2話 贈り物には昔話を添えて 下
Ⅳ
――かき分けて、青山にでも探しばや。得がたきものを汝がためにこそ
――生ひ茂る草木の中に混じりても、吾が背は花のごとおはすらむ
アリアが詠んで書いた歌をフレアはそのままエンペラーに贈った。
ひとまず礼儀としての返歌が済んだ。
と、思っていた。
が、その日のうちにエンペラーからは更なる返歌が贈られた。
――吾が花は宮の中に見つけたり。いかで野山に出でにけむ
アリアが詠んだ「エンペラーこそ花のように大事だ」という歌に「エンペラーにとっての花は野山でなくパレスの中にいる、あなたである」と返してきた。
フレアには嬉しいことであり、苦しいことでもある。
なぜならまた返歌しなくてはならないからだ。
大慌てでアリアを呼ぶのを近衛のナイトらが聞いていた。
Ⅴ
そのナイトの一人はユーノスといって、勇敢さより慎重さや堅実さを優先する面でナイト・デピュティ(副頭)のフィガロと同類の男であるが、フィガロよりは繊細な青年である。
定刻になり、交代のナイトらと入れ替わりにこじんまりとした隊舎に戻る。
同じく仕事終わりのナイトらが隊舎に戻ってきて軽食を取りながら、それぞれが見聞きしたことを誇張混じりに茶化して語っているのを、近くにいても面白く思えない。
しかし集団の中で、一人、二人は、そういう者を気にかけるものである。
先輩のアルザが隣に座って問う。
「どうだった? ヘッド(侍頭)お気に入りのレディ・フレアは」
「どう、とは」
「美人だったか」
「エンペラーのレディですから、間違っても僕なんかが拝見して許される方ではありません」
「そんなに気位が高いか」
ユーノスの説明を、アルザは冗談として流してしまった。
ユーノスは腹の前で手を組む。
「それはそうでしたが、……」
「が?」
アルザはユーノスを覗きこむ。
近づかれるほどに、ユーノスは背を丸める。
アルザはその背を叩いた。
「まだ緊張してるんだろう! あんまり尊い人に気疲れしてるようじゃ、やっていけないぞ」
その声が食堂に響く。
ユーノスはびくついて、アルザが出した大声の六割程度の大声をあげた。
「別に! ただ、……」
自分の大声にも驚いて、だんだんと小さくしていく。
「あんな方でもエンペラーのレディなんですから。好き勝手に噂をするのは違うと思います」
「あんな方?」
声が小さくなっても、周囲のごろつきたちは、ユーノスとアルザがただならぬ話をしていると、感じ出した。
「あんな……」
「だからどんな方なんだ」
ユーノスは鼻先を赤くする。
「……歌も詠まれないような、歴史もお分かりでないような」
アルザはユーノスと肩をくっつける。
「へえ?」
「きっと、ご衣装もメイドが選ばなければめちゃくちゃです」
「畳み掛けるな」
「あんなレディと同格なんて、シルビアさまのご機嫌もよろしくないでしょう」
「シルビアさま……。ああ」
アルザはユーノスについて思い出した。
ユーノスの家はもともと、シルビアの家――ウィステリア家の外縁であったのだ。
下級貴族として所領があってもおかしくなかったはずなのに、今やこうして、ユーノス一人の宮仕えでみすぼらしい家一軒を支えている。
この代になってウィステリア家から特別な恩を受けたことはないが、繋がりがあると思うと、成功した分け前をわずかでももらえないだろうかと期待してしまう。
「お前、シルビアさまのお傍仕えがしたいのか」
「そういうわけでは」
「じゃあ、ムラーノさまの侍従にでも?」
ムラーノというのは、シルビアの父で、現太政大臣である。
エンペラーに直接政治の提言をする国の重鎮であり、実質的な為政者である。
「それは名誉なことでしょうけれど」
「けれど?」
「自信がなくて……」
アルザをはじめ、周囲のナイトたちがそろってため息をついた。
「お前、空でもいいから自信をつけろ。野心があれば男は偉くなる」
「そうでしょうか」
「その方が思考が楽なんだろう」
アルザとユーノスの頭上で疲れた声が通り過ぎる。
二人は同時に立ってその役職名で呼び止める。
「「デピュティ」」
「やあ」
フィガロは片手をあげて立ち止まり、引き返す。
もう片方の手には湯呑がある。
これが彼にとっての軽食であった。
「テリオス(侍頭)が気にしそうな話だと思って、聞いていた」
フィガロは片手で「座れ」と合図する。
アルザとユーノスは慌てて頭を下げて座る。
「委縮しなくていい。情報の共有は必要だ。……つまりは、レディ・フレアの教養は君以下だと?」
アルザとユーノス、その他のナイトたちは視線で会話しようとする。
言葉にされない「やや是」である。
「なら、俺未満なんだろうね」
フィガロも、元は臣籍降下したプリンスの末裔だと言われる家に生まれている。
代々大学の教師を継いできたのだが、次男以降には仕事が定まっていない。
フィガロはたまたまナイトになっただけで、いつでも大学の教師を代われるような勉学を身につけている。
「君、そのプライドは大事にしなさい。大義名分は使うときまで守らなければならない」
「……使うとき」
「昔は、采女が直接エンペラーに仕えていた。
女御も、太政大臣も存在しなかった。
取って代わる名誉な地位はいかようにでも発生させられる。
けれど、担う人間が仕事と名前に見合う背景を持っていないと認められない。
血縁はその一端になる」
「デピュティ、すご……」
アルザは眉をしかめながら口を開けている。
ユーノスはフィガロの目を見ている。
「この間の、ヘッドの演説の続きですか」
「そう捉えてもらって差し支えない」
「デピュティはご協力なさりたくないのかと思っていました」
「まだ判断するに値しない、夢の話だったからね。反対に今の俺は昔話をしただけさ」
フィガロは、首を傾げたり腕を組んで考えてみたりしている周囲のごろつきたちを見渡した。
それからユーノスと目を合わせる。
「君も、自信がなくても昔話くらいできるだろう」
ユーノスは即答しない。
「客観的な史実を述べればいい」
ユーノスは唾をのむ。
「……昔のパレスは、文官ばかりが高い地位を占めてはいませんでした」
「そうだ」
「でもそれは、そうである必要があったから。戦いがあって兵数が必要だったからです。でも今は違います」
「合っているよ」
「戦いのない時代に武官が多いと、仕事を奪い合おうとして、無駄な戦いが起こります」
「うん」
「かといって文官ばかり増やしても、結局はソルジャー|(兵)やウィザード|(魔導士)を雇って同じことが起こります。
時間が立てば自然と体制は変わる。……おおよそ百年、二百年ごとに。
このパレスが建てられてからは百二十年が経ちましたが、」
ユーノスはフィガロの目を見た。
「それ以上は何とも」
「よろしい。……君は二番隊だね」
「はい」
「名前は」
「ユーノス・トウ・アクアンプ」
フィガロはユーノスの肩に触れて、去っていった。
じわじわと、食堂に居合わせた一般ナイトたちがユーノスの方を向き、指をさす。
「「「出世……?」」」
ユーノスもじわじわと自分の顔を指さす。
「僕が……?」
昼下がりの食堂は前祝いの大騒ぎになった。
ナイトの隊舎と隣り合った内侍の事務所にも、その騒ぎが聞こえていた。
Ⅵ
内侍のエリオは、フィガロから異動の申請を受け取った。
人事はそれぞれの頭に任せられ、申請されたものはほとんどを審議しないまま承諾させることになっている。
内侍が確認するのは、書類の書き方くらいなものである。
「申請者がヘッドでなくデピュティになっていますが」
弱冠二十歳のエリオは、上長に報告する。
上長は一応その紙を受け取って、フィガロの筆跡と名前、印鑑があることを目にする。
「悪びれもしていないな」
というのは、部下が上司の筆跡を真似て名前を借りている、要するに偽造された書類を見かけてつき返すことがあるからである。
「返してきますか」
「いや、いい。同部署内で昇格も伴っていないし、わざわざテリオス殿とやり取りしたくない」
エリオと上長は笑う。
テリオスの野心は文官にも知られるところで、好き好んで接触しようとする者は少ないのだ。
「では、代筆の旨を記していただけますか」
「うむ」
上長は筆を執る。
これを以てユーノス・トウ・アクアンプがナイト・四番隊に異動することとなった。
フィガロ・プレイル・オリズが隊長を兼ねる、外に実動内容が知られない隊である。




