11話 私のかわいいお人形 下
Ⅳ
ユーノスに遅れて隊舎に戻ったアルザは、仮眠室を見渡して、彼の姿がないことに気づいた。
一瞬、レディ・フレアからもらったケーキを届けに家に帰ったのかも、とも疑ったが、盗賊がエンペラー一家を狙っているような状況で、そんな甘えたことをするような男ではない。
「へえ、」
短く吐き捨てると、アルザも仮眠室にはとどまらなかった。
行ったのは隊長室である。
「ヘッドー! 俺だ」
アルザは美声を張る。
テリオスは失礼な呼びかけだと思いながらも、アルザからの報告を受けないわけにもいかない。
レディ・フレアの近況を知りたくて仕方ないからだ。
適切な距離を保って、向かい合って座る。
「ウィステリア関連が一つ、スキャンダル関連が三つ。どれから聞きたい?」
「おちょくってるのか」
「じゃあ、真面目にウィステリア関連から。フレアさまにシルビアさまからお手紙が届いた。シルビアさま、フレアさまが有能なのを知って、利用しようとしてるぜ。デイジィさま……ウェアクラス家を潰せって。自分の手は汚したくないんだなあ」
「なんてひどい」
「だろ? まあ、シルビアさま本人が言ったのか、父兄どもから言わされているのか、分かんねえけどな」
「ああ、それはもちろんだが……」
二人の話とは裏腹に、障子から入る午前の日がまぶしい。
小鳥は機嫌よく鳴いている。
「じゃあ、スキャンダルの方なんだが、」
「待て、心の準備が」
「昨日の晩もエンペラーが来たぜ」
「なんだと」
テリオスはショックに打ちひしがれる。
「何とかして阻止できないのか」
「何とかしてっていうと……、エンペラーと一騎打ちするしかありませんよ」
「無理だなあ」
「じゃあ、お父上のシャルマン卿か、お祖父さまのシャレード卿か」
「もっと無理だな」
「じゃああきらめてください」
「うーん……、」
アルザはテリオス笑い飛ばす。
「じゃあ、スキャンダルをもう一つ。こいつにはヘッドは勝てますよ」
「なんだ」
「その、エンペラーが帰った直後。多分……、まだ薄衣一枚のフレアさまに、プレオっていうソルジャーのガキが会ったんだ」
テリオスの顔色が変わる。
「プレオ?」
「十二から五歳くらいの、アンダークラスみたいなガキだ。なんであんな奴がパレス・ブレッシュに入ることを許されてるのか分からないが」
「ソルジャーが一人いるっていうのは聞いていた。誰かが適当に選んだんだろうが……、それは、今日に限った話か」
「確証はないが、フレアさまが叫んだりしてないから、しょっちゅうなのかもな」
「ソルテラは何か言ってたか」
「何も。多分、気づいてない」
「くそが」
テリオスは語気を強める。
ソルテラを責めたいわけではない。
これまで放っておいていた自分が憎いのだ。
「今すぐにでもそいつを追い出す。雇った奴もだ」
「セネターらしいぜ」
アルザは続ける。
「ヘッド、セネターを潰すのか?」
ナイト・ヘッド(侍頭)は責任の重い仕事であるが、地位や俸禄はセネター(参議)に劣る。
あくまでも大臣の命に従って現場を指揮する立場でしかなく、国政に関わったり、エンペラーの意思決定に助言したりなどできない。
正式な手続きを踏んでセネターを訴えたり、ましてや職務から追放したりなどもできないのだ。
「やるってんなら応援するぜ。おもしろいし」
「お前、正気か?」
「ヘッドだって正気じゃないだろ? こんな時代に正気なんか保ってたら生きていけない」
「それもそうだが。……そうだ、スキャンダルは三つあると言っていたな? もう一つはなんだ。それによっては……」
「もう一つはフレアさま絡みじゃない。俺のかわいい後輩」
「ナイトがスキャンダル? 誰と?」
「ナイトどうし、フィガロとユーノスさ」
「ああ……」
テリオスはげんなりする。
「密談が多い。フィガロがユーノスを使って、何か企んでるんじゃないか?」
「まあ、事が大きくなる前に異動でもかけるか」
「それで済むのか?」
「それしかできないんだ。フィガロを辞めさせたら職務に支障がでるし、ユーノスを辞めさせたら生活がかわいそうだ」
「……うん、辞めさせる方が悪手かもな。ある程度監視できるところに置いておく方がいい」
「おれもそう思う。目をつけておいてくれ」
「ほいよ。じゃ、これで」
「うん、ありがとう。アルザの気前の良さと、軽妙さには助かる」
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる?」
アルザは手を振って、隊長室から出ていく。
テリオスも流されて、手を振って見送る。
そしてふと、我に返る。
「そういえば……、何者なんだ?」
Ⅴ
一方、アルザとユーノスが休憩に入って、安定感のあるソルテラと翁が警護を代わったフレアの部屋でも、ナイトの隊舎と大差ない話題が盛り上がっていた。
「まったく、アルザさまは失礼なようで謝るのがうまいから、見過ごされているんですね」
スピアはアルザが気に入らない。
「世渡り上手ね。どこか憎めないというか、底が知れないというか」
フレアはアルザを良く評価している。
「頭が良さそうですわね。お手紙のことも、聞いたらよい答えを教えてくださるでしょうか」
シフォンは頼れるものすべてに頼ろうとしている。
なりふり構わないところは、幼少期からフレアを見てきたせいであろうか。
「いやぁー、……それはやめておいたほうが、いいかもしれませんよ」
シフォンをとめたのは、アルザの上長にあたるソルテラであった。
「なんでですか?」
「いや、賢いのは賢いんだけどね。ちょっと適当なところもあるから。それでいて口は上手いから、適当に言ってることが当たってるように聞こえて、信じちゃったら大変だ。大事なことは相談しない方がいい」
「あらまあ」
「やっぱり、その程度の人間なのですよ」
残念がるシフォンとは反対に、スピアはいらいらしている。
が、いつものことなので、フレアはそう心配しない。
「えー、じゃあどうしましょう?」
「手紙が来たのだから、手紙で返すしかないわよ。何か適当に、他にばれてもウィステリア家にすべてをなすりつけるようなことを」
「フレアさまは頼もしいなあ」
ソルテラは陽気に笑っている。
弁は立たなくても、いつも機嫌よく、おおらかで、肝の据わったおじさんは、皆から好かれる。
Ⅵ
《レディ・シルビア
お贈りくださったお菓子は本当においしゅうございました。レディ・デイジィにもお裾分けしましたが、とても喜んでおられました。
お礼をなさりたいとのことでしたので、お元気になられましたら、お会いなさってくださいませ。
私からは先に、東国のお茶をお贈りします。お口に合うか分かりませんが、珍しいものですので》
フレアは一人で手紙を書きあげた。
「デイジィさまにお菓子を……?」
シフォンは疑問に思う。
「シルビアさまが毒入りの食品を贈ってきて、私がそれを食べさせたということにするのよ。していなくても」
「シルビアさまには伝わるでしょうか」
「伝わらなかったらそれまでよ」
フレアは言い切って、スピアに手紙を持たせ、小間使いに届けさせた。
そしてシフォンには再び買い物を頼むことにした。
デイジィと、ついでにミラにも毒入りではない菓子を贈るためである。
「プレオ、出ていらっしゃい」
シフォンの護衛にと呼んだが、出てこない。
「おねむかしら」
煽ってもどこからも出てくる気配はない。
「プレオさんー?」
シフォンが呼んでも出てこない。
かといって今いるナイトを一人使うと、フレアがその者と二人きりになってしまう。
ユーノスかアルザが戻ってくるまで、フレアたちは待っていることにした。




