困惑の執事
ドアの外には身なりは立派だが、困惑を顔いっぱいに浮かべた男性が立っていた。
年のころは30歳ぐらいに見えた。
アリーナは彼を認めると、すまなさそうに言った。
「申し訳ありません。ただいま新規のご依頼は……」
「いらっしゃい。依頼はなんだ?」
突然割って入ったジョナサンを、アリーナはちょっとと制した。
だがジョナサンは止まらなかった。
男性は一瞬戸惑いを見せたが、声を張るのも疲れたという調子で話し始めた。
「初めまして。
わたくしはフィリップ・クレメンスと申します。
商人のスティーブン・イースターブルック様にお仕えする執事でございます。」
「おお、あの一代で財を成したっていう!
そんな有名人の執事さんが、俺たちに一体なんの用だ?」
「どうか笑わずにお聞きください。
旦那様があなた方に挑戦状をお書きになりまして、持ってまいった次第でございます」
「挑戦状?」
ジョナサンとアリーナは、声を揃えて尋ねた。
込み入った話になりそうだとジョナサンは判断し、立ち話もなんだからとフィリップを中に案内した。
アリーナは腹をくくったと見えて、給湯室にお茶をいれに行った。
「こちらが、旦那様による挑戦状でございます」
応接室の椅子に座ったフィリップは、金の飾りが施された封筒を差し出しながら、おずおずとそう言った。
ジョナサンは封筒を受け取り、軽い調子で尋ねた。
「開けていいか?」
「はい、むしろ開けていただきたいのです。
内容をご承諾いただきませんと、わたくしが帰れません」
ジョナサンはわかったと返し、凝った紋章が押された封蝋をはがし、中の手紙を読んだ。
「えっと、
『リュシストラトス調査団の皆さん、はじめまして。
私はスティーブン・イースターブルック。
皆さんご存じの、金持ちの大商人です。
あなた方のうわさは、かねがね聞いております。
そこで私は、あなた方がどれほどすごいのか、その実力を試してみたくなったのです。
なにをバカなと、お思いですか?
私は自分でも恐ろしいほどの、好奇心の持ち主ですよ。
ですがこの好奇心のおかげで、今の地位があると、私は確信しております。
好奇心は猫をも殺すと言いますが、一度きりの人生、楽しまなくては損ではありませんか。
前置きが長くなりました。
今回皆さんに挑戦していただくのは、からくり屋敷からの脱出です。
それもただのからくり屋敷ではありません。
大商人である私が、贅の限りを尽くした、素晴らしいからくり屋敷です。
ぜひとも、私からの挑戦を受けてください。
脱出の暁には、皆さんの願いをなんでも叶えましょう。
リュシストラトス調査団の皆さんへ
偉大なる大商人 スティーブン・イースターブルックより』
なんか、あんたも大変そうだな。
主人がこんなんで」
「恐縮です」
フィリップはそう言いながら、縮こまっていた。
ジョナサンは頭をかきながら言った。
「つまりあれか?
俺たちがこの挑戦を受けないと、あんたは屋敷に帰れないんだな?」
「はい……」
フィリップの声は、今にも消え入りそうだった。
ジョナサンは少し考えてから言った。
「わかった。
この挑戦、受けよう!」
「ええっ!」
それまで黙ってふたりの話を聞いていたアリーナは、思わず声を上げた。
ジョナサンは彼女に言い聞かせるような声を出した。
「困っている奴を助けるのが、俺たちのそもそもの役目だ」
「今たまっている依頼は、どうするのですか?」
「そんなの、子のからくり屋敷とやらから、さっさと抜け出して片づけりゃいいだろ」
「そんなにうまく行くとは、思えませんが」
「でも、ここにイースターブルック家の執事をずっといさせるわけにはいかないだろ。
フィリップさん、早速帰って、俺たちが挑戦を受けると主人に伝えてくれ」
「かしこまりました。
ありがとうございます!」
そう言うとフィリップは、ジョナサンが差し出した手を両手でがっしりと握った。
アリーナは不服そうな表情を崩さなかった。
おそらく山積みの仕事のことでも考えているのだろうと、ジョナサンは思った。




