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6話 パレスでみやびなひとときを 下

   Ⅲ


 茶と菓子が出され、歌会という名の茶会は、話が流れ、流れ、男三人のそれぞれの仕事についてになっていた。

 エリオが語る。


「俺は、いわゆる文官の下っ端です。……まあ、そうはいってもキャピタル(都)のパレスの中で、ではありますが」


 ミラが言う。


「そんなことおっしゃらないで。ちゃんと大学を出て、試験に通られて就かれたのでしょう。立派なことです」


 エリオは分かりやすく照れ笑いする。

 扇越しであっても、ミラの美貌はすさまじく、目も合わせられないほどに輝いている。


「ありがとうございます。何も持たないところから、漢学を得て、今は地方に配る書物を書き写したり、各部署から届く申請書・報告書などを取りまとめて、然るべきところへ送ったりしています。

まあ、まだ俺一人で判断できることは少ないので、大体は上官の指示に従っていますが。とにかく文字を書くのが仕事です」


「そうか。それではきっと、美しい文字を書くのであろうな」


 キャロルが言う。


「どうでしょうか。もう、色々な方の字を見てきましたが、それゆえにむしろ、読める字を書ければそれで良し、と思うようになってしまいました」


 ユーノスが言う。


「うちのヘッドがすみません」


「本当ですよ。清書しなくちゃいけない方なんてあまりいませんからね」


 ユーノスは冗談まじりに手を合わせて会釈する。


「ナイト・ヘッドは字がお上手でないの?」


 フレアが聞く。なんとなく、話したことがある人の噂は気になるものである。


「ええ、それはとても。特に月末は、どうしてそんな速記をする必要が?と思いますね」


「あれ、本当だったんだ……」


 ユーノスが言う。


「あれとは」


「いえ、デピュティ(副頭)も言っていたので。月末のヘッドの字がすごい、と。慣れれば読めるそうですが」


「慣れるまで読めませんでしたよ」


 エリオは大笑いする。ユーノスも少し笑う。



   Ⅳ


 そんな話を、広間の隣の壁伝いに盗み聞いている男がいた。

 当のナイト・ヘッド(侍頭)・テリオス・レイショーである。

 四人いるエンペラーのレディのうち、レディ・シルビアだけが呼ばれていない歌会を警戒して、遅れながらも自ら現場に出てきたのである。

 というのが半分、もう半分は、レディ・フレアが社交場でどんな話をしているのか気になる。

 指揮官としてありえない行動なのだが、その上で、テリオスは驚愕している。

 なんと、自分の部下が知らないうちに歌会に出ているではないか。

 しかも軽めに自分の悪口を言っている。

 字が汚いのはテリオス自身も認めるところではあるが、それを他部署の若手一般職員にわざわざ言われると、プライドが傷つく。


「ほほほほほ。話し言葉も書き言葉も、聞きやすい、読みやすいのが一番ですわ」


 レディ・フレアにも笑われてしまい、テリオスは余計に傷ついた。

 今すぐ出て行って、この濡れ衣を訂正したい。いや、濡れ衣でもないのだが。


「でもあのお方は、お喋りは難しくても、お手紙の字はおきれいですから」


 レディ・ミラがそうエンペラーのことを言っている。

 が、遅れてきたテリオスには「あの方」が誰なのか分からない。


「そうですわね。ゆっくり読めば分かるので、もういっそすべてお手紙でやり取りしたいくらいですわ。おほほほほほ」


「あら、私は私の字に納得いかなくて、なかなか時間がかかって。お手紙は面倒かしら」


「ミラさまの字、私は好きですよ。うふふふふふ」


 レディたちは高笑いしながら喋っている。

 高い声は隣の部屋にもよく聞こえる。

 テリオスは考えた。

 女に政策や戦略の話をしたら、こうしてすべてが筒抜けになる、と。



   Ⅴ


「何か書いてくださいませ。……そうです、今日は歌会ですから、歌を書いてみるのはいかがでしょう」


 テリオスはずっこけた。

 歌会なのに、まだ歌も詠まないで、ずっとこうしてくっちゃべっていたのか、と。


「今日のお題は『夏の朝』でしたね。……ええ」


 ミラは呟きながら、懐紙にゆっくりと歌を書きつける。


「朝顔の赤きまだらに染められて、君が頬にも色匂ひたり」


 ミラが読み上げると、皆がその後に続いて読誦する。


「かわいらしい」


 フレアやメイドたちがきゃっきゃと騒ぐ。

 ミラは詠んだ歌のように照れている。


「朝顔の花は、パレスの中には植えられていませんが、街にはよくありました。

 名前の通り、朝早くにだけ咲いているのですが、そういったものを一緒に楽しめる相手というのは……」


 女たちに交じってエリオまで、ミラが言い終わらないうちに歓声を上げている。

 しかし、デイジィはぼうっと質問した。 


「私、見たことがないのですが、朝顔とはどのようなお花なのでしょう」


 生まれたときから入内することが決まっていたデイジィは、朝顔が咲くような市中にも出たことがないのだ。


「私も、です」


 兄のキャロルもそう言う。

 ミラは懐紙の余白に絵を描き始めた。

 楕円形の中に、十字が入っている。


「これがお花、ですか」


「ええ。十字の外の部分に色がつくんです。赤とか、青とか、紫も」


「ミラさまは絵がお上手ですね」


 ユーノスが讃える。

 ユーノスの近隣の家には朝顔が咲くから、似ていることが分かるのだ。


「絵の具があればもっときれいでしょうに」


「そうでしょうか。私、絵の具は使ったことがなくて。今度、取り寄せてみようかしら」


「素敵です。描かれた絵をお見せになったら、エンペラーもお喜びでしょう」


「エンペラーもきっと、朝顔はご覧になったことがないでしょうね」


 ミラとユーノスは、生まれ育った環境が少し似ている。

 下級貴族に生まれ、貴族とはいっても、街で商売に成功した民と同じくらいの邸で育ち、今はパレスにいる。

 レディとナイトという職務の差は、二人にとっては小さなことのようである。

 そう思うと、テリオスは混乱した。

 なんにせよ、自分の部下と、自分には手の届かない絶世のレディが歓談しているのだから。


「ユーノスさまは、何か歌をご準備なさったの」


「はい。では、詠ませていただきます」



   Ⅵ


「打ち水の音に驚く人ありて、我が後ろ髪は引かれたりけり」


 また皆で読誦し、また女たちから、エリオやアランズたちからも歓声が上がる。


「ナイトさまは朝お早いのですね」


「ご出勤なさるのを寂しがられて、なんて切なくも、ロマンチック!」


 ユーノスはさらっとした顔で答える。


「うちは下々に交じったところに家があるので、朝から何かと物音がします。それが夏は打ち水で。

 僕は仕事があるので、その時間には着替えているのですが、妹は起きるのが遅いので、いつもうとうとしながら止められるんです」


 デイジィの若いメイドが特に、のたうち回るように騒いでいる。

 男兄弟がいないのだという。


「私にも、兄上が欲しくなりました」


「おや、ならば、私がなって差し上げよう。デイジィと一緒に、妹気分を味わうといい」


 キャロルが冗談を言うが、おもしろがられるというより黄色い歓声が上がっている。

 実際には、上流階級では兄弟姉ですら異性は同じ邸の中で直接会うことはないので、ユーノスの歌の通りになろうとしても、ウェアクラス家ではうまくいかない。

 デイジィはそういうことを考えながらもおもしろがる。


「うちの兄上ではだめですよ。出勤といっても、会議を聞いて、蹴鞠をするくらいですから」


「そんなことはないぞ」


 キャロルはすぐさま口を挟むが、デイジィも退かない。


「いない間寂しいというより、なぜそんなことをしに行くのに偉そうなの?という具合です」


「私が偉そうにしていたことなどあるか?」


「いつも偉そうじゃありませんか。余裕ぶっているというか」


「女性はいくら男の悪口を言えば気が済むんだ」


「ユーノスさまには申し上げません。ナイトは大変なお仕事でしょう。

 平時から武芸をなさって、いざとなれば戦ってくださるのですから」


 ナイト全体が褒められてうれしいような気もするが、その手柄がすべてユーノスにかかったと思うと、テリオスとしてはやや複雑である。

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