10話 パレスの外に知る者ありて 上
Ⅰ
アルザとユーノスは休日だったところ、パレスに参上し、テリオスに報告した。
「鷹狩の最中、森の中、川辺で不審な旅団の会話を聞きました。武装している様子で、キャピタルへ向かい、明日、何かを決行すると話しておりました」
「……盗みじゃないのか」
「思い残すことのないように一晩好きに過ごせ、という指示に違和感を覚えました。盗みを働く程度でそこまで言うでしょうか」
「……人数は」
「五、六人」
「装備は」
「馬はなし。弓も刀もあるようでしたが、姿はあまり見えていません」
テリオスの頭の中で、賊を恐れているというリタイヤード・エンペラー・カペラの語りが蘇る。
まるっきりの嘘でもなかったのかもしれない。
しかし、今、パレスの外にいるカペラを、この程度の憂慮のために警護しにいくこともできない。
あくまでも優先はパレスの中を守ることである。
熟慮の末、テリオスは指示した。
「明日決行するというのは、お前たちを騙すために聞かせたものかもしれない。
今晩から、非番でも隊舎にいる者たちに、普段の持ち場での増員応援を頼む。宿直の文官たちにも注意を呼びかけよう。俺とフィガロはここに残る」
これが最も安全な行動であろう。
そして付け加える。
「ユーノス。お前もアルザと共にレディ・フレアの護衛に戻れ。今日から五日だ」
「はい」
ユーノスはまるでだるさなど感じさせない返事と礼をする。
今までがおかしかったのだ。
フィガロの元で諜報活動や事務処理ばかりしている。
それよりは、じゃじゃ馬でも、レディの側仕えの方がよほどナイトの本分である。
そう考えることにした。
隊長室から出て、アルザは背伸びした。
「面白くなってきたじゃないか。俺たち、第一発見者だぜ?」
茶化してユーノスの不安を和らげようとしているのが伝わった。
アルザはいつも、そういう男である。
「フレアさまにお話したら、お喜びになるだろうなあ」
「そうでしょうか」
「もともと血の気が多かっただろ? それがエンペラーの嫉妬で部屋から出られなくなって、余計いらいらしたり、落ち込んだりを繰り返してる」
「おかわいそうに」
「本当に思ってるか」
アルザからの問いに、ユーノスはほほえむ。
「まさか」
「どっちだよ」
「理解しがたいことです」
「誰の、何が」
「どうでしょう」
フィガロの元についてから、ユーノスは自信をつけたようで、弁も立つようになった。
喜ばしいことでもありつつ、寂しくもある。
Ⅱ
久しぶりにパレス・ブレッシュに入ったユーノスは、フレアの部屋周辺の密度に驚いた。
メイドは二人、武官がナイト一人(翁はアルザと交代で非番になっている)と、ソルジャー一人。
そこにアルザとユーノスも加われというのである。
ずっとフレアの番をしていたソルテラは、ユーノスとの再会を喜んだ。
「坊ちゃん……! 元気か」
以前からそれほど親しくしていたわけではない。
たまたま数週間、同じ配属になっただけの間柄だ。
それなのに、まるで親兄弟のように出迎えてくれたソルテラの暖かさに、ユーノスはまた、泣きたくなった。
「はい。お久しぶりです」
「ちょうど、そろそろ会いたいって話をしてたんだ。まさか本当に」
「いいですがね、ソルテラさん。緊急事態だから、応援が来たんですよ」
アルザは淡々と、川で見聞きしたことや、ナイト・ヘッドの判断を伝えた。
ソルテラは驚きに驚きを重ねて、気が遠くなる。
「それで、一番に警備を強化するのがレディたちっていうことか」
「そう。夜間にはエンペラーもお休みになる場所なのに、咄嗟に動ける男の数が少ない」
「そりゃそうだ。へえ、大変なことだ」
「でも、不審者が必ずここを襲う話でもありませんから。それに、こうして人を増やしているだけでも、諦めるかもしれません。堂々としていましょう」
ユーノスは緊張を崩さないまま語る。
その成長ぶりに、ソルテラもまた寂しさを覚える。
純粋に称えたのは、レディ・フレアであった。
「ええ、私もそう思うわ」
ユーノスは軽く頭を下げる。
二人は歌会をともにして以来である。
「それに、山賊なんて、山でしかやっていけないから山賊なのよ。町に出てきたらお縄にかかるだけだわ」
「さすがフレアさま。強気でいらっしゃる」
ソルテラは慣れた様子でフレアを持ち上げる。
「でも、あまり人数が増えすぎないうちにとっとと捕まえることね。ネズミだって、あんなに小さくても大群で押し寄せてきたら骨折りどころか、追いかけきれないでしょう? 人の常識が通用しない相手には、数で負けたらだめよ」
「人の常識が通用しない相手?」
ユーノスは聞き返す。
「そう。何のお勉強もしていない野蛮な人たちって、後先を考えていないんでしょうけど、それがかえって、戦場の一瞬をかき乱すの」
「なるほど。……恐ろしいですね」
「頭で考えるから怖いんだ」
天井から声がする。
ソルジャーのプレオだ。
プレオは華麗に飛び降りてきて、ユーノスをにらむ。
「セネター(参議)みたいな顔だな」
ユーノスは未だ背の低いプレオを見下ろして言い返す。
「会ったことがあるのか?」
「ある。オレはセネターに雇われたんだからな」
「そう」
ユーノスはフレアに目を向ける。
「この者、レディにご無礼はありませんか」
暗に、ナイトへの礼儀がなっていない、とユーノスは腹を立てているのだ。
官位上はそれを認めるほど、ナイトとソルジャーには隔たりがある。
レディと比べれば尚更だ。
「失礼でも気にしないわよ。役に立てばそれでいいの」
プレオは得意げになる。
が、フレアはひとことつけ足す。
「どこかへ連れて行って、誰かに会わせるわけでもないんだから」
プレオがほんのり肩を落とすさまを、ユーノスは得意げに眺める。
ソルテラが
「まあまあ」
と仲裁らしきことをするが、どれもアルザやスピアから見れば取るに足らないことである。
一方、シフォンの目は光り輝いている。
その先にはもちろん、セネターのような涼しい顔をして、ナイトの制服を着こなすユーノスがいる。
視線が合うと、ユーノスはにこりとする。
シフォンは歓声をあげるかわりにスピアを揺さぶる。
スピアは仕方なく耐えているが、舌打ちしたのはプレオだった。
「頼りにされてるのはオレなんだからな!」
ユーノスに真っ向から勝負を持ちかけると、プレオは俊敏に天井裏に隠れる。
ナイト、メイド、フレアはぼうっと、その跡を見ていた。
それから夜が明けるまで、パレス・ブレッシュでは何も起こらなかった。
Ⅲ
襲撃されたのはリタイヤード・エンペラー・カペラの院であった。
数名の僧兵によりカペラの命は守られたものの、宝物庫が荒らされ、賊は捕まっていない。
カペラは蔵の中へ入り、下部たちによる掃除を観察する。
色々なものがひっくり返っているのだが、その中で一つ、気になる箱が開けられていた。
カペラのレディやプリンセスたちとの手紙が入った箱だ。
カペラはその箱を手に取る。
互いに隠居してからもやり取りがあることはありがたいことで、すべて取っているはずである。
先週、ルーチェから受け取った手紙は入っている。
しかし、息子である前エンペラー・ジャスティのエンプレス・ヴェロッサから受け取った手紙がない。
内容はまだ覚えている。
姪である現ベッドチェンバー・シルビアの体調が優れないらしい。妊娠しているのだと思うが、もしものこともあるし、本人も不安にさせないよう、公表する時期は考えなければならないというものである。
カペラはひどく立腹し、朝には再びナイト・ヘッド・テリオスを参らせた。
テリオスは一人、カペラの御簾の前に跪く。
「お主がうかうかしておる間にわしは殺されるところであった。この世に二つとない宝物が盗まれた! この責任はどう取ってくれる」
テリオスは顔を伏せたまま、まだ生きているのだから責任など生じていないだろう、と心の中で反論する。
「ナイトの派遣は引き続き依頼する。じゃが、同時に、こちらもこちらで指摘にソルジャーを雇う! その方が早い」
カペラはそう怒鳴り、テリオスを追い出す。




