第126話 ソーシャルエンジニアリング(心理攻撃)と、バックグラウンド処理(動揺)による視野狭窄
【担当:キース】
脆弱な頭脳で我が肉体を使いこなせるかな?
開戦だ。
巨大な水の壁を突破し、魔王城へと続く不毛な荒野を突き進む勇者一行。
突如、前方の空間が歪み、禍々しい魔力を放つ漆黒の鎧を纏った魔族の将軍が姿を現した。背後には精鋭の魔族兵が控え、その圧倒的な威圧感にガルドたちが咄嗟に武器を構える。
「……勇者一行よ。あの絶対防壁を抜け、ここまで辿り着いたその実力は認めてやろう」
将軍は不敵な笑みを浮かべ、嘲笑うように告げた。
「だが、お前たちがこの最前線に全リソースを割き、こちらへと侵攻している間に、我が軍の別働隊が人間の国へと進軍を開始した。今頃、お前たちの王都は炎に包まれているだろう。……こんな場所で、我らと無駄な時間を費やしていていいのか? 愛する故郷がデリート(滅亡)されるのを、指をくわえて見ているつもりか?」
「な、なんだって……!? 王都が襲撃されてるのかっスか!?」
「そんな……! お父様やみんなが危ないわ!」
ナイルとミナが激しく動揺し、エリスも顔を青くして慎也の顔を覗き込んだ。本国とのリアルタイムな通信手段を持たない一行にとって、これは検証不可能な「クリティカルなアラート」だった。
しかし、慎也はただ一人、ピクリとも動揺を見せず、無言で伊達眼鏡のブリッジを押し上げた。そして、将軍の発言を「未検証の入力データ」として冷徹にパース(解析)し始める。
「……なるほど。典型的な『ソーシャルエンジニアリング(心理攻撃)』だな」
「……何だと?」
将軍が眉をひそめる。
「不確定な情報を意図的に流布し、対象の判断を誤らせ、リソース(戦力)を撤退・分散させる『リダイレクト(誘導)』命令……。システムエンジニアを自称する私に対して、あまりに初歩的なフィッシング攻撃だぞ、貴様」
「強がりを! 我が軍の別働隊は確かに動いているのだぞ!」
「ああ、動いているのだろうな。だが、それがどうした?」
慎也は氷のような眼差しで将軍を見据え、論理的な反論を叩きつけた。
「第一に、王都の防衛システム(軍隊)は、勇者が不在であること(シングル障害点)を前提に設計されているはずだ。もし勇者がいなければ陥落するような脆弱なセキュリティ(国防)であれば、それは設計段階からの致命的なミス(バグ)であり、私が戻ったところで修正は不可能だ。……だが、私は本国の防衛責任者の能力を高く評価している。彼らは必ず、勇者抜きでの『冗長化構成(バックアップ体制)』を構築しているはずだ」
「ぐ、ぬ……」
「第二に、プロジェクト(魔王討伐)の優先順位の問題だ。貴様たちの狙いは、我々をここから引き剥がし、本陣(魔王城)へのデプロイ(到達)を遅延させることにある。つまり、貴様の発言自体が、我々の侵攻が敵のメインサーバーにとって『極めて脅威である』という事実を裏付けるデバッグログ(証拠)に他ならない」
慎也は聖剣の柄に手をかけた。
「……本国がピンチ? 結構なことだ。ならば、我々が最短ルート(クリティカルパス)で魔王をシャットダウンさせれば、すべての攻撃プロセス(侵攻)は自動的に強制終了される。……撤退という非効率なタスクを選択する理由が、論理的に一つも見当たらないな」
「リーダー……。さすがっス、全然ブレないっスね」
慎也の絶対的な論理を聞き、動揺していたナイルたちの瞳に再び戦意が宿る。
「……チッ、理屈の通じぬ男よ。ならば、その傲慢なシステムごと、ここで物理的に破壊してくれよう!」
将軍が咆哮し、巨大な魔剣を振りかざして突進してくる。
「……全ユニット(全員)、戦闘準備。目の前の『不要なノイズ』を、一秒でも早くデリートするぞ」
慎也も聖剣を構え、迎撃の態勢をとった。
――しかし。
(……というのは、あくまで建前(理想の仕様)だ)
口では完璧なシステム管理者を演じていても、慎也の内心(内部メモリ)は激しくアラートを鳴らしていた。
王都には、世話になった人々がいる。もし本当に炎に包まれているなら、どれだけの犠牲が? 自分たちが魔王を倒すまで、王都の防衛力は物理的に保つのか?
元来が教室の隅で静かに過ごしていた「陰キャ」である慎也にとって、無数の人命が失われるかもしれないというプレッシャーは、論理だけで完全にシャットアウトできるほど軽いものではなかった。
バックグラウンドで暴走する「不安」が、彼の脳内CPU(集中力)を急激に食いつぶしていく。
「死ねぇっ、勇者!!」
将軍の魔剣が、轟音と共に叩き下ろされる。
「ガルド、正面のヘイト(ターゲット)を取れ! その隙に私が裏へ回る!」
慎也は指示を飛ばし、素早いステップで将軍の側面へ回り込もうとした。焦りからか、いつもより踏み込みがわずかに深い。一刻も早くこの戦闘を終わらせ、先へ進まなければという焦燥感が、彼に「最短距離での斬り込み」を選択させてしまった。
だが、それが罠だった。
「かかったな、素人が!」
将軍はガルドへ振り下ろすはずだった魔剣の軌道を、手首の返しだけで強引に捻り、側面へ飛び込んできた慎也へと薙ぎ払った。
さらに、将軍の背後に控えていた魔族兵たちが、将軍の死角から一斉に慎也へ向けて毒矢(悪性パケット)を放つ。
「ッ……!?」
慎也の目が驚愕に見開かれる。
普段の彼なら、敵の伏兵の位置まで完全に演算し、安全なマージンを取って動いていたはずだ。だが「王都の危機」というバグにメモリを奪われ、完全に『視野狭窄』に陥っていた彼は、敵の「カウンターの可能性」という初歩的な例外処理を見落としていた。
避けられない。迎撃も間に合わない。
「キースライン様!!」
エリスの悲鳴が響く。
ガィィィンッ!!
だが、将軍の魔剣が慎也を両断する寸前、横から凄まじい勢いで割り込んできたガルドの大盾が、その一撃を間一髪で弾き飛ばした。
「チッ……!」
同時に、ナイルの投げた幾筋もの短剣が飛来する毒矢を空中で叩き落とし、ミナの放った矢が、慎也を狙っていた魔族兵たちの喉を正確に射抜いた。
「リーダー! 突っ込むのが早すぎっスよ!」
「らしくないぜ、てめぇ! 焦ってんのか!?」
ガルドとナイルに怒鳴られ、慎也は弾かれたように後方に跳び退き、荒い息を吐いた。
「……ッ。すまない」
慎也はギリッと奥歯を噛み締め、冷や汗で滑る伊達眼鏡を乱暴に押し上げた。
「……バックグラウンドで不要なプロセス(不安)が暴走し、一時的に処理落ち(フリーズ)していた。……私の完全なオペレーションミスだ」
「バカ言わないで! 王都のことが心配なのは、みんな同じよ!」
ミナが弓を構えたまま叫ぶ。
「あんた一人で全部計算しなきゃいけないなんてルール、どこにもないでしょ! 見落とした敵は私たちが潰すから、あんたはあんたの仕事に集中しなさい!」
「……ああ」
仲間の怒声(強力な割り込み処理)によって、慎也の脳内に蔓延していたノイズが強制的にクリア(初期化)される。
一人で完璧なシステムを維持する必要はない。自分自身がエラーを起こした時は、仲間(冗長化されたノード)がカバーしてくれる。
「……システムクロック、同期完了。……行くぞ。今度こそ、一ミリの狂いもなく奴をデリートする」
冷徹な管理者の顔の裏に隠された、等身大の焦りと人間臭さ。
自らの脆弱性(弱さ)を認め、仲間の存在に支えられた勇者は、今度こそ完全にクリアになった視界で、将軍へと斬りかかっていくのだった。
【総統通達】
読者諸君。我だ。
あの優男(慎也)め、相変わらず理屈っぽい戦い方をしていたな。我ならば一撃で粉砕していただろうに。
まあよい。今回の話に少しでも心が動いたならば、【ブックマーク】および、下部の【★★★★★】にて、我への忠誠を示せ。
良い評価は、次なる戦い(執筆)への糧となる。期待しているぞ。




