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6話 パレスでみやびなひとときを 上

   Ⅰ


 乗馬、徒歩に拘らず散歩を禁じられたフレアは、歌会に向けた勉強以外にすることがなくなった。

 ときにスピアやシフォンも混ざってアリアから歌の講釈を受ける。

 先人の心とそれが現れた歌を知ることで、自分の心を歌に表せるようになろうというのである。


「歌の心って狭いのね」


 フレアはそう呟いた。


「なぜですか。憐れみ、美しさ、寂しさ、愛情、色々あるではありませんか」


 スピアが尋ねる。


「だって、勝ち負けとか、面白いこととか、勇気とか、そういうものがないもの」


「そういう野蛮な心は歌にふさわしくないのです」


 アリアが教える。


「野蛮? そういう人たちがいなくっちゃ、この国、滅ぼされてしまうのよ?」


「いいえ。正しい祈りがあれば、自然と神が助けてくださるものでございます」


「それなら、どうして始まりのエンペラーは自ら剣を握っていたの」


「始まりのエンペラーこそが神だから」


「じゃあ、神さまって野蛮なのね。そうでしょ?」


「フレアさま」


 スピアが止めて、アリアを外へ出させる。


「噛み付くようなことをおっしゃってはなりません。アリアさまはお師匠なのですよ」


「質問しただけじゃない」


 フレアは見るからにストレスを抱えて、近くの者に当たるようになっていた。



   Ⅱ


 歌会があることはエンペラーにも知らされ、参加が許された。

 久しぶりの外出がこれまで苦手であった歌会では気分が優れないだろうと思われたが、フレアは特訓の成果を見せつけるのだ、武家を見下すデイジィを見返すのだ、と息巻いていた。

 ミラが借りた広間は、レディとメイドだけで使うには広すぎるほどで、同行のアリアもそこかしこを見渡した。

 前に使っていた人の香が残っているのか、先についていたデイジィが強い香をつけているのか分からない。

 が、それよりも、フレアには驚かれることがあった。


「デイジィさま、ごきげんよう。そちらの、……殿方は?」


 レディ・デイジィの後ろにメイドがいるだけでなく、隣にはとてもアランズ(雑色)などではない高貴そうな男が二人座っているのだ。

 そして、そのうちの一人、アランズを連れていない方の男に、フレアは見覚えがあった。

 男たちはフレアに一礼する。


「お初にお目にかかります。レディ・フレア。私はキャロル・セツ・ウェアクラス。デイジィの兄で、パレスではセネターも勤めております」


 自然体なキャロルにフレアも礼を返す。


「それは、それは。私の父上――シャレード・ホライズがお世話になっていることでしょう」


 シャレード・ホライズは現ロード・オブ・ガヴァナンス(治部卿)である。

 武家育ちとはいえ今やパレスの中枢にいるのだから、キャロルのような貴族の子弟とも面識がある。


「私なぞまだまだ、セナーテ(合議)で遠くの席にお見掛けする程度です」


「そう。頭が固いところがあるから、そのくらいがいいですわ」


 キャロルは愛想笑いする。


「それから……、ねえ、前にいらっしゃったナイトさまでしょう」


 キャロルの隣で、普段は着ない華やかなカジュアル・スーツ(衣冠)姿のユーノスが改めて礼する。


「はい。ユーノス・トウ・アクアンプ、今は異動してナイトの四番隊所属です。お覚えくださったのですね」


「もちろん。若くてちゃんとなさっていたから、目立っていたわ」


「そう、でしょうか」


「偉くなったのかしら。また会えてうれしいわ」


「こちらこそ、身に余る光栄です」


 ユーノスは社交辞令を喋り続ける。


「キャロルさまがお誘いくださったんです。たまたま、弓の稽古をしていたときに」


「まあ、素敵」


 表面的にでも褒められて、ユーノスは胸をなでおろした。

 フレアのことは元からあまり得意でないが、ここで更に「武人のくせに遊んでいるのは何事だ」などと言われては自分を制御できるか分からなかった。

 フレアが満足そうなのを見て、キャロルも安心する。


「それにしても、随分と早いお越しですね。私たちはたまたま仕事終わりに来たのですが」


「それはお疲れのところを。私はうずうずしてしまって」


「うずうず?」


 フレアは笑う。


「……愛とは難しいものですわね」


「どういう」


 キャロルはデイジィに事情を聞こうとする。

 デイジィは、フレアがエンペラーから外出を禁じられていることまでは知っているが、そのために見張りが倍に増やされたことまでは知らない。

 しかも、その見張りを仕向けたのがキャロルだということも知らない。

 キャロルもキャロルで、女が部屋に閉じ込められていることに不満を持つ、という発想がないので、フレアを苦しめている自覚がない。


 それから、レディ・ミラがメイドのラテ、そしてもう一人、男を連れて入ってきた。

 その男は内侍のエリオと名乗った。


「フレアさま、母のアリアがお世話になっております」


 フレアは驚きに叫びながら、自分の横に控えるアリアと、目の前のエリオを交互に指さす。


「似てる!」


「よく言われます」


 眉の下がり具合が似ているのだ。

 アリアは化粧をするので眉を一度抜いているのだが、それにしてもごまかしきれない部分がある。

 エリオは化粧をしないので、ごまかさないまま、その眉を見せている。

 母子が仲睦まじく微笑みあっていると、余計にそう感じる。


「今、人生で一番感動したかもしれませんわ」


「こんなことで一番を使わなくても……」


「もっとエンペラーやジェネラルなど、なかったのですか」


「お祖父さまなんてお庭で素振りしてるだけよ。エンペラーは……」


 フレアの祖父・元ジェネラルのシャルマン・ホライズが軽く下げられて、ナイトのユーノスは目を見開く。

 デイジィとミラはエンペラーの評価に唾をのむ。


「ちょっとなんて言ってるか分からない」


 深刻そうなフレアに、キャロルは胸を撃たれる。

 まさに先日、エンペラーからセネターではなく友人として、相談を受けたことそのままなのだ。


「そうですね」


 ミラが同調した。

 キャロルは更にショックを受ける。

 まさに先日、相談されたときにキャロルが想像したこともそのままなのだ。


「でも、そのうち勘でどうにかなりますよ。難しいことはお話にならないらしいので」


「らしい、とは」


 キャロルは遂に口を挟み、尋ねる。


「ラテから聞きました。先代も、レディに政治の相談はなさらなかったと。あくまでプライベートのお話しかなさらないから、適当に相槌を打っていればいいと」


「本当ですか」


 キャロルはラテに迫る。


「ええ。私もアリアも、オールド・レディにお仕えしたことがございますが、そのようでしたので」


「そうですねえ」


 アリアも頷く。

 しかしキャロルは知っている。

 エンペラーはプライベートな話こそ、話せる相手が少ない。

 レディたちはその中に入るのだから、なるべく理解して、共感して、慰めたり背中を押したりしてほしいのに。

 

 フレアは高笑いする。


「ミラさまもそうでしたの? なら、私だけ気に病む必要はありませんでしたのね。ほほほほほ」


 つられてか、ミラも、ラテも、アリアも高笑いする。

 一人置いて行かれたデイジィも小さく愛想笑いする。

 男たちは「どうしたらいい」と困った合図を送りあう。


 ユーノスが咳払いする。


「お言葉が通じなくても、一緒に過ごすうちに、お心は通じるものです。のおご不安はここできれいさっぱり流されて、エンペラーには誠実な態度でいらっしゃるのがよろしいかと」


 エリオもキャロルも小刻みに頷く。

 高笑いしていた女たちは静かになる。


「そうですね……」


「分からないことは分からないと言う方が誠実な気もしますけれど」


「女が誠実なのは当たり前です。男に誠実な人が少ないから求められるのですよ」


 女房たちがあれこれ言うことに、エリオは大げさに胸を押さえて苦しそうにする。心当たりがあるのだろう。

 キャロルは付き合って、背中をさすってやる。

 彼らはまるで歌の方がおまけのように、雑談ばかりしていた。

 気づけばユーノスも、いつもは言わないような冗談を言ったり、聞いて笑ったりしていた。

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