第18話 炎蜥蜴と、焼き鳥のしっぽ
四階層の魔物は一階層から三階層とはまるで格が違った。
最初に遭遇したのは炎蜥蜴。
体長は一・五メートルほど。全身が真っ赤な鱗に覆われている。口の端からちろちろと、炎が漏れている。
《炎蜥蜴 体長一・五メートル 弱点:喉元 素材:炎の鱗》
鑑定Ⅱが冷静に告げる。
「喉元ですね」
「はい。ブレスを吐く直前に喉が膨らみます。そこが狙いどころです」
レオニーさんが長剣を構えた。
炎蜥蜴が大きく息を吸い込む。喉が風船のように膨らんだ。
「今です!」
冬馬が高速移動で蜥蜴の懐に潜り込む。短剣が紫の弧を描く。
ばちっ。
蜥蜴が悲鳴を上げて、ぐらりと崩れた。
「いい調子です!」
「はい!」
戦闘は順調だった。レオニーさんが囮になって、蜥蜴の注意を引く。冬馬が懐に潜って、弱点を突く。ポムが少し離れたところから光球で仲間を援護する。
三人の連携は日を追うごとに鮮やかになっていた。
ただ。
冬馬は気づいていた。
レオニーさんの笑顔が戦闘のたびにほんの少しずつ、硬くなっていくことに。
四階層に入って、一時間ほどが経った。
足場の悪い岩場を慎重に進む。溶岩の川がすぐ脇を流れている。耐熱ポーションの膜越しでも顔の表面がじりじりと焼けるようだった。
「冬馬さん。前方に三体います」
「はい、見えてます。……炎蜥蜴が三体。固まってますね」
岩の陰から様子をうかがう。
三体の炎蜥蜴が黒い岩の上で日向ぼっこでもするようにのそのそと動いていた。
「さっきまでは一体ずつでした。三体同時は初めてです」
「ブレスが三方向から来る可能性がありますね」
「ポム、光球でまとめて」
「ぷう」
ポムが口をすぼめかけたところでレオニーさんがそっと手を挙げた。
「あの、冬馬さん。最初の一体は私に任せていただけませんか」
「えっ」
「囮だけではなくて。ちゃんと、倒してみたいのです」
青灰色の瞳がまっすぐ、冬馬を見ていた。
いつもの穏やかさの奥に焦りのようなものが滲んでいる。
「……わかりました。無理はしないでください。危なくなったらすぐ、下がること」
「はい」
レオニーさんが岩陰からゆっくりと歩み出た。
一体の蜥蜴が気づいて、首をもたげた。
喉が膨らむ。
(来る)
レオニーさんは踏み込んだ。長剣が蜥蜴の喉元へ一直線に伸びる。
だがその切っ先が届く前に別の蜥蜴が横から尻尾を振り抜いていた。
「――っ!」
レオニーさんは咄嗟に剣の腹で尻尾を受けた。
がぁん!
体ごと、横に弾かれる。足が岩の上を滑った。
そこへ最初の蜥蜴の、ブレス。
灼熱の炎が扇のように広がった。
「レオニーさん!」
冬馬の叫びが遠く聞こえた。
レオニーさんの目に世界がゆっくりと見えていた。
迫ってくる炎。揺らめく赤い舌。
そして、そのすべてにうっすらと、銀色の線が重なっていた。
(……なにこれ)
炎の流れが線になって、見える。どこを通って、どこへ向かうのか。どこがいちばん熱く、どこがほんの少し、薄いのか。
体が勝手に動いた。
左足を半歩、引く。上体を斜めに傾ける。長剣の切っ先を銀の線にそっと添える。
炎がすぐ脇を通り過ぎた。
髪の先がわずかに焦げただけだった。
(避けられた。……見えた。確かに見えた)
レオニーさんの頭の中に声が響いた。
《スキル「剣理」を獲得しました》
《剣理Ⅰ 効果:見切り――敵の攻撃の軌道が淡い光の線として、見える》
「…………」
足が止まった。
炎の向こうで三体の蜥蜴がこちらを睨んでいる。
それなのにレオニーさんはその場に立ち尽くしてしまった。
「レオニーさん! 大丈夫ですか!」
冬馬が高速移動で駆け寄ってきた。
「怪我は!? どこか焼けましたか!?」
「…………冬馬さん」
レオニーさんは冬馬の顔を見た。
青灰色の瞳がみるみるうちに潤んでいく。
「やっと、やっと」
声が震えた。
「やっと、わたしにもスキルが……」
「え」
冬馬は一瞬、意味がわからなかった。
それからはっとして、鑑定Ⅱを使った。
《レオニー・ヴァイス スキル:剣理Ⅰ(成長型) 効果:見切り――敵の攻撃の軌道が淡い光の線として、見える》
「…………スキル、獲得してます。剣理Ⅰ。成長型、って出てます」
「はい。頭の中に声が聞こえました」
レオニーさんは両手で口元を覆った。肩が小さく、震えている。
「日本に来て、一ヶ月以上。毎日のようにダンジョンに潜りました。でも何も起きなくて」
「…………」
「同じ時期に来た人たちが次々とスキルを授かっていくのを横目で見ていました。自分には才能がないのだろうかと」
スキルは冬馬のように初めてダンジョンに入ったその日に授かる人もいる。
一方で何か月、何年潜り続けても何ひとつ、授からない人もいる。
理由はまだ、誰にもわかっていない。
冬馬は本当に運が良かった。
初日にガチャという、とてつもないスキルを手に入れたのだから。
その運の裏側にはレオニーさんのように毎日、悔しさを飲み込みながら剣を振り続けている人がたくさんいる。
そう思うと、冬馬は胸の奥がきゅっと、痛んだ。
「レオニーさんはずっと、頑張ってましたから」
「…………」
「おめでとうございます。本当に」
「はい……!」
レオニーさんは涙をぽろぽろと、こぼした。
「ぷうううっ!」
ポムが全速力で跳んできた。レオニーさんの胸にぽふっと飛び込んでぐりぐりと、顔を押しつける。
「ポムちゃん……ありがとうございます」
「ぷう、ぷう」
ひとしきり感動の場面が続いた。
続いたのだが。
「ガアアアッ!」
三体の蜥蜴が忘れられたことに腹を立てたらしい。
「あっ」
「そうだった」
冬馬は慌てて、短剣を構えた。
「レオニーさん、泣くのはあとにしましょう!」
「はい! ……すみません!」
涙を手の甲でぐいと拭って、レオニーさんが立ち上がった。
その顔はもう、泣いていなかった。
長剣を構える。
剣先がまっすぐにぴたりと、定まっていた。
「右の個体、ブレスが来ます!」
レオニーさんが鋭く、叫んだ。
冬馬が目を向けるより早く。
右端の蜥蜴の喉が膨らんだ。
「見えます。炎は左斜め上へ扇に広がります。右足の位置まで届きません」
「了解!」
冬馬は蜥蜴の斜め下へ滑り込んだ。
炎が頭上を通り過ぎる。レオニーさんの言った通り足元まで届かない。
「すごい」
「軌道が線で見えるのです。ブレスも尻尾も爪も全部」
「じゃあ、避ける方向を教えてもらえば、俺は攻撃に集中できますね」
「はい! お任せください!」
レオニーさんの声が弾んでいた。
中央の蜥蜴が尻尾を横に薙いだ。
「冬馬さん、跳んでください! 足払いです!」
「高速移動!」
地面すれすれを尻尾が通り過ぎていく。
冬馬はその上を軽々と、飛び越えて、蜥蜴の喉元へ短剣を突き立てた。
ばちっ。
一体目が崩れた。
「左の個体がレオニーさんに向かってます!」
「わかっています!」
左の蜥蜴が爪を振り下ろした。
レオニーさんは動かない。
爪の軌道が銀の線になって、浮かび上がる。
半歩、右へ。
爪が鼻先をかすめて、岩を砕いた。
「ふっ!」
その空振りの隙にレオニーさんの長剣が蜥蜴の喉元を鋭く、横に薙いだ。
手応えがあった。
蜥蜴が断末魔の声を上げて、光の粒に変わった。
「……倒せました」
「やりましたね!」
「ぷううっ!」
「最後の一体はポムにお任せします」
「ぷう!」
ポムがぴょんと跳んで三体目の蜥蜴の顔面にぽふっと体当たりした。
蜥蜴は十メートルほど吹き飛んで溶岩の川にじゅわっと、沈んでいった。
「…………」
「…………ポム、そこ、溶岩だぞ」
「ぷう?」
「いや、いいんだ。素材はまた、別のやつから取ろう」
冬馬は遠い目をした。
レオニーさんがふふっと、笑った。
「初めて、倒せました。自分の、剣で」
「前から倒せてたじゃないですか」
「いえ。今までは冬馬さんが止めを刺してくださるから私の剣はただの、囮でした」
「そんなことは」
「あります。でも今日からは違います」
レオニーさんは長剣の刃をそっと撫でた。
「私は冬馬さんの隣で戦えます」
その横顔がとてもまぶしかった。




