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7話 菖蒲の首に巻きつく文 下

   Ⅰ


 明朝、フレアはエンペラーを待つときのようにしっかりと身支度をし、先にスピアに様子を見に行かせてからレディ・シルビアを訪ねた。 

 レディ・シルビアはやはり前回会ったときと同じように、気高く、ぴんと背筋を伸ばして座っている。

 凍てつくような視線を、フレアはしっかりと受け取る。


「ごきげんよう、レディ・シルビア」


「ごきげんよう、レディ・フレア」


 フレアも堂々と、エンペラーに初めて謁見したときのことを思い出しながら、席に着いた。

 シルビアのメイドたちもフレアに見入る。

 シルビアはまた、フレアを見定めるようにしながら、赤く塗られた唇を小さく動かす。


「あなたは、レディ・ミラ、レディ・デイジィと並んでおられるおつもりですか」


 フレアは聞き返しながら、


「お茶会はそれなりに楽しゅうございましたわ」


 と当たり障りのない返事をする。


「そうではなく」


 シルビアの細長い眉が訴える。


「私はベッドチェンバー、お二人はワードロープでいらっしゃいますから、それはそれでございますわ」


「今、身分の差はあれど、もし仮に、ワードロープにしか子が生まれなければ、次のエンペラーはワードロープの子になります」


「それはそうですわね」


「かようなことがあれば、ベッドチェンバーを出した家の恥」


「そうとも言えるかもしれませんけれど」


「ずっと適当なことをおっしゃって……」


 フレアとしては様子を見ていたつもりだったのだが、それが裏目に出てしまったらしい。

 シルビアの表情は変わらず冷たいが、口調は更に冷たくなっていっている。 

 フレアは慌ててほくそえんで見せた。


「だって、そういう細かいことでかっかしている方が恥ずかしいことだと思いませんか。

私たち、堂々としていれば神さまもお見えになって、元気で賢い男の子が生まれますわ」


 シルビアは目を伏せる。

 気を整えているのだ。


「そうやって運任せにしてきたからこそ、アルディシア家やアクアンプ家など廃れてきたのです」


 アクアンプ家といえば、ユーノスの家のことである。

 見知っているフレアは急にかっとなった。


「まるで何もしないでいるようなことはおっしゃらないでください。あのお家には素敵な若君がいらっしゃいます」


「そうでしたか」


「ええ。……」


 フレアは扇を広げて口元を隠す。


「シルビアさまはご存じありませんのね。身の回りの人はよく見ておかないと、いざというとき声をかけられませんのよ」


 シルビアには面と向かって対抗したくなる。

 しかしそれも、シルビアから仕向けられているように思える。

 世間知らずで考えなしのデイジィとは違う敵意である。


「……いざというとき、とおっしゃると?」


「いえ、私は武家ですから、そういうことも教わって、考えますのよ」


「そうですか」


 シルビアも扇を広げ、フレアに身を乗り出す。


「では、迎え撃つばかりでなく、仕掛ける方はお考えになったことはありますか」


 その囁きを、フレアは聞き逃さなかった。



   Ⅱ


「仕掛ける方、とおっしゃいますと」


 フレアは真面目に質問する。


「運ばかりでは家は守れません。あなたの仰るとおり、アクアンプ家の若君が何か行動をなさっているのなら、私たちも何かしなければ、位を奪われてしまいます」


 フレアは、ユーノスに妹がいると言っていたことを思い出した。

 もし、ユーノスが高い位を得て妹を入内させるようなことがあれば、――アクアンプ家としての血筋が考えられれば、ベッドチェンバーになる可能性もある。

 そうなれば、この一、二代で築かれたホライズ家の権威など儚い。

 フレアの子を追い越してファースト・プリンス(春宮)に選ばれるかもしれない。


「仮にそうなったとして、……ウィステリア家には何の脅威でもありませんでしょう」


 フレアはそう疑う。

 ウィステリア家も、アクアンプ家と同じほどの長い時代、エンペラーに近いところで仕えてきた臣下の家系である。

 アクアンプ家と婚姻の歴史があるのも、同じ地位にあったからこそである。


「今の脅威でなくても、あらゆる芽を摘んでおくべきなのです」


「それは、私も?」


 フレアはあどけない声を出す。

 シルビアはにこりと笑う。


「あなたは、まだ」


 フレアは微笑みを返す。


「まだ潰してしまうより、今は共謀するのが良いと思います。ベッドチェンバーの品位を守るために」


「ベッドチェンバーの地位を守るために、私の代わりに、何を潰すんです」


 シルビアは目配せをして、フレアのメイドを、シルビアのメイドたちに追い出させた。

 部屋にはフレアとシルビアしかいない。

 その上で、シルビアはフレアをベッドの天蓋|(帳台)の中に誘った。

 フレアは、シルビアの甘い香にうっとりしながらも、いざとなれば懐に隠した短刀を抜くつもりであった。

 袖を重ねながら、シルビアはささやく。


「……レディ・デイジィ」


 フレアの心臓が燃え始める。


「レディ・ミラには覇気がありません。わざわざ手を下さずとも、高い位を得ることを望まないでしょう。

しかし、レディ・デイジィは自分の高貴さに慣れきって、パレスの奥で暮らすことが当たり前だと思っている。

それでいて、それ以上のことを知ろうとしない。そういう女にエンプレス(正妃)の椅子はふさわしくありません」


 フレアはゆっくり頷く。


「ええ。そうですわ」


「あなたもそうお思い?」


「ええ、ええ。あんな甘ったれた女がエンプレス(国母)になっては、ファースト・プリンスの心身が育ちません」


「そうです。さすがはジェネラルの孫娘」


「さすがは左大臣の娘」


 フレアは賛同しながらも、やはり様子を窺っている。

 シルビアは信用に足るレディか。


「あなたはジェネラル(兵部卿)の孫として、ロード・オブ・ガバナンス(治部卿)の娘として、なしたいことがあるのでしょう」


 シルビアは甘言を続ける。


「志の強さは見えます。まだ見識が足りないだけ。私が教えてさしあげましょう」


 フレアはそのひと言に返す。

 

「教える?」


「ええ」


「パレスの奥で、左大臣家が何をしてきたと言うんです」


「戦っているのは戦士だけではないのです」



   Ⅲ


 歴々、時のエンペラーには何人ものレディが仕えてきた。

 公の女御、更衣の他、数多の采女が仕えた時代もある。

 それでもファースト・プリンスはただ一人。

 他のプリンスやプリンセスも、並の家の子弟の数を超えない。

 エンペラーが選ぶ美女たちが子どもを産むことに適していない、などという理由ではない。


「パレス・ブレッシュは、決して安全な花園ではありません。

花の枝は剣として、歌う鳥は鷹として、政敵のレディとそのプリンスを狙っている。今に始まったことではございません。

昔、夫であるエンペラーを亡くしたエンプレスが、自分の産んだ子をファースト・プリンスとするために、義弟からの求婚を断り、亡き夫への謀反であるとして、臣下をして殺しせしめたことがございましょう」


 昔話の嫌いなフレアも、彼女を知っていた。


「エンプレス・ヴェロッサ」


「そう」


 エンプレス・ヴェロッサはエンプレス(女帝)としての地位を固めながら、隣国との関係を対等なものにするため、法整備や官僚制度の徹底を行った。

 これは、それまでのエンペラー(男帝)が行おうとしても、昔付き合いの家臣たちの顔色に負けたり、言いくるめられたりして、できなかったことである。


「私が思うに、エンプレス・ヴェロッサは、少女時代からそういう気質――王としての器を持っていたのではありません。パレス・ブレッシュに入り、生き残るために強くなっていったのです。

逆を言えば、生き残るためにはエンプレス・ヴェロッサを目指さなくてはならない。

レディ・フレア、あなたは、エンプレス・ヴェロッサ以外のレディの名をいくつご存じ?」

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