2話 贈り物には昔話を添えて 上
Ⅰ
エンペラーはその夜も、目新しいレディ・フレアの部屋で休んだ。
それが三日続き、次の夜、ようやく言葉を交わした。
「汝、何を欲するや」
知ってはいても、フレアは驚いた。
エンペラーはなんと堅苦しい言葉遣いをするのであろうか、と。
同時に、答えにも困る。
遠慮するべきなのか、正直さを見せるべきなのか。
固まっているフレアを、エンペラーは待ち続けている。
きっと、他のレディたちともこのような交流をするのだ。
そう気づくと、ほっとした。
「お心遣いありがとうございます。パレスでの暮らしは私の見たことのないものばかりで感激しているところでございます」
エンペラーは尋ねる。
「何に喜ぶか」
「お食事は大変素晴らしゅうございますわ。毎日色々なものをいただけます」
「善哉。汝が家では何を食いたる」
「くるみやぼたんがよく出ていましたわ」
エンペラーはおもしろそうにする。
「胡桃も牡丹もいずれ出さしむ。吾も、汝が好物と思えば」
取り留めのない話に、フレアはひどく緊張していた。
思えば、レディの食べ物として牡丹肉を挙げる必要はなかったし、胡桃というのも田舎くさいように思われる。
それでも、木の実の味がフレアには馴染んでいた。
翌日のことであった。
やはりエンペラーは朝早く出て行ったのであまり会話できなかったが、エンペラー付きのメイドがやってきて、フレアに贈り物を置いていった。
籠を開けると、中にはゆで胡桃と懐紙が入っている。胡桃はフレアが好物と言ったからくれたのであろう。
懐紙には、牡丹の花の絵と共に、
――かき分けて、青山にでも探しばや。得がたきものを汝がためにこそ
歌が詠まれている。
この季節に牡丹を山に探しに行っても無駄なことである。それでもレディ・フレアを思えば、探しに行ってしまうのだ。という。
恋と親切の気持ちはありがたいが、実際にエンペラーが山の中に探しに行ったわけでもないというのは皆が分かっている。
そして、その〝牡丹〟ではない。
フレアが巷の言葉として知っているものでも、エンペラーは知らないのである。
Ⅱ
さて、エンペラーからの贈り物は他のレディたちにも及んでいる。
レディ・シルビアには高級な砂糖菓子がいつものように、レディ・ミラには鉢植えの花が、そしてレディ・デイジィには夏用の衣と髪飾り、そして歌が贈られた。
メイドたちの噂話をスピアから聞いて、フレアはミラを訪ねた。
窓辺に鉢植えが並べられている。
その中に、今朝贈られた百合の鉢植えもある。
まだ大きな花は蕾んでいるのだが、ここから育てていくことをミラは楽しみにするのであろう。
対の棚には間引かれた花や枝を挿した花瓶がある。
「レディ・デイジィはエンペラーからのご寵愛を特別に受けていらっしゃるのね」
フレアが笑顔を繕って話しているのを、ミラは見抜いて、噂の真相を確かめに来たのだ、と推察した。
「ええ。デイジィさまはお生まれになったときから入内なさることが決まっておいででしたので、エンペラーとのお付き合いも長ういらっしゃいます。お互いに欲しがられるようなものを、先回りしてお贈りなさっているのですよ」
フレアはとうとう顔を崩した。
「それでは、父がやっと右大臣を十年務めて決まった私なんか、歯が立たないじゃありませんの」
自分に素直さを見せるフレアに、ミラは同情した。
「確かにお付き合いが長いことは良いことでございますけれど、新しい出会いを無碍になさるほど、エンペラーは冷たいお方ではありません。これから関係を築いていけばよろしいのではありませんか」
「そうはおっしゃっても、レディ・ミラはどうお思い? あなただって、……失礼かもしれませんが、心もお姿も美しいという評判がなければ、お声もかからなかったようなご縁でしょう」
ミラの父は一国司であった。
ミラを産んだ母も、まさか娘がエンペラーのレディになろうとは考えもしないで育てていた。
たまたま美女だという噂が流れて、父が誰の政敵にもならないようなぼけた貴人であるということで、レディ・シルビアの後に入内した。
「お恥ずかしいことですが。……そういう身分なので、ここに住まわせていただくだけでもう一杯なのです。今以上のことは望みませんし、これからどうなっても誰も恨みません」
「なんて弱気なことを」
フレアは茶を一気に飲み干す。
「噂通りのお優しい方だとは思いましたが、優しすぎるのも良くありませんわ」
「優しいのではありませんよ」
「いいえ。なんというか……」
生きる目的が違う。フレアはそう思って、言わなかった。
「いえ、私のこと、悪く思わないでくださいね」
「ええ。私は、フレアさまに何かお困りごとがあったらお助けします。できることは少ないかもしれませんが、それでも、こんな暮らしをさせていただいているからには、なるべく多くの人に報いたいのです」
「そう。そのときはきっと私、ご恩をお返ししますわ」
ミラは自分が高い地位を望まないことで、フレア以外の女たちからも慕われているのであろう。
ミラの父が大臣にならないうちに隠居して、穏やかに読経などしながら、たまに訪ねてくる殿上人の相談に乗っているのと同じである。
しかしフレアは、そういう昔ながらの貴族たちの当代の名をいちいち覚えていない。
Ⅲ
しかしフレアがエンプレスになろうと思えば、そういう昔からの貴族たちに受け継がれてきた文芸を身に着けなければならない。
シルビアが指摘するように、言葉づかいなど、本人ができているつもりでも、傍から見れば田舎の労働者と区別がつかないようなこともある。
今差し迫っては、エンペラーから贈られた歌を歌で返さなければならない。
これはフレアも自覚して苦手なことである。
話し言葉くらいであればどんなメイドにも教わることができるが、歌に秀でたメイドはあまりいない。
都生まれで、博識な親の元に生まれた、中流以上の家の娘が適任である。
シフォンとスピアはアリアという、前のエンプレスに仕えていた老女を探してきた。
アリアには息子がいる。
彼が内侍として宮仕えしている縁で、尼削ぎの髪に布を被り、再びパレスに戻ってくることができた。
「歌というのは、エンペラーと民の心を通わせるものでございます」
「私は民じゃないわ」
フレアは強気で意見する。
「今は尊いご身分でいらっしゃれど、昔であれば、エンペラーとそうでない者、ただそれだけでございました」
「昔」
「アルディジア家やピリオド家、オリズ家などといった方々がエンペラーをお支えし、国をお造りになったころ。
もしくは、それよりもっと昔。エンペラーが神の子としてこの地に降り立ち、土地〃〃の精霊をまとめ上げたころのこと」
「おとぎ話なんかよろしくてよ」
「お嫌いですか」
「意味がないもの」
フレアの目に迷いはない。
誰かが教えて、物語を嫌っているわけではない。
アリアの目にはそう見えた。
「そうでございましょうか。この世そのものに助けなどないのですよ」
「なくたって、おじいさまもお父様も武勲を立ててこられたんだもの。私にだってできるわ」
アリアはふと、庭に目をやった。
簾越しに、小さな薔薇の木が植えてあるのが見える。
深紅の花ばかりではない。
とげのある枝も、虫食いの葉もある。
レディ・フレアに歌はまだ早いのかもしれない。
アリアはそう思いいたった。
メイド二人が気を緩めてうつらうつらとしているのを見て、フレアに伝えた。
「では今回は、私めが代わりに歌をお詠みしましょう。それに目を通されて、ゆくゆくはご自分でお詠みになればよろしい」
「ええ、それがいいわ。あなた、役に立つわね」
フレアは屈託のない笑顔で答える。
来週は作者休日出勤予定のため休載いたします。通常勤務の皆さまもご安全に!




