが始まった。
結果は――次の、お楽しみである。
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