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4話 夏を知りけり。風くゆり立つ。上

   Ⅰ


 男たちが家の地位と己の名誉をかけて働いている間、レディ・フレアは古典『ミリオン・リーブス』の数巻を頭に叩き込まれ、満を持してデレディ・イジィとの予備練習に挑んだ。

 二人のレディと、そのメイド二人ずつが円を囲むように座している様子は、春の花が寄せられているようで優美であり、喋り声もまるで小鳥のさえずりのようである。

 ホストのデイジィは、輪に入っていない若いメイドに小さな菓子をたくさん持ってこさせ、デイジィの手から全員に分け与える。

 そして茶瓶と小さなカップも持ってこさせ、輪に入っている年長のメイドに注がせた。

 女性たちがドレスにつけている香の匂いと、菓子の甘い匂い、渋い茶の香りが混ざる。

 フレアにも、この茶と菓子が喉を潤すため、腹を満たすためのものでないことが分かった。

 ここに集う全てのものが、ここの空気を作るための道具なのである。


「召し上がりながら、座っている順に連歌をいたしましょう」


 デイジィはそう言った。


「連歌でございますか?」


 デイジィのメイド――、花柄のドレスの女が聞き返す。


「ええ。上の句と下の句を繋げていくお遊びです。最近は色々と決まり事がある連歌会も増えているようですが、今日はモチーフの制限なく、お師匠さまもなく、どこまで続けられるか楽しむ会をと、思っています」


「ありがたいお心遣いです」


 デイジィのメイド――、茶のローブを着た年長の女、ラテが言う。

 フレアが今日この日に間に合わせるために猛勉強したように、メイドの中にも歌が得意でない者がいるのだ。


「私だって、毎日何首も詠みなさいと言われたら困ってしまいますから。楽しいのが一番なことは、みなさんと同じです」


 デイジィのメイドたちはレディ・デイジィをよく慕って、愛しんでいる。

 デイジィがメイドたちを労わって、ときにもてなそうとしているからである。

 フレアは、パレスに来てからメイドたちとどう接してきたであろうか、思い出そうとするが、自分が困ったことばかり思い浮かんでくる。


「では、一句目のお題はフレアさまに決めていただきましょう。それに沿って、ラテから始めてください」


「えっ」


 フレアは珍しく、女性らしい小さな驚きの声をあげた。

 助けてほしさにシフォンの顔を見ると、シフォンは力強くうなずく。

 昨日まで読んでいたものと同じようなものを、とい訴えているようだ。

 迷っていると、


「今日のゲストでいらっしゃるのですから、何でもお好きなものをおっしゃってください」


 ラテがそう言う。

 アリアよりは少し若そうな、しかし白髪と皺の見える、頼りがいのある大人である。

 フレアは彼女と、アリアと、シフォンを信じた。


「……薔薇の花」


「薔薇の花」


 ラテが繰り返す。


「薔薇の花。フレアさまは薔薇がお好きですか」


「ええ。赤い色が好きで、このパレスに来たときから私の庭には薔薇の花がありました。『ミリオン・リーブス』でも少し薔薇の歌を見かけましたし」


「それはなんと、よく覚えていらっしゃいますね」


 ラテが声を高くして褒める。


「今でこそ雪、月、桜といったモチーフばかりよく歌われますが、『ミリオン・リーブス』の時代には他のものも立派に詠まれたものです。フレアさまは目の付け所がすばらしい」


「え……」


 フレアは初めて歌について褒められた。


「えへへ」


 スピアには見たことのない笑顔である。


「うふふ。ホライズ家に生まれた者として当然ですわ」


 フレアは高笑いしだす。

 調子に乗っているのだ。

 これはまずい、どう指摘する?とスピアはシフォンの顔を見たが、


「うふふふふふ」


 一緒になって高笑いしているではないか。

 スピアは絶望する。

 が、


「おほほほほほほ」


 なぜかラテも高笑いしだした。

 花柄のドレスのメイドも声に出さないながらも微笑んでいる。


「フレアさまったら、かわいらしい」


 デイジィも笑っている。

 スピアは一人取り残されて、熟考の末、愛想笑いした。



   Ⅱ



「朝日さす。薔薇におかるる露かほり、」


 ラテはそう始めた。

 花柄のドレスのメイドが続く。


「たまきはる赤き命を思へり。」


 レディ・デイジィが詠む。


「行く道のはるけき空を見上ぐれば」


 スピアが応える。


「ひさかたの月、雲も避けけり。」


 シフォンが受け取る。


「君が越ゆ河をも照らせ。涙降り」


 とうとう、レディ・フレアに回ってきた。

 スピアとシフォンは固唾を飲んで見守る。


「瀬は深からむ。我ならずして」


 詠めた。

 スピアとシフォンは目を見開いて感動をあらわにした。


 ラテはそういう事情も知らず、続きを読む。


「誰がために袖や濡らしつ。さつき待ち」


 繋がった。

 ようやくフレアは胸をなで下ろした。

 連歌は自分一人で一首を詠まなくてもよいが、次の人が続けられる句を詠まなければならない。

 ラテが続けられたことで、フレアの句が成立したのだ。

 フレアはもう寝転がりたい気分だが、まだ連歌会は続く。

 二巡目、三巡目もある。


「我が()ふ君の足音近し。」


「鳴る戸の瀬、潮の速きに流さるる」


海松(みるめ)はなしや、ありやけ|(有明)の浜。」


「貝拾ふ少女(をとめ)の指の白きにや」


「夏を知りけり。風くゆり立つ。」


 フレアは胸を張って詠む。

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