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Take On Me   作者: マン太


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32/42

32.写真

「これは良く撮れたな? この中で選ぶならどれにする?」


「う~ん。そうだね。これはいいけど…これはどうだろ? ブスに撮れすぎ。(たける)、腕悪いんじゃないの?」


「そういうなよ。俺はもともと自然相手の方が得意だしな。第一、被写体が悪いんじゃないのか?」


 岳は手元のパッドの画面に写る写真に目を落とし、自分の発した言葉に、誰にも分からない程度、口元を歪ませる。

 そこにいるだけで絵になる、そんな奴がいた。ポーズも取っていないのに、ただ笑っているだけなのに絵になって。

 それを思い出したのだ。

 しかし、すぐにもう一つの声に現実に引き戻される。


「言い方! ったく。相変わらずなんだから。別れてから何年も経つけどちっとも変わらないんだね?」


「うるさいな。早々変われるか。第一、俺を捨ててさっさとイギリス行ったくせに、色々言うんじゃねぇよ。紗月(さつき)


 岳の言葉に、色素の薄い黒目勝ちの瞳に怒りの色を浮かべて見上げて来る。

 身長は低い方ではないが、百八十センチ以上はある岳と並ぶと低く見えた。

 襟足位に伸ばされた髪は日に透けると茶色に映り、日本人離れした容姿を引き立たせている。確か、クォーターだと言っていた気がするが、どこの国かは忘れてしまった。


「だって、演劇の勉強にはそっちが良かったんだもの。あの時、岳に引き留められなくて良かったよ。じゃなきゃいまの成功はなかったもん」


「成功って言うほど、成功してんのか? まだ映画も演劇も端役じゃないか。それにモデルもな?」


「ああもう! っとに、口悪いな! そんな口は──」


 紗月と呼ばれた青年は、長身の岳の首へと手を回し、慣れた手つきで髪を撫で背伸びし、キスをする。

 岳も拒みはしなかった。

 それは家族同士でする程度のもので。

 もう、紗月に対して恋愛感情はない。というか、当分そんな気にはなれそうにないだろう。

 彼の存在が自分を占めてしまって、誰であろうと入り込む隙がないからだ。

 例え学生時代四年間つきあったこの紗月でも、それは受け入れられなかった。


「…塞いだだけだね。応えてくれないの?」


 紗月の白い指先が唇を辿るが、


「無理だ。お前をもうそういう目で見られない。というか、誰も見られない」


「嘘だ。岳は自分に嘘をつくのうまいもの。本当は僕に心揺れているけれど、認めたくないだけだよ。そんなに、前の彼氏が良かったの? 相性が良かった? それとも飛び切りの美人? 僕よりも?」


 長い睫毛を震わせて、紗月は見上げて来るが。岳はそれまで腕に抱えていた紗月を離すと。


「そんなんじゃない。大和(やまと)は…」


「へぇ。ヤマトって言うんだ。ねぇ、写真くらい持っているんでしょ? 見せてよ」


「…ない。全部処分した」


「うわ! きっついなぁ。僕のもそうやって処分しちゃったわけ?」


「ああ。お前なんか瞬殺だ。未練もなかったしな」


「本当に酷いな…。確かに、僕に対して恋愛感情はないみたいだね」


「言ってるだろう?」


「でも、付き合えばまたそうなるかも。それに、昔は上手く行ってたんだし、僕たち相性も良かったし。きっと上手く行くよ。僕は岳が前の彼氏を思ってたって気にしないよ。絶対、忘れさせて見せるから」


「…お前な。いい加減しつこいぞ。男に振られたばっかりだろ?」


「…ばれた?」


 岳は盛大にため息を吐き、肩を落とす。


「だからお前は嫌なんだ。裏の顔がありすぎる。うちの亜貴(あき)とどっこいどっこいだ」


「あ! あの可愛い弟さん! ね、彼はどっち? ゲイ? バイ? それとも──」


「あのな。何でもそっちに持ってくな。あいつはまっとうな道歩いてる最中だ。…多分な」


「あ~あ。早く僕も彼氏みつけよっと。岳にまで振られるなんて悔しいもの」


「大丈夫だ。お前ならすぐに見つかるさ」


 そう紗月に太鼓判を押した後、表の玄関の門が軋んだ音を立てた。たまに風で揺れる事がある。そのせいだろうと思った。

 気を取り直し、再び机の上に置かれたパッドを覗き込み、撮った写真の選別作業に取り掛かった。

 これは今度、雑誌に載せる為の写真だった。ぜひ、岳にと紗月自身が指名してきたのだ。


 どこから名前を聞きつけたのか。


 たまたま師事した写真家が業界でも人気のある写真家で、その関係で偶然知ったのだろうとは思っているが。

 大和の写真は処分などしていなかった。


 処分どころか──。


 岳はひとり嘆息する。自分に思う資格はないと切り捨てながら、結局、未練を残したまま今日に至る。

 真琴(まこと)の話では、大和は岳の事を信じて待っているようだった。

 言ってやらねばならない。もう、待つなと。

 けれど、そうする勇気もなかった。切り捨てようと思いつつ、行動は伴わない。

 いっそ、紗月のことを好きにでもなれれば良かったが、久しぶりに会った紗月を見ても、ああ紗月だなと思っただけで、以前より更に美しさに磨きがかかった彼を見ても心躍らなかった。

 それ程、大和の存在が自分の中を占めているのだ。組を継ぐ必要がなくなった今、大手を振って大和を迎えに行くこともできるのに。

 失われそうだったその命。

 その理由を思うと、どうにも動くことができなかったのだ。


+++


「あれ?」


 岳の家に向かう途中、亜貴は大和によく似た人影を反対側の道に見た気がした。

 もうすぐバスは目的地に着く。

 追って見ようかと思ったが、直ぐにその姿は人波に呑まれ消えて行った。見間違いだったかと思ったが。


 でも、よく似てたな。


 ここは兄岳の家に近い。もしかして? とは思ったが、単なる考えすぎだと思い直した。

 だいたい、大和はその岳の居場所を知るはずもないのだ。

 あれから、鴎澤(おうさわ)組は畳まれ、当初の予定通り亜貴の籍はそこから抜かれることは無かった。

 ただ、生活の拠点は父親の用意した家に移り今に至る。海辺に近い洋館は、建付けは古いものの居心地が良かった。

 岳もたまに顔を出す。真琴や藤、牧はもう少し頻繁に。でも、肝心の彼は訪れない。兄が迎えに行かないからだ。

 かと言って、別れを告げた訳でもない。生殺しだ。大和は今も岳の迎えを待っているらしい。

 それを知って、無理とわかっても兄を殴ってやりたかった。亜貴が欲しい物を手に入れる事が出来るくせになぜそうしないのか。


 本当に、俺が代わりたいくらいだ。


 御蔭で亜貴まで大和の見舞いに行けなかった。意識を取り戻したと知って、直ぐにでも会いに行こうとすれば、それを岳に止められたのだ。

 もう、大和に関わるなと。


 自分が関わらないのは勝手だけど、俺はいいじゃないか。


 確かに大和は別れた際、もう会わない方がいいと口にしたけれど。あの時は、まだ岳が組を継ぐ事になっていたからで。

 今なら何を気にすることもない。


 だって、好きなんだもの。誰かに盗られてからじゃ、遅いんだ。振られたって、俺は引かない。


 そう。焦るのは何となく、真琴(まこと)の動きが怪しいからだ。兄以外で同性を好きになる事は無かった様だが、ここ最近、いそいそと大和と連絡を取り合っているらしい。

 唯一、大和と会っている人物。


 なんか、怪しい。


 女性と付き合ってもいたようだが、最近別れたらしい。たいして衝撃を受けていないのは、そこまで真剣で無かったからだろう。

 なのに。大和の事となるとやたら深刻な顔をして悩む。相談にもちょくちょく乗っているようだ。


 絶対、大和に気があるよ。


 ぼんやりした兄岳は気づかないだろうが、大和を思うものとして、その勘は鋭くなっている。

 真琴は無意識でそうしているのか、既に自覚しているのか。後者だと亜貴は睨んでいる。


 兄さん。いい加減、はっきりさせないと、マゴマゴしているうちに、盗られちゃうんだからね?


 バス停からの緩い上り坂を上がりながら、亜貴は自宅兼仕事場にいるであろう兄に向けて息巻いた。


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