11話 私のかわいいお人形 上
Ⅰ
《レディ・フレア
私の里に下がりたるによりて、暇を持て余したるは悪し。レディ・デイジィから目をな逸らしそ。ウェアクラス家は常にぞパレスの奥深きに居座りたりつる。機会が整えば多くを手中に入るるなむ。エンペラーの近くを古五家に占領されるよりはホライズ家に分け与えるが悪からず》
手紙をフレアが持ち、後ろからスピア、シフォン、プレオまでが覗いて皆で読んだ。
「上から目線な奴だな」
プレオは恐れず言う。
「それは、そうですよ。ウィステリア家のシルビアさまですもの」
「ウィステリア家だから何だ。地位はフレアと同じなんだろ」
「それもそうですが」
メイドたちは諌めながらも、プレオの正直さに共感してしまう。
「そうです、フレアさまも言い返してさしあげるのはいかがでしょう? わざわざ手をかけずとも、分け与えられなくても、天下はホライズ家のものです、なんて」
シフォンがそう言う。
以前のフレアなら、その通りに筆を執ったであろう。
しかし今は、
「それは正しいことだけれど、……」
と悩む。
シルビアは何か作戦があって、このような手紙を、このような形でよこしてきたのだと思われるのだ。
利用されている、フレアはそう思わざるを得ない。
ひどい仕打ちを受けたくなければ従うのがよいが、フレアはシルビアの操り人形ではない。
利用されているふりをして、利用しかえしてやるべきだが、さて、どうすればおもしろいだろう。
フレアはまたシルビアに悩まされる。
ふと、気がついて、窓に目をやると、アルザが庭からこちらを見ている。
フレアと目が合うとウインクした。
「入っていらっしゃいな、きざな殿方」
フレアが茶化すと、アルザは踊るような所作で室内へ上がってきて、一礼で締める。
「いや、いくら高貴なレディもおられるといえど、女子供で悩んでいても仕方ないと思えまして」
「失礼ね」
スピアは遠慮なく言う。
アルザが貴族でない、スピアと同じような身分だと知っているからだ。
「そんなつもりは。俺だって、男ばかりじゃ難しい壁にぶつかったときは、ご婦人の手を借りることにしている」
「例えば?」
「例えば……、例えば。寂しいとき、肌寒いとき……」
フレアは平気そうにしているが、スピアもシフォンも気味悪がる。
プレオも過剰に嫌そうな顔をして、指差す。
「こいつ、配属先が間違ってるんじゃないのか」
「はっはっはっはっは」
「ちょっと、アルザ先輩」
ユーノスが廊下側の戸を三寸ほど開けて顔を出す。
アルザはフレアの前を通り過ぎてそちらへ近づき、戯れるように、ユーノスの前髪をなでる。
ユーノスはむっとする。
「今のはなかったと思います」
「さすがは坊っちゃん、レディとプリンセスの味方だな。俺もだが」
プレオはユーノスを褒めるついでに自分も持ち上げる。
「味方というか、倫理観に従ったまでというか……」
ユーノスが戸の裏から出てこないのを、プレオはまじまじと見つめている。
「なあ、アンタの家って、……」
「アクアンプ家だけど」
「そうじゃなくて、場所だ。どのあたりに住んでる? 垣には何を植えてる?」
「おいおい、お前まで強盗になる気か?」
返事に困ったユーノスに代わって、アルザが冗談を言いながら、プレオに近づく。
「そうじゃなくて」
「言いづらいことか?」
アルザから問い詰められて、プレオは睨む。
「アンタなんかに教えるかよ。軟派野郎」
「へえ。言葉遣いには気をつけろよ、汚らしいガキが」
まだ背の低いプレオを、アルザは悠々と見下す。
「俺は別に汚くていい。戦って生きるのにはその方が便利だ」
「ナイトだって戦えるんだぜ? お前らの手の届かないところでな」
プレオがアルザの胸ぐらを掴み上げる。
「ほら、届いた。今届くんだから、いつだって届く」
「だから何だ? お前が俺を殴ったところで、致命傷にはならない。だが、……さっきのお前殺はされてもよかったんだぞ」
「さっき?」
「いつからこの部屋に上がっていた?」
あまりの気迫にスピアとシフォンは固まってしまった。
フレアは息をついて、手を叩く。
「パレスの中で穢れは御法度よ。仲良くしなさいとは言わないけれど、喧嘩をするならお外に出なさい」
プレオはアルザを離すと、すばしっこくどこかへ逃げた。
アルザは少し頭を掻いてから、フレアの前に跪き、頭を垂れる。
「大変なご無礼をいたしました。お許しください」
「無益な戦いで味方同士を負傷させあうのは賢くないわね。振る舞いは考えなさい」
「はい」
先輩が叱られるさまを、ユーノスは見ないふりをした。
閉めた戸の前で、背筋を伸ばして深呼吸する。
腰に提げた刀を軽く握り、離す。
そこに、休憩に入っていたソルテラが戻ってくる。
ユーノスの顔がぱっと明るくなる。
「久しぶりの夜勤は疲れるだろう」
「いえ、ご心配なく。……と言いたいところですが」
ユーノスはソルテラの表情を窺いながら頼む。
「少しでいいので、仮眠を取らせていただきたくて」
「いいぞ。というか、夜勤明けってそういうものなんだが」
「ありがとうございます。では」
ユーノスは、渡されたままになっていたチェリーのケーキの箱を手に、パレス・ブレッシュの廊下を戻る。
歩きながら四方に注意を向けるが、どこにも賊の気配はない。
プレオが逃げた先も分からない。
彼は何を知りたかったのだろう。
Ⅱ
詮索を諦めて、渡り廊下の煤けた空気を吸い、ナイトの隊舎に戻る。
小間使いに駄賃をやってケーキを預けると、ユーノスが入ったのは仮眠部屋ではなく、四番隊の執務室であった。
「おはよう。夜襲はなかったみたいだね」
フィガロはこの数日、隊舎に泊まり込むことになっている。
床にはまだ布団が敷かれたまま、文机には筆が転がったままである。
「はい、幸運にも。それで、今日の報告を」
ユーノスはフィガロの前に座って、ささやいた。
〈今朝、レディ・フレアの部屋からレディ・シルビアからという手紙が見つかりました。レディ・デイジィを討てば一定の地位を保証するとの内容です〉
その手紙を女子供が囲んで読んでいたとき、その場にユーノスは顔を出していなかった。
しかし廊下で番をしながら、室内の音声に気を張って、おおよその動きを把握していたのだ。
その上で、細かい内容は、実際に室内に入ったアルザから懐紙を受け取っている。
フィガロはユーノスに更に近づき、ささやく。
〈既に動きがあったとみていい。ウィステリア家に誰か派遣しよう。それと、差出人が本当にレディ・シルビアか、誰がいつ手紙を運んだのか、疑っておきなさい〉
〈アルザ先輩には何といえば〉
〈全部このまま伝えていい。まだ問題ない。それにしても……〉
フィガロはにこりと笑い、ユーノスの頬に触れる。
「君は便利だね。こうやって触れるような距離でささやきあっても、君がきれいだからで済む」
ユーノスはじっと耐える。
「仮眠室は他の奴らも使うから、君はここで寝たらいいよ」
ユーノスはこれを単なる厚意だとは捉えなかったが、その上で、
「はい。お言葉に甘えて」
と微笑んだ。
とても妹のアイラには話したくないことであるが、パレスの中とはこういうものだと決まっている。
耐えていれば、アイラとの生活が保障される。
更なる幸せを掴もうとするのなら、気にかけてくれる上官から逃げるなどありえない。
パレスの中は、エンペラーのレディたちが信じるほど、ケガレのない場所ではないのだ。
Ⅲ
フィガロの目には、ユーノスは素直で従順に見えた。
血統も器量も備えた青年が、うまく自分の懐に転がり込ませることができて、何かと教えを請うている。
快さを感じるとともに、近い将来を期待している。
盗賊に関して、テリオスには全く予想されなかったものであるが、フィガロにはおぼろげな予測があった。
この時代は不安定である。
前代までは、エンペラーは既に子がいる状態で即位していた。
即位が済めばそのままファースト・プリンスを決めておき、その母はエンプレスとなり一族が政に加わり、エンペラーはいつでも好きなときに位を譲ることができた。
しかし今代は、エンペラーにまだ子がいない。
前代のエンペラー・ジャッジメントが予期せぬ病にかかり、準備が整わなかったためである。
それでもつつがなく国政が続いているのは、この国の政治制度が成功している証といえるが、このイレギュラーを長く続けるには不安が伴う。
後継者が決まらなければ、候補者に近い貴族間で争いが起きる。
エンペラーのレディの数が増え、そろそろ誰かが子を産むであろうという予想のもと、情報は常に狙われていた。
レディ・シルビアに妊娠の可能性があると掴めば、ウィステリア家に反抗する者たちは間違いなく、彼女を襲おうとする。
考えれば、誰もが納得することである。
フィガロ・プレイル・オリズには、エンプレスになってほしいレディ、なってほしくないレディなどいない。
ただ、その地位を巡って闘争が起きた場合、その後の混乱を最も効率的に静めることが、武官たる自分が生き延びるすべだと思うのだ。
そのためには、現在どの派閥とも癒着がなく、かといってまったくの平民でもない美しい傀儡――表舞台で英雄を演じる操り人形がいることが望ましい。
ひどい計画ではない。
自分の娘をエンペラーに差し出して、引き換えに大臣の地位を得ようとする貴族たちと比べれば、まだましな方だ。




