第13話 口の悪いAランクと、三十万円
翌週の日曜日。
ギルドのロビーが、いつもより、ざわついていた。
「おい、見ろよ。獅子堂さんだ」
「本物だ。テレビで見た」
「Aランクの、獅子堂剛毅」
冬馬は、レオニーさんとポムと一緒に、買取の列に並んでいた。ざわめきの理由が、気になって、振り返った。
入口から、数人の取り巻きを連れて、ひとりの男が、悠々と入ってくるところだった。
身長は百九十センチ近く。短く刈った髪。日に焼けた肌。背中には、人の背丈ほどもある大剣。耳には、金色のピアス。
目つきが、鋭い。値踏みするように、周囲を睨めまわしている。
「あれが、獅子堂剛毅さんですか」
「はい。日本の探索者の中でも、トップクラスと言われています」
横から、聞き覚えのある声がした。
「おう、バット。来てたのか」
鷲尾さんが、にやりと笑いながら、歩み寄ってきた。
「鷲尾さん。おはようございます」
「獅子堂は、本物だ。口は悪いが、腕は一流。ダンジョンが出現して間もないのに、すでに、四階層まで攻略している」
「四階層」
「ただ、他人を見下す癖がある。気をつけろよ」
「は、はあ」
気をつけろ、とは、何を。
疑問を口にする前に、獅子堂が、こちらを見た。
足を止める。
鋭い目が、冬馬の背中のバットを捉えた。
「……お前が、例の、『バットのおじさん』か」
「…………」
冬馬は、天井を見上げた。
(俺は、いつまで、このあだ名で呼ばれるんだ)
「あの、バットは、使ってないんですけど」
「くだらない噂など、どうでもいい」
獅子堂は、冬馬の前に立った。近くで見ると、さらに圧がある。
「俺は、獅子堂剛毅。Aランクだ。最近、ギルドが、新人の昇格記録を塗り替えたと騒いでいる。登録から、わずか二週間で、Dランク。調子に乗られても、困る」
「調子には、乗ってないです」
「運だけで、上がってきたのだろう。そういう輩は、少なくない」
冬馬が、口を開く前に。
「運だけでは、ホブゴブリンの群れは、倒せません」
凛とした声が、割って入った。
レオニーさんだった。背筋を伸ばして、まっすぐ、獅子堂を見据えている。
「冬馬さんは、運ではなく、実力で、道を切り拓いています。それを、見もせずに、決めつけないでください」
獅子堂の眉が、ぴくりと動いた。
「……外国人が、ずいぶん、偉そうな口を利くな」
「事実を、申し上げているだけです」
ロビーが、静まり返った。
獅子堂は、レオニーさんを見下ろして、鼻で笑った。
「いいだろう。口で言っても、わからんなら、証拠を見せろ」
「証拠、ですか」
冬馬が、ようやく口を開いた。
「俺と、勝負しろ。ギルドの模擬戦闘施設で、一対一だ。ルールは、公式の模擬戦に準じる」
「…………」
冬馬は、顔をしかめた。
(面倒だ)
正直、断りたい。強さを証明する必要は、まったく、感じない。ただ、平和に、ダンジョンで稼いで、ガチャを回したいだけだ。
「あの、お断りしたい、んですが」
「逃げるのか」
「逃げるというか、メリットが、ないので」
「なに?」
そのとき、レオニーさんが、そっと、冬馬の袖を引いた。
「冬馬さん」
「はい」
「ギルド公式の模擬戦は、勝者に、賞金が出ます。三十万円です」
冬馬の目が、きらりと光った。
「…………やります」
「は?」
獅子堂が、拍子抜けしたような顔をした。
「やります。三十万円ですよね。受けます」
「…………金で、動くのか」
「はい」
冬馬は、あっさりと答えた。
「ガチャ予算になるので」
「…………がちゃ?」
「いえ、なんでもないです」
鷲尾さんが、後ろで、肩を震わせて笑いをこらえている。取り巻きの一人が、小声で、「なんだ、あの人」とつぶやいた。
獅子堂は、しばらく、冬馬を睨んでいたが、やがて、ふんと鼻を鳴らした。
「いいだろう。来週の土曜、午後一時。模擬戦闘施設のAホールだ。逃げるなよ」
「はい」
「そのバットを、忘れるな」
「…………はい」
獅子堂は、取り巻きを連れて、ギルドの奥へ消えていった。
静寂が、戻る。
「…………」
冬馬は、レオニーさんを見た。
「すみません。勝手に、受けてしまって」
「いえ、構いません。私も、つい、口を出してしまいました」
レオニーさんは、少しだけ、頬を赤らめた。
「冬馬さんのことを、あんなふうに言われるのが、悔しくて」
「…………」
冬馬は、少し、胸が熱くなった。
三十三年生きてきて、誰かに、こんなふうに庇ってもらったことが、あっただろうか。
「ありがとうございます、レオニーさん」
「いえ」
「ぷう」
ポムが、レオニーさんの肩に、ぴょんと飛び移った。すりすりと、頬に頭をこすりつけている。
「ふふ。ポムちゃんも、怒ってくれているんですね」
「ぷっ!」
鷲尾さんが、豪快に、冬馬の背中を叩いた。
「よし、バット。勝負までに、一杯、奢ってやる。景気づけだ」
「はい。お願いします」
「それと、ひとつだけ、忠告しておく」
鷲尾さんが、少しだけ、真顔になった。
「獅子堂は、本物だ。本気を出されたら、普通の探索者は、まず、立っていられない。だが……」
にやり、と笑う。
「お前なら、いい勝負になるかもしれないな」
冬馬は、頭をかきながら、苦笑した。
「頑張ります。三十万円のために」
「そこかよ」
ギルドのロビーに、笑い声が広がった。
三十万円。ガチャ、三百連分。
頭の中の電卓が、すでに、回り始めていた。
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