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3話 歌会の知らせは蹄の音に紛れて 下

   Ⅳ


 フレアから歌の特訓を乞われたアリアは、心を鬼にして歌集の山を持ち込んだ。

 巻物にして二十ほどある。


「以前私は歌の心をお教えしようとしましたが、フレアさまには遠回りに思われたようで、申し訳ございませんでした」


「いいのだけれど、これは?」


「ですので、読んで覚えていただきます」


「え?」


「根本が分かっていなくても、なんとなく言葉の繋がりさえお覚えになれば、それらしい歌は詠めるようになります。心はその後からついてくるでしょう」


 フレアは巻物の山に圧倒される。

 シルビアの部屋には本がこれ以上あったが、それは他人のものだと思っているから怖くなかったのである。

 しかし自分が全て読まなければならないと思うと、……


「げんなりする」


「なんとおっしゃいましたか」


「いいえ! やってやるわ。読めばいいんでしょう?」


「ええ。どこからでも構いません。まずは明後日までに一冊、読み切りましょう。さあ、声に出して」


 フレアはやけくそになって、一番上に置かれている巻を手に取る。


「なにはづの!」


 一応、文字は読めるのだなあ、とアリアは感心した。



   Ⅴ


 ナイト・ヘッド・テリオス・レイショーは夕食後、パレス・ブレッシュでの番をしていたナイトたちを隊長室に集めた。不定期の会議という名目である。


「ベッドチェンバー・レディ・フレアの入内から一週間ほど経ったが、何か変わったことは?」


 ソルテラが答える。


「はっ。馬一頭と運動場が時折強奪されております」


「それは知ってる。貸出であって強奪ではない。……そうではなくて。レディやメイドたちが何か小競り合いなどしていないかと思ってだな」


 ナイトたちは顔を見合わせる。

 要するにテリオスは、「お前たちは女性たちの会話を盗み聞いていたか?」と求めているのだ。

 ソルテラは頭をかきながら絞り出す。 


「ええと、まあ、……メイドさんたちは大変そうですが」


「どういう面で?」


「元からパレスにいたメイドさんがよくむしゃくしゃして、フレアさまに連れてこられたメイドさんになだめられてます」


「怒りっぽいんだろうか」


「いや、まあ……」


 ソルテラは翁を見やる。


「レディと合わないんじゃねえですかね。お二人とも悪い子じゃあないんですが」


 翁が言うと、パレスの女性たちの人間関係も、近所の子どもたちのそれと同じように聞こえる。

 テリオスは頷いた。


「もし、メイド同士、レディ同士の関係が悪化している様子があれば報告してくれ。何か仕向けて事件でも起こされたら困る」


「何かって?」


 ある若手のナイトが聞く。

 テリオスは少し悩んで、例を挙げる。


「廊下に画鋲をまくとか」


 若いナイトたちが悲鳴をあげる。


「ガラスや瀬戸物を割ったのをなすりつけるとか」


 若いナイトたちは震える。


「流言飛語とか」


 中高年の面々が良い顔をしていないのを見て、テリオスは咳払いする。


「それが女社会だな」


「なぜご存じなんですか」


 聞かれると、テリオスは少し照れた。


「そういえば」


 あるナイトが手を挙げる。


「ミラさまが歌会を開いて、デイジィさまとフレアさまをお呼びになったそうですよ」


 テリオスははっとする。


「それだ! そういう情報を待っていた!」


「しかも、シルビアさまは呼ばれていません」


「事件じゃないか。よし、当日は応援を呼んで警備を手厚くしよう」



   Ⅵ


 そんな会議の様子は、隣の部屋から丸聞こえであった。

 もちろん隣の部屋はフィガロが押さえていて、ユーノスも伴われている。

 ユーノスが議事録を取っている間、フィガロは考え事に集中することができた。

 会議が脱線したころを見計らって、呟く。


「当日だけじゃだめだろう」


 フィガロは全くテリオスを信頼していない、そういう姿勢をユーノスはもう何回も見てきた。


「そうですね」


「というか何も、シルビアさまが慣れ合わないのはいつものことだ。フレアさまが来たからじゃないぞ」


 ユーノスは小さく愛想笑いする。


「まあ、このくらいでは大事にはならないだろうから放っておこう。悪いね、無駄足だった」


「いえ」


「一応もらっておくよ」


「走り書きですみません」


「いいよ。君のは割と読める。月末のヘッドと同じレベルだ」


「月末のヘッドはこんな字を提出するんですか」


「うん。ちゃんと受理されてるよ」


「ええ……」


 ユーノスは引き気味である。


「もしムラーノさまなんかが目になさったらお怒りになるだろうけどね」


「そうですね。そうならなければ良いのですが」


「ヘッド自身はそうなることをお望みだからね。どうしようもない。そのときは君が清書するといい」


 太政大臣が直接読むものを自分が書ける、なんと名誉なことであろうか。

 と高揚しつつも、あんなテリオスの意見をそっくりそのまま書くのは納得いかない。

 考えているうちに、返事のタイミングを逃してしまったことに気づく。


「はは」


 フィガロは軽く笑い、椅子から立つ。

 そして、ユーノスの頭に触れた。


「大丈夫。まだそんなに考えすぎなくてもいい」


 ユーノスは驚いて振り払う。


「俺はやりかけの仕事があるから、君は休憩してていいよ。また二時に」


 フィガロは颯爽と出ていった。行き先は分からない。

 ユーノスは一旦椅子に座って呼吸する。フィガロとの距離感に悩んでいるのだ。


 落ち着くために、弓の稽古をすることにした。

 運動場の脇にある的を狙う。

 届きはしたが、中心から僅かにそれたところに当たったのみで、落ちてしまった。


「お見事」


 その声は、隣の的を狙おうとしている男からであった。

 濃い色の狩衣を着た貴人――キャロル・セツ・ウェアクラスである。

 弓は武人に限らず、文官の貴族も嗜む芸なので、こうして仕事終わりや休憩中の文官が混ざっていることもある。

 弓弦を張る。

 放たれた矢は、的に当たらないまま落ちた。


「はは。私はこの様ゆえ」


「いえ。ちゃんとまっすぐに飛んでいましたよ。良い筋です」


「皆そう言ってくれるのだが、なかなかこれ以上上達せず」


 キャロルはユーノスと親し気に語る。


「やはり、訓練とばかり思っているからであろうな。ナイトやソルジャーのようには」


「良いではありませんか」


 ユーノスはつい、言い返したくなった。


「俺たちのように、仕事で戦わなければならないなど、ない方が平穏でございます」


「うむ。それもそうであるな。しかし君は偉い。戦わずともよかろうに、戦う準備を怠っていない」


「ですから、俺はナイトで」


「ナイトの中でも、君は後方だろう。見ていても、話していても分かる」


 キャロルの声には自信があった。


「なぜ」


「すべてがとても丁寧だ。ただ人ではなかろう」


「四番隊所属、……ユーノス・トウ・アクアンプと申します」


「アクアンプ家の方であったか。ここで会えるとは奇遇。今度、歌会に来ないか」


「え?」


 ユーノスは聞き返した。


「詠めるであろう。聞いているだけでも良いが」


「詠めます。詠めるので、参上いたします」


 キャロルは笑顔になる。


「良かった。いつも同じ面子ではつまらないからな」


「どんな方がいらっしゃるんです」


「そうだな。……ホストはレディ・ミラで」


 ユーノスは仰天する。


「フレア殿もご招待されている。我が妹のデイジィもいる。男でいうとレックス殿など」


 ユーノスは仰天ついでにむせて、弓を置いた。


「大丈夫か?」


「いえ、つい先日までレディ・フレアのご身辺の警護に当たっておりまして。

数日しかおりませんでしたのでフレアさまがお覚えになってくださっているとは思わないのですが」


「なんと、それも奇遇であるな。楽しい会になりそうなことよ。それでは、また追って手紙を出そう」


「ええ、お待ちしております」


 キャロルは再び弓を持つ。

 ユーノスも弓の稽古に来ていたことを思い出して、再び構えた。

 ユーノスの姿勢を見て、キャロルは自分の姿勢を直そうとするが、ユーノスが動揺しているのでなかなか決まらない。

 傍から見ているだけの武官たちは、お坊ちゃん二人が並んで遊んでいるというふうにだけ見ていた。

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