5話 歴史は生まれ、語られる 下
Ⅳ
テリオスと挨拶程度の語らいをした後、フレアは自室でくつろいでいた。
しかしそれもつかの間で、すぐにエンペラーつきのメイドが先回りしてきた。
フレアは慌てて身繕いをして、エンペラーを出迎える。
「お待ちしておりましたわ、陛下」
エンペラーは何も言わず、フレアの肩に触れ、背を抱き、部屋に入る。
寝台に腰を下ろすと、言い聞かせるようにフレアに訴える。
「汝は如何で外に出づること多き」
フレアは目を見開く。
突然テリオスが廊下に現れたことなどどうでもよかったのに、ついにエンペラーから素行を注意されたことに、さすがに驚かれる。
部屋の外に逃げ出ていたメイド二人も「これはまずい」とどうしようもなく視線を交わしあう。
フレアは考えながら、悲しそうな顔を作る。
「それは、……日中は陛下にお会いできずに、寂しいからでございます」
「夜は会いけむ」
フレアは怒られて緊張していることと、もう一つのいら立ちが混ざって、エンペラーの腕を掴み返した。
「毎晩お越しになるわけでもないでしょう」
「そは」
「どうして陛下は難しい言葉ばかりお遣いになるんです。お歌だけじゃなくて、ただのお喋りのときだって。私、陛下のお心が分からなくて不安になります」
エンペラーはフレアの肩から手を放す。
袖で口元を隠し、懐から何かを出そうとし、それもやめる。
エンペラーが困っていることに、フレアは気づいた。
エンペラーとて、許されるのであれば、易しい言葉で語り合いたいはずなのに。
外で物音がする。
スピアやシフォンが何かしているような音ではない。
エンペラーの取り巻きたちが、フレアの激しい態度に、何かあったのかと探りたてているのだ。
「静かにせよ」
エンペラーが声を張る。
「我はフレアと話したし」
その一声で、外は静まる。
フレアも気が抜けた。
「我が言葉は難しきや」
「はい。私も不勉強でございますが。私の言葉も、陛下にとって難しゅうございますか」
「否」
エンペラーは窓から、夜の庭を眺めた。
フレアには、暗くてもどこに何があるのかが分かる。
明るいうちにずっと見て、覚えているからだ。
「聞けども、知れども、言いがたし。外の景色のごとく」
エンペラーにとっては、こればかりが、喋るにあたう言葉だと教えられたものであった。
古くから受け継がれてきた書の言葉であり、これからも受け継ぐべき言葉である。
染みつけられたものを今ここで変えることはできない。
「陛下……」
フレアの胸が縮まる。
エンペラーはなんと繊細な男であろうか。
エンペラーでもなければ、こんな男と付き合うことはなかった。
Ⅴ
エンペラーは悩み、年の近い友人に相談することにした。
呼ばれたのはキャロル・セツ・ウェアクラス――歳若いながら、家柄も見識も十分ということでセネター(参議)の一員であり、レディ・デイジィの兄でもある。
キャロルは御簾越しにあぐらをかいて近づいた。
「では一つ目に、フレア殿には楽しく過ごしてもらいたいが、あまり外に出られすぎても他の男に目を付けられないか心配、ということですね」
「是」
「ナイトを集中させすぎると他の警備が手薄になりますから、ソルジャーも合わせて手配しておきましょう。まずはフレア殿の身の安全を確保します」
「良しや」
「次に、お言葉が難しいと言われてしまったと」
エンペラーは頭を抱える。
「本当に悩んでおいでですね。私は小さい頃からお会いしておりましたゆえ何とも存じませぬが」
「……デイジィも、そう言う」
「そうですね。あの子も慣れています」
「ミラとシルビアは何も言わざり」
「ミラ殿はお優しいのでご不満を申し上げないのでしょう。
シルビア殿はウィステリア家のお育ち。古来の言葉など、何もご不便はないのでしょう」
「フレアとだけ、話すあたわず。その間にも、他の男と……」
「フレア殿も悪気はなく、ただ話せる相手と話したいだけと。なんとご不憫な……」
キャロルを以てしても解決策は見つからないのであった。
Ⅵ
朝になってみれば、フレアがずっと我慢していればよかったことだと思える。
今はあまり分からなくても、そのうちエンペラーの言葉遣いには慣れるであろう。
しかし、外出を控えろというのは気に食わない。
外出といっても、パレスの中を散歩する程度である。
それも許されないで、部屋の中でじっとしていて、丈夫な子が産めるはずもない。
考えながらも、豪華な朝食を取り、歌の練習をし、昼にスピアが休憩に入ると、習慣通り馬を借りに行こうとする。
沓を履いたところで、見知らぬメイドに止められた。
「外出はなりません」
シフォンもスピアも、フレアと同年代であるが、彼女はもっと若く見える。
若いというより、幼さの残るメイドである。
「ちょっとお散歩に行くだけよ」
「いいえ。しばらくはお部屋の中でじっとしていてほしい、と仰せです」
「誰がそんなこと」
メイドは何も言わない。
それが答えである。
エンペラーがどこかでぼやいたのか、昨晩の会話を聞いていた者が計らったのか。
若いメイドはフレアの前から動かない。
何が何でも、という強い意志を感じる。
それだけのためにここに配属されたのだろう。
「分かったわ」
フレアは引き下がり、戸を閉める。
というのは演技で、実は、廊下に出る以外にも部屋から脱出する道はあるのだ。
フレアは部屋の中に置いている沓を右手に持ち、左手でドレスの裾を捲し上げ、庭を臨む窓に足をかけた。
「なりません」
今度は、外の壁際からナイトが出てきた。
いつものおじさん(ソルテラ)ではない。
後輩のユーノスをフィガロの元に見送った、アルザというベテランのナイトである。
「何が?」
フレアは足を見せたまましらばっくれる。
「お達しがあるので、お外には出せないんですよ」
ソルテラは反対側の壁から出てくる。
「フレアさまがお散歩好きなのは知ってるんですがね。命令だからどうにも」
「まあ、あなたまでそう言うなら」
フレアは足を下げて窓を閉めた。
戸がだめ、窓もだめ、となれば、次は床である。
フレアは自分がいつも座っている畳を自慢の腕力、を駆使するまでもなく持ち上げた。
その下の板敷には小さな穴が開いている。
そこに指をかけるとあら不思議、四角い蓋が取れて、地下に繋がったではないか。
フレアはわくわくしながらその穴を覗く。
「だめだ」
「ぎゃっ!」
男の声に、フレアは驚いて尻もちをつく。
「あなた、どこの誰よ」
「キャピタル・ソルジャーのプレオだ。何だか知らないが、とあるセネター(参議)に雇われて、あんたをここから出せないことになっている」
プレオは穴から顔を出す。
フレアよりも若い少年で、昨日、ナイト・ヘッドのテリオスと刃を交えたルーキーである。
そのときと同じ威勢を張っているが、今は鼻に土よごれがついている。
「あら、かわいい。小さいから私用の抜け穴にも入れたのね」
「失礼だな。というか普通、いいとこのお嬢は穴なんか掘らないだろ」
「ええ。そこらへんの人を雇って掘らせたのよ」
「そうじゃなくて、なんで逃げ道が用意周到なんだ」
「このくらい普通よ。逃げ道はいくらでも確保しておくものだって、お祖父さまから教わったの」
「さすがはジェネラルの孫か。……とにかく、俺の功績のためにも、あんたはここから出せない」
プレオはフレアに指さした。
挑発されて、フレアはほくそ笑む。
「いい根性よ」
視線を交わしていると、廊下から足音が近づく。
洗濯物を出しに行っていたシフォンが戻ってきたのだ。
シフォンは戸を開けると、前傾姿勢になり、フレアに頭も下げないまま、助走をつけて飛んだ。
そしてプレオを蹴った。
「曲者!」
プレオは顔面を蹴られたものの、すぐに体勢を持ち直し、土足のまま部屋に上がった。
「お前がな! こっちは頼まれて警備してやってるのに!」
「あら」
シフォンはきゅるん、と首をかしげて、プレオが軍服を着ていることを確認した。
「私の姫さまに小汚い男が指さしているように見えまして、とんだ勘違いを」
「たかがメイドがソルジャーに飛び蹴りなんて……」
「曲者ではなくてただの無礼者でしたのね」
「やるのか、メイド!」
「受けて立ちますわ、この無礼者!」
「私も加勢するわ」
「ええ、参りましょう。フレアさま!」
「ちょっと、レディさまとメイドさんが何を」
室内での騒ぎに、ナイト二人が窓を開け、身を乗り出して様子を見ている。
すると、再び戸が開いた。
先ほどの若いメイドではない、しかしどこかで見たメイドである。
「うるさい! もっとお静かになさい!」
シルビアのメイドである。
喧騒がシルビアの部屋にも届いたのであろう。
フレアの部屋は静まり返った。
ナイトは窓を閉め、ソルジャーは自分で蓋を閉めて床下に戻る。
更新日が遅れて申し訳ありません。大型連休前の月末のため本業の方が混乱し、事前に原稿を書き上げていたのに投稿を失念しておりました。社会人の先輩方、いつもお疲れ様です。大型連休がない方、休日出勤等々の方、ご安全に!




