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第17話 副業届と、秘密の収納

月曜日の朝。

冬馬は出社して早々、部長に呼び止められた。

「椎葉君。ちょっと、いいかな」

「ははい」

会議室に連れて行かれる。嫌な予感がした。部長は自分のスマホを取り出して、一本の動画を再生した。

『バットのおじさん、Aランクを一撃で沈める』

画面の中でジャージ姿の男が金属バットをフルスイングしている。

「…………」

「この人、君によく似ていると思うんだが」

「他人の空似です」

「そうか。背格好も顔も声も君にそっくりだが」

「他人の空似です」

「そうか」

部長はスマホをしまって、ひとつ咳払いをした。

「ちなみにね、うちの就業規則では副業は届け出制だ」

「…………」

「届けを出してくれれば、承認する。いろいろ、あるだろうがほどほどにな」

「…………はい。出します」

「それと」

部長は真顔で冬馬を見た。

「収入が増えたら一杯、おごれよ」

「承知しました」

なんとも理解のある上司だった。冬馬は深々と頭を下げた。




土曜日。ギルド。

「冬馬さん、ついに四階層に挑戦されるのですね」

レオニーさんが新しい胸当てを光らせて、嬉しそうに言った。

「はい。ポムも行きたがってますし」

「ぷうっ!」

肩の上でポムがやる気に満ちた顔をしている。

窓口で保科さんが四階層の情報を説明してくれた。

「四階層は灼熱の岩場です。溶岩の川が流れていて、気温が非常に高いです。耐熱の対策なしでは十分ももちません」

「耐熱、ですか」

「ギルドの売店で耐熱ポーションを販売しています。一本で二時間、効果が持続します」

「おいくらですか」

「一本、八千円です」

「八千円」

冬馬は頭の中で電卓を叩いた。

「俺とレオニーさんで二本。一万六千円。ポムは……」

「従魔の方も必要です。ただ、ポムちゃんは体が小さいので半分の量で大丈夫です。四千円で足ります」

「じゃあ、合計で二万円ですね」

「はい」

売店で耐熱ポーションを購入する。冬馬は受け取った小瓶を手のひらに載せたままふと思いついた。

「あ、そうだ」

「どうしました?」

「レオニーさん、ちょっと、人目のないところへ」




ギルドの裏手。使われていない、資材置き場。

冬馬は周囲に誰もいないことを確かめてからレオニーさんに向き直った。

「実はレオニーさんにお話ししておきたいことがあって」

「はい」

「先日、SSSレアを引きました」

「えすえす……えす」

「最高のランクです。その、スキルがちょっと、とんでもなくて」

冬馬は手に持っていた、耐熱ポーションの小瓶をそっと宙に掲げた。

「異空間収納」

ポーションが光に包まれて、ふっと消えた。

「…………!」

レオニーさんが息を呑んだ。

冬馬がもう一度、手を伸ばすと、ポーションがふわりと現れた。

「無限の容量で中のものは時間が止まるんです」

「…………」

レオニーさんはしばらく、口を開けたまま固まっていた。

「冬馬さん、それは」

「はい」

「各国の政府がのどから手が出るほど、欲しがる、スキルでは」

「……やっぱりそうですか」

「軍事物資の運搬、食料の保存、医療品の備蓄。あらゆる分野で革命が起きます。ドイツの政府でもきっと、すぐに勧誘に来ます」

「ですよね」

冬馬は小さく、ため息をついた。

「だからレオニーさんには先にお話ししておこうと思って。パーティの仲間として。……他の人たちには、『ガチャで出た、容量拡張の鞄』ということにしておきます」

「…………」

レオニーさんは胸に手を当てて、静かに息を整えた。それから真剣な表情で冬馬を見つめた。

「ありがとうございます。そんなに大切なことを私に」

「信用してますから」

「…………」

「その、秘密にしてもらえますか」

「もちろんです」

レオニーさんはきっぱりと、頷いた。

「私は冬馬さんの、仲間です。この件は決して、口外しません。皆さんには、『鞄』ということで通します」

「ありがとうございます」

「ぷう」

ポムも小さく、口に前足を当てて、ひみつ、のジェスチャーをしていた。かわいい。

「それでですね」

冬馬はポーションを再び収納に仕舞った。

「これからは素材をいっぱい持ち帰れます。しかも品質を保ったまま」

「それはすごいことです」

「それに」

冬馬は少しだけ、いたずらっぽく笑った。

「ポムの弁当も熱々のままね」

「ぷううううっ!!」

ポムが全身で喜びを表現した。

レオニーさんが肩を震わせて、笑った。

「それは確かに重要ですね」

「でしょう」

二人と一匹の、ささやかな秘密がひとつ増えた。




四階層への階段は三階層の最奥にあった。

階段を一段、下りるたびに空気が熱を帯びていく。

「ポーションを飲んでおきましょう」

三人は小瓶を傾けた。ポムの分は少なめにして、ミルクに混ぜた。

「ぷう」

飲み干した瞬間、体がふっと軽くなった。まとわりついていた熱気がすっと和らぐ。

階段を下りきった。

「…………うわあ」

冬馬は思わず息を呑んだ。

視界の先に赤い大地がどこまでも続いていた。

足元は焼けた黒い岩。遠くにはゆっくりと流れる、溶岩の川。あちこちから赤い光が噴き出している。天井は見えず、空のように赤い霞が広がっていた。

地下とは思えない、壮大な風景だった。

「これが四階層」

「すごい……」

熱気がポーションの膜を通して、じりじりと肌に伝わる。

「ぷう」

ポムが肩の上できょろきょろと、あたりを見回している。

そのとき、後ろから低い声が聞こえた。

「ほう。来たかバット」

振り向くと、獅子堂が立っていた。

背中には新しい大剣。折られた前の大剣よりさらに一回り大きい。

「獅子堂さん。ご無沙汰してます」

「ご無沙汰も何も一週間前だ」

獅子堂は腕を組んで冬馬を値踏みするように見た。

「耐熱ポーションはちゃんと、持ってきたようだな」

「はい。売店で」

「飲むタイミングが遅い。階段を下りる前に飲んでおけ。効果は二時間だが下りる間にも減る」

「あ、はい」

「それと、岩場の足元は見た目より脆い。大きな魔物が来たときはひび割れに注意しろ」

「…………」

冬馬は目を丸くした。

「獅子堂さん、アドバイスをくれてるんですか」

「…………うるさい」

獅子堂はそっぽを向いた。耳の先が少しだけ、赤かった。

「俺に勝った男が四階層であっさり死なれても困る。それだけだ」

そう言い残して、獅子堂は溶岩の向こうへ歩き去っていった。

レオニーさんがくすりと、笑った。

「あの方は不器用なのですね」

「ですね」

冬馬は小さく、頷いた。

四階層の、冒険が始まる。


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