第125話 リリース前最終承認会議(三者面談)と、冗長化構成の提示
【担当:慎也】
僕の日常がこれ以上壊れませんように……。
本編スタートです。
12月中旬。
底冷えする放課後の教室で、三年生の各クラスでは「三者面談」が行われていた。
一月中旬の共通テスト(一次試験)を目前に控え、出願する国立大学と、私立の併願校(滑り止め)を最終決定する、極めて重要な意思決定の場である。
「えー、齋藤。お前の第一志望は変わらずT大理系、ということで間違いないな」
担任の教師が、手元の進路希望調査票を見ながら確認する。その額には、なぜか冷や汗が滲んでいた。
「……当然です。仕様(目標)の変更はありません」
パイプ椅子に浅く腰掛けた慎也は、伊達眼鏡を指先で押し上げ、冷徹に即答した。
その隣には、仕事を中抜けしてやってきた慎也の母が座っているが、「うちの子のシステム(進路)は本人が一番わかってるんで」と早々に丸投げし、マイボトルで持参した温かいお茶を呑気に啜っている。
「秋の全国模試でも圧倒的なA判定を叩き出しているし、学力的な懸念はない。……だがな、齋藤。受験に『絶対』はないんだ」
担任は教師としての責任感(標準プロトコル)から、慎也を諭そうと身を乗り出した。
「当日の体調不良や、想定外の難問に遭遇するリスクもある。本命に全振りするのではなく、確実な安全校(滑り止め)を複数確保しておくのが定石だ。お前のこの提出書類には、滑り止めの私立が一つしか書かれていないが……」
「……ご懸念には及びません。本番環境(T大)へのデプロイにおける『可用性』の担保ですね」
慎也は持参したクリアファイルから、分厚く束ねられた数十枚の資料を取り出し、バンッ!と担任の机に置いた。
「な、なんだこれは……?」
「本プロジェクトにおける『障害対応マニュアル』および『冗長化構成の運用フロー』です」
担任が恐る恐る資料をめくると、そこには目を疑うような緻密な表とグラフがビッシリと印刷されていた。
「単に多くの私立大学を受験(乱れ撃ち)するのは、受験料という『コスト』と、試験本番の疲労という『リソース』の無駄遣い(オーバーヘッド)に他なりません」
慎也は手元のタブレットを開き、担任にプレゼンを開始した。
「私が選定したこの私立一校は、T大の出題傾向と『78%のモジュール互換性』を持つ大学です。つまり、T大用のプログラム(学習)をそのまま流用でき、専用の対策(無駄な工数)を必要としません」
「ご、互換性……?」
「さらに、この併願校の試験日程は、本命の二週間前。本番前の『最終結合テスト(プレ本番)』として最適なスケジュール(タイミング)に配置されています。加えて、合格発表から入学金の納付期限(トランザクション処理)までが、T大の合格発表日より『後』に設定されている特殊な方式を選択しました」
慎也の冷徹な声が、静かな教室に響き渡る。
「これにより、無駄な入学金を前払いすることなく、万が一メインサーバー(T大)がダウンした際の、安全なフェイルオーバー(予備校への切り替え)が可能になります。……確率、コスト、リソース。全ての変数において最適化された『完璧な冗長化構成』です。何か論理的な脆弱性(問題)がありますか?」
「…………」
担任は手元の緻密なガントチャート(受験スケジュール表)と、完璧な資金計画書を見つめたまま、完全に沈黙した。
長年教師をやっているが、ここまで受験を「システム構築」として冷徹に、かつ完璧にハッキングしてきた生徒は見たことがない。
「……お母様。その、これでよろしいのでしょうか」
担任が助けを求めるように隣の母親を見ると、彼女はお茶を飲み終え、満足げに立ち上がった。
「はい! 息子がバグはないって言ってるんで、承認でお願いします。ハンコどこに押せばいいですか?」
「……ここに、お願いします」
こうして、慎也のリリース前最終承認会議(三者面談)は、教師側からの仕様変更要求(口出し)を一切許さない完璧なプレゼンによって、予定時間の半分にも満たないわずか五分で完了した。
「……処理完了。帰るぞ」
慎也がガラッと教室の後ろ戸を開けて廊下に出ると、そこにはストーブのない冷え切った廊下に置かれたパイプ椅子で、コートの襟を立てて震えている女子生徒とその母親の姿があった。
「あっ、齋藤くん! 面談終わったの? ……って、早くない!? まだ五分しか経ってないよ!」
次に面談を控えていた(キューで待機していた)花憐が、目を丸くして立ち上がる。
「当然だ。事前に完璧な要件定義書(スケジュールと資金計画)を提出し、こちらから一切のツッコミ(仕様変更)を許さないプレゼンを行ったからな。……貴様は次か、花憐」
「うん! 齋藤くんに作ってもらった『花憐専用・最強の出願スケジュール表』、ちゃんと持ってきたよ!」
花憐がクリアファイルに挟まれた資料を誇らしげに掲げる。
そこには、彼女の学力推移データと、体力(試験の連戦による疲労蓄積)まで計算し尽くされた、極めて合理的な併願校の配置が記されていた。
「……よし。そのドキュメントの通りに説明すれば、あの担任は必ず承認を出す。自信を持ってプレゼンしてこい」
「うんっ! 任せて!」
花憐の母親も、どこかホッとしたように微笑んだ。
「いつも娘がお世話になってます。齋藤くんのおかげで、私も安心してお任せできそうです」
「……では、私は先に帰還して自身の環境構築(自習)に戻る」
「あ、齋藤くん! 終わったら図書室行くから、あとでね!」
手を振る花憐を背に、慎也は伊達眼鏡をクイッと押し上げ、冬の冷たい風が吹き込む廊下を歩き出す。
いよいよ、出願校(デプロイ先)が確定した。
後戻りできない最終フェーズへの移行。高校生活のすべてを最適化し続けた二人のシステムエンジニア(受験生)は、迫り来る「本番リリース(共通テスト)」へ向け、最後のコード(知識)を研ぎ澄ましていくのだった。
【事後分析報告】
読んでくれてありがとうございます。慎也です。
また僕の体が物理法則を無視した動きをしていたようですが……楽しんでいただけたでしょうか?
今後のデータの参考にするため、よろしければ「ブックマーク」と、下にある【★★★★★】で評価を入力していただけると助かります。
皆さんの応援が、僕たちの生存確率を上げます。よろしくお願いします。




