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第18話 後編

そこから先の、四階層は驚くほど、順調だった。

レオニーさんが軌道を見切る。冬馬が懐に潜って、喉を貫く。ポムが取りこぼしをぽふっと弾く。

五体の群れに囲まれたときも慌てなかった。

「冬馬さん、三時の方向、三体のブレスが重なります!」

「重なると、どうなりますか!」

「炎の合流点がここと、ここです。この二点を避ければ、安全地帯ができます!」

「了解、高速移動!」

炎の線が交差する、その隙間。

冬馬はまるで地雷原を歩くように軽やかに駆け抜けた。

炎がごうっと、燃え上がる。炎の網目の、ほんの一画だけがぽっかりと、空いている。

そこから冬馬が蜥蜴の後ろへ回り込む。

「ここです!」

ばちっ、ばちっ、ばちっ。

レオニーさんは冬馬が回り込んだ蜥蜴の反対側から長剣を振る。

二方向から同時に喉元を突かれた蜥蜴があっけなく、崩れ落ちた。

気づけば、十体以上の炎蜥蜴を倒していた。

「炎の鱗がこんなにたくさん」

素材目利きで見ると、鱗の質はかなり高い。

「私が見切って、冬馬さんが斬る。……不思議です。以前よりずっと、楽に息ができます」

「俺もです。レオニーさんの声がなんというか頼りになって」

「冬馬さん」

レオニーさんが少しだけ、頬を赤らめた。

「そう言っていただけると、嬉しいです」

冬馬も少し、頬をかいた。

(……いかん。相手は二十二歳だ)


倒した蜥蜴のひとつが光に変わらずにそのまま残っていた。

「あれ、消えてない」

「ときどき、あるようです。一部が素材として、残る個体が」

残っていたのは蜥蜴の、尻尾だった。

焦げ茶色の皮の下からほかほかと、湯気が立ちのぼっている。香ばしい、肉の匂い。

「…………」

「ぷう」

ポムがじっと、尻尾を見つめている。口の端からよだれが垂れかけていた。

「ポム、これはさすがに」

念のため、鑑定Ⅱを使う。

《炎蜥蜴の尻尾 状態:食用可 味:焼き鳥に近い》

「…………食用可、と出てます」

「焼き鳥に近い」

レオニーさんの目がきらりと光った。

「ぷうううっ!」

ポムが尻尾に飛びついた。

「あっ、待て、熱いぞ」

かぷっ。

もぐもぐ。

「…………!!!」

ポムの全身の毛が一斉に逆立った。

目がきらきらと、潤んでいる。

「……そんなにうまいのか」

冬馬もひと口、もらった。

「…………うまい」

鶏肉によく似た、淡白な味。炎の鱗の下からほどよく脂が乗っている。塩を振れば、居酒屋の一品になりそうだ。

レオニーさんもおそるおそるひと口。

「…………! これはドイツの、ハーンヒェンに近いです。皮がぱりぱりです」

「ドイツにも焼き鳥が?」

「はい。ビールにとても合います」

「ぷう!」

ポムが同意するように鳴いた。

「これ、持ち帰れば、ポムの食費が浮くんじゃないか」

「冬馬さん、それは名案です」

「異空間収納に入れておけば、傷まないしな」

二人は顔を見合わせて、にやりと、笑った。

月九万円のポムの食費をダンジョンで調達できれば。

「ガチャ予算がまた、潤う」

「冬馬さん、本末転倒では?」

「いえ、これは経済活動です」

ポムが尻尾を三本、たいらげたころ。

足元が震えた。

どん。どん。どん。

「……来る」

獅子堂の忠告が頭をよぎる。足元の岩に細かいひび割れが走った。

「ポム、食べるの、やめ!」

「ぷ……ぷう」

ポムが口の周りをぺろりと舐めて、名残惜しそうに顔を上げた。


溶岩の川から巨大な影がせり上がってきた。

炎蜥蜴をさらに巨大にしたような、全長五メートルの、化け物。全身から陽炎が立ち上り背中には炎のたてがみが揺らめいている。

《炎蜥蜴王 体長五メートル 弱点:喉元の逆鱗 素材:王の鱗、王の核》

「ボスか」

「ええ、これは四階層の、主のようです」

炎蜥蜴王が咆哮を上げた。熱風が三人を襲う。

「ポム、光球!」

「ぷう!」

ポムが全力で光の球を放つ。球は王の頭上で弾けて、白い光が広がった。

王の鱗がぱきぱきと、剥がれていく。だが致命傷にはならない。

「硬い。浄化が効ききらない」

「私が前に出ます!」

レオニーさんが長剣を構えて、突進した。

王が爪を振り下ろす。

銀の線が三本、同時に浮かび上がった。

爪が三本。それぞれの軌道がレオニーさんにははっきりと、見える。

一本目。半歩、左。

二本目。体をひねる。

三本目。長剣で斜めに受け流す。

がきぃん!

火花が散った。

だが王の爪は重い。受け流したはずなのに腕にびりびりと、衝撃が走る。

「くっ……!」

「レオニーさん!」

「大丈夫です! 軌道は見えています!」

王が尻尾を横に薙いだ。

「冬馬さん、下がって! 足場が崩れます!」

「えっ」

尻尾が地面をえぐった。黒い岩がばきばきと、砕け散る。

冬馬は高速移動で後ろに跳んだ。直前までいた足場ががらがらと、崩れていく。

(獅子堂さんの忠告、そのままだ)

「ポム、俺の、肩に!」

「ぷう!」

ポムが冬馬の肩に飛び乗る。

王が再び、爪を振り下ろした。

レオニーさんは長剣でそれを受けた。

今度は受け流さずに真正面から受け止めた。

がぁん!

王の爪と、長剣が噛み合う。

「ぐっ……う……っ!」

膝が沈む。足の下の岩がひびを広げる。

(まだ、見える。次の、軌道が)

爪を押し返す、その、一瞬。

銀の線がふいにくっきりと、濃くなった。

王の爪が跳ね返される軌道が見えた。

長剣の刃に爪の力が乗る。

刃をそっと傾ける。

爪の力がそのまま刃の流れに乗って、王の腕へと、滑り落ちた。

ざくり。

王の腕に深く、一筋の傷が走った。

「ガアアアアッ!?」

王がのけぞった。

「…………え?」

レオニーさん自身が一番、驚いていた。

頭の中にまた、声が響く。

《剣理Ⅰが剣理Ⅱに成長しました》

《剣理Ⅱ 効果:見切り強化/返し刃――受け流した攻撃の力をそのまま反撃の刃に変える》

「…………成長、した」

「レオニーさん!?」

「剣理が育ちました。攻撃を受け流すと、そのまま返せるようです!」

「すごい!」

「ぷううっ!」

冬馬もポムも思わず声を上げた。

王が怒りに目を剥いた。炎のたてがみが一気に燃え上がる。

「来ます!」

王が大きく、息を吸い込んだ。喉が膨らむ。ブレスの予備動作だ。

(今じゃない。吐いた直後だ)

冬馬は王の足元の、岩陰に滑り込んだ。

「レオニーさん、ブレスを見切ってもらえますか!」

「はい! ……炎が王の口から扇形に! 左右、およそ、四十五度ずつ! 真下は薄い、ここなら通れます!」

「了解!」

王の口から灼熱の炎が噴き出した。

「冬馬さん!」

「大丈夫です!」

月影のコートで炎を受け流す。魔力障壁が熱気をすんでのところで遮る。

レオニーさんが示した、薄い一点を冬馬はまっすぐ、駆け抜けた。

ブレスが収まる。

王ががくりと、体を沈めた。喉の鱗が一瞬、弛む。

「今だ!」

冬馬は高速移動で王の喉元へ跳んだ。

そのとき、王の爪が冬馬の背後から迫った。

「冬馬さん、後ろです!」

レオニーさんが地面を蹴った。

冬馬と、爪の間に滑り込む。

長剣が爪の軌道に沿って、そっと添えられた。

受け流す。

返す。

がきぃん、ざくっ。

王の爪がそのまま王自身の、脇腹を深く、えぐった。

「ガアアアッ!」

「行ってください、冬馬さん!」

「はい!」

短剣が逆鱗に突き刺さる。

ばちばちばちっ!!

紫の稲妻が巨体の中を走り抜ける。

王が断末魔のような、声を上げた。

足元の岩ががらがらと、崩れる。

「崩れます! 冬馬さん、早く!」

「ポム!」

「ぷう!」

ポムが冬馬の首にしがみつく。高速移動で崩れる足場から脱出する。レオニーさんの手をぎゅっと握って、一緒に安全な岩棚へ跳んだ。

「…………っ!」

レオニーさんの足がわずかに遅れた。

「見えます。次の、足場が崩れる、線が」

彼女は銀の線をたどるように冬馬の手を引いた。

崩れる岩の、わずかな、隙間。

そこへ二人は同時に飛び込んだ。

轟音。

王の巨体が溶岩の川に沈んでいった。

光が溢れる。

静寂。

岩棚の上に三人はへたり込んでいた。

「…………倒しました、ね」

「倒しました」

「ぷう」

冬馬は横で息を整えているレオニーさんを見た。

髪の先が少し焦げて、頬にはすすがついている。それでもその顔はこれまで見たことがないほど、晴れやかだった。

「レオニーさん。さっき、見切りがなかったら俺は背中をやられてました」

「…………」

「ありがとうございます」

「いえ」

レオニーさんは微笑んで首を横に振った。

「冬馬さんがずっと、お金も剣も時間も私にくださったから。私はやっと、お返しの、ひとつをできました」

「そんなこと」

「ありますよ。これは私にとって、とても大きなことなのです」

足元の岩の上にはふたつの、まばゆい光が残されていた。

手のひらほどの、真っ赤な、王の核。そして、手のひらほどの、青みがかった、巨大な逆鱗。

冬馬は素材目利きでそれらを確かめて、思わず笑ってしまった。

光が今まででいちばん、まぶしかった。

「……これはまた、ちょっと、とんでもない値段になりますね」

「ふふ。冬馬さんは毎回、同じことをおっしゃっています」

レオニーさんも笑った。

「ぷう」

ポムが二人の間にちょこんと座って、焦げた毛先をぺろぺろと整えていた。

お腹がぐう、と鳴る。

「…………まだ、食べるのか」

「ぷう」

「帰ったら鶏肉だ。いや、蜥蜴肉か」

こうして、三人は四階層の主を倒した。

レオニーさんにとっては剣を握って、初めて、「自分の力で」切り拓いた、勝利

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