第113話 空冷の限界と、水冷システム(スイミング)による強制排熱処理
【担当:慎也】
僕の日常がこれ以上壊れませんように……。
本編スタートです。
8月上旬。
T大合格に向けた過酷な夏期開発期間は、中盤戦に差し掛かっていた。
「……暑い。エアコン(空冷ファン)を最大稼働させても、追いつかないわね……」
午後15時。自室で過去問の束と格闘していた花憐は、額の汗を拭いながら机に突っ伏した。連日の猛暑で、脳の処理速度が著しく低下しているのを感じる。
その時、スマートフォンに慎也からのメッセージ(プッシュ通知)が入った。
『タスクを一時中断しろ。生体ユニットの排熱処理に移行する。15時半に、市民屋内プール前に集合』
「プ、プール!?」
花憐は跳ね起きた。
夏休み、気になっている男子からのプールへの誘い。これはもう、実質的なプールデート(フラグ成立)に他ならない! 花憐は急いでクローゼットを開け、新調したばかりのフリルのついた可愛らしい水着を鞄に詰め込み、家を飛び出した。
――30分後。市民屋内スポーツプール。
指定されたプールサイドへ出た花憐は、浮き輪を片手にウキウキとした足取りで歩み出た。
「お待たせ、齋藤くんっ! えへへ、どうかな、この水着……」
「……遅い。それに、その無駄な装飾のついた外装は何だ。水の抵抗(空気抵抗)を増やすだけの非効率な設計だな」
花憐の前に立っていた慎也は、一切の装飾がない黒の競技用フィットネス水着に、ぴったりとしたスイムキャップ、そして真っ黒なゴーグルという、完全に「泳ぐ(稼働する)ためだけ」のガチ装備だった。
「えっ……遊ぶスライダーとか、流れるプールとかは……?」
「馬鹿を言え。ここは日本水泳連盟公認の50メートル競技用プールだ。遊具(エンタメ機能)など実装されているはずがない」
花憐が絶望して周囲を見渡すと、そこには黙々とクロールやバタフライで往復を続ける、ストイックなスイマーたちの姿しかなかった。
「……いいか、花憐。連日の猛暑により、貴様の脳内CPUは完全に熱暴走を起こし、学習効率が著しく低下している。空気による排熱(空冷)には限界があるのだ。……よって本日は、比熱の大きい『水』を用いて、全身の熱を直接奪う『水冷システム(スイミング)』へと移行する」
慎也は腕につけた防水仕様のスマートウォッチを操作しながら、冷徹に言い放った。
「水冷システムって……つまり、ガチで泳ぐってこと!?」
「当然だ。浮力によって関節への物理的負荷を抑えつつ、高い有酸素運動効果を得られる。これ以上合理的なクーリング手段はない。……さあ、行くぞ。まずは水中ウォーキングで心拍数を110(アイドル状態)まで上げ、その後、クロールで1キロの連続稼働テストだ」
「ひええぇぇっ! 1キロ!?」
慎也は容赦なくプールへ飛び込み、完璧で無駄のないフォームで水を切り裂いて進み始めた。花憐も泣く泣くプールに入り、必死に彼の背中を追いかける。
最初は「可愛く見られたい」という下心が粉砕されて落ち込んでいた花憐だったが、冷たい水の中で無心で体を動かしているうちに、不思議な感覚に包まれていった。
頭の中にパンパンに詰まっていた数式や英単語の「重苦しい熱」が、冷たい水流によって文字通り洗い流されていくのだ。息継ぎのたびに肺に新しい酸素が供給され、止まっていた思考の歯車に潤滑油が注がれていく。
――約1時間後。
プールサイドのベンチで、花憐はバスタオルを被り、放心状態でスポーツドリンクを飲んでいた。
「……ハァッ、ハァッ……。つ、疲れたぁ……」
「許容範囲内の負荷だ。だが、顔色は良くなったな」
慎也も隣に座り、キャップとゴーグルを外して濡れた前髪をかき上げる。その何気ない仕草が少し大人びて見えて、花憐の胸が小さく跳ねた。
「……うん。なんか、頭の中のモヤモヤ(キャッシュ)が全部消えちゃったみたい。すっごくスッキリしてる」
「物理的な強制リフレッシュ(水冷再起動)が完了した証拠だ」
慎也はペットボトルの水を飲み、ふっと息を吐いた。
「部屋にこもって非効率にエラーを吐き続けるより、こうしてシステム全体を強制冷却した方が、夜の学習プロセス(タスク)の効率は飛躍的に向上する。……どうやら、貴様には水冷方式が合っているようだな。次からは週に二回、このプールでのメンテナンスをスケジュールに組み込む」
「えっ! ……あ、でも、次はもう少し可愛いキャップ被ってきてもいい……?」
「機能性を損なわない範囲(レギュレーション内)であれば許可する」
厳しい口調の裏にある、彼女のパフォーマンスを最適化するための徹底した管理と、不器用な優しさ。
塩素の匂いと冷たい水の感覚に包まれながら、花憐は「スパルタな水冷処理」も悪くないなと、こっそりタオルの中で微笑むのだった。
【事後分析報告】
読んでくれてありがとうございます。慎也です。
また僕の体が物理法則を無視した動きをしていたようですが……楽しんでいただけたでしょうか?
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