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7話 菖蒲の首に巻きつく文 上

   Ⅰ


 次の日の午後、これから退勤というときに、ユーノスは先輩のアルザに伴われて、隊長室に呼ばれた。

 訳も分からず緊張するが、昨日はエンペラーのレディやセネターと話していたと思えば、ナイト・ヘッドなど目でもない。

 呼び出しの理由はまさにその歌会であった。


「お前、なんであんなところに」


「キャロルさまに呼ばれたからです」


「ウェアクラス家の?」


「はい」


「それは、脅されて?」


「いいえ、友人として」


「へえ……」


 テリオスは沈んだような表情をする。

 ユーノスにはその訳が分からなかった。

 自分は貴族で歌を詠めるから歌会に参加した。

 しかし、テリオスはそうでないので呼ばれもしない。

 それは当たり前のことである。


「フィガロか?」


「はい?」


「フィガロがそうしろと言ったのか」


「いいえ全く。報告はしましたが、普通に、行っておいで、と」


 テリオスはため息をつく。


「まあいい。レディ・フレアに近づけ。ナイトに好意を持ってもらえるように」


「もともとご親切ですし、ヘッドも私的にお会いなさっているのではありませんか」


 テリオスは目を見開く。

 ユーノスはまた当たり前のように言っている。


「ええ。ですから、エンペラーがご心配なさって、フレアさまの警護を増やして、外出を禁じられました。フレアさまは窮屈にお思いのようです」


 ユーノスはわざとらしく爽やかに微笑む。 


「レディと、気軽にお話できるとはお思いにならないことです。……エンペラーのレディでなくても」


「俺の方が上官だぞ」


「それはもちろんですが」


 生まれ持った身分を思い知れ、テリオスにはそのように聞こえた。


「今度は漢詩の会に呼ばれております。レディたちはいらっしゃいませんが」


 テリオスは心の中で唾を吐いた。


「良い。ナイトにも文化があることを知らしめてこい」


「はい」


 ユーノスの礼は優雅である。

 ただ、テリオスにはそれがナイトらしく見えなくなってきた。

 フィガロがだらだらと漢籍を読んでいる姿、あるいは、遷都によって地位を奪われた貴公子の物語と重なる。



   Ⅱ


 フレアは再び自室に閉じ込められて、歌会での話を思い出していた。

 デイジィが、武人としてのユーノスを褒めて、文官としてのキャロルを乏しめていた。

 フレアは武官の地位を高めたいと思っている。

 一致しているようだが、どうしてか、むかむかして仕方ない。

 ユーノスは武官の中でもかなり貴族的な青年である。

 デイジィはきっと、本当の武人を見たことがないのだ。

 フレアの父や祖父に率いられても、ユーノスは戦場で戦えないだろうが、デイジィはそういう事情を想像すらできないだろう。

 フレアは深窓の令嬢の憧れには同調できなず、むしろ、舐められた気になった。


「滴りて、滝の流れを知りてなほ、ふるさとにある武士(もののふ)の夢」


 フレアが詠んだ歌である。

 遠征先で眠り、滝の音で目が覚める。滝があるような辺境にいても、夢に見ていたのはふるさとの我が家である。

 雪で行動が狭められる冬よりも、水場を辿れば移動できる夏に、大規模な討伐が行われることを踏まえた、夏の歌である。

 デイジィは「すてきですね」としか言わなかった。

 他の女たちもその程度であったが、やはり、デイジィの反応ばかり、フレアには気になって仕方ない。

 同い年でも、育ちが違えばこれ程お話にならない、そう思えばこそであろうか。

 考えれば考えるほど、脇息にもたれるフレアの眉間に皺が寄っていく。

 シフォンは知りつつも、黙っていた。


 そうしていると、部屋の戸が叩かれる。

 シフォンが出てみると、先日、怒鳴りに来た、シルビアのメイドではないか。

 低い位置に結んだお団子頭が、いかにもてきぱきとしていそうな雰囲気である。


「シルビアさまより、贈り物でございます」


「ええ~? どうなさったんです」


 シフォンもさすがにフレアの不機嫌に悩まされていて、他のメイドと話す機会が得られたことに浮かれている。

 厳しいシルビアのメイドでも構わないのだ。


「この頃フレアさまのお部屋がお静かなので、どこか具合でもよくないのか、とご心配です」


「なんというお心遣い……!」


 疲れ切ったシフォンは感動する。

 素直に喜んでいるシフォンを見て、シルビアのメイドもまた、頬を緩ませた。


「あまりうるさすぎるのもよくありませんが、お元気がなくてはエンペラーのお役に立てませんから。ご相談があればおっしゃってください」


 シフォンは十代の娘らしく、大人の社交辞令にも飛んで跳ねて喜ぶ。


「葡萄は多めにありますから、あなたも少し食べなさい」


 シフォンはきゃあきゃあ騒ぐ。

 几帳越しにもそういう会話を聞いて、フレアは自分が情けなく思えた。

 メイドたちは自分の主人のために働きながらも、ちゃんと仲良く、助け合って暮らしている。

 それがどうして自分は、同じ境遇のシルビアやデイジィに腹を立てているのだろう。


 シルビアのメイドが帰って、シフォンはもらった籠をフレアに見せた。

 葡萄と桃、そして文も入っている。

 フレアはその紙を開いた。


〈先日、レディ・ミラ、レディ・デイジィと共に歌会に行かれしとの旨、女房より聞きけり。如何様の話をなさられたか、私も聞きまほし。そちらの良きときに来られよ〉


「上から目線……」


 フレアはそう呟きながら、敢えて自分に聞かれていることに疑問を持った。


「お話を知っておきたいなら、主催のミラさまに聞けばいいじゃない。さすがのシルビアさまでも、ミラさまとは喧嘩なさらないでしょう」


 シフォンもフレアにくっつきながら、その文を覗き込む。


「そうですねぇ。とはいえ、まだ一度しかお会いになられたことがないから、もう少し様子を探ろうとなさっているのかもしれません」


「それは確かに、私も……」


 そう思ったとたん、あの厳しくも親切なメイドが、シルビアの印象を和らげるための装置のようにも思われてきて、また腹が立った。

 その勢いにフレアは身を任せることにした。


「シフォン。護衛にそこのソルジャーを使っていいから、」


 床下に潜んでいたソルジャー・プレオが顔を出す。


「この果物と同じくらいの良い手土産を買って来なさい。お釣りがお駄賃よ」


「なんでオレが!」


 プレオはもちろん文句を言うが、既にシフォンはやる気満々である。


「参りましょう、ソルジャーさま」


 それでもプレオはシフォンの愛嬌に騙されない。


「違う。オレはセネターに雇われたんであって、レディに仕えてるんじゃない。お使いになんて行かねえぞ」


「あら、ずっと地下にこもっていて体がなまっているんじゃなくて?」


「外出してる間に何かあったら報酬が……」


「もともとこちらにはナイトが二人もいるから大丈夫よ」


「本当か?」


 プレオが問うと、外から


「「大丈夫だぁー」」


 という返事があった。

 プレオは舌打ちして、シフォンに連れて行かれた。



   Ⅲ


 菖蒲の生け花を手に入れたフレアは、その茎に返事の手紙を括り付け、スピアに運ばせた。

 すると、スピアと一緒にシルビアのメイドもついて来て、


「明日にでも、と」


 という返事をして帰った。

 フレアとシルビアの約束が決まったのである。


「あっさりしているのね」


 と、フレアはまた不思議に思うが、やはりシルビアの性格などをよく知らないがために、深く考えることはできない。


「まあ、これで仲良くなれるなら、その方が皆にとって幸せなのだわ」


 呟くと、シフォンもスピアも、もう幸せになったような気がした。

 プレオはしばらく床下にはこもらないで、戸の前で番をしていると言い出した。

 ナイトたちも外で勝手に頷いている。

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