走る
放課後
「お、ケイ!午後の練習は出れるんだ。」
「ああ、でも明日の朝も補習があああああ………」
授業を終え、魔闘用グラウンドに向かうケイとティー。
「じゃあ明日の朝練も出れないんか…こりゃもっと勉強しないとなあ」
「そうだねえ…」
「ってマツ、いつの間に!?…まさか、お前らまた縄で縛る気か!?」
「逃げなきゃ縛んないよ。お、ついた。魔闘用グラウンド、だ。」
「入部テストの時ぶりだね。」
広大な芝生のグラウンド。そこに円を描くように建てられた8本の銀色のポール。校舎側には観客用の観戦スペースが敷かれる。魔闘を行うために作られたグラウンドだ。
魔闘や大規模な魔法を行使する練習は通常のグラウンドでは禁止されている。このようなコートの存在は魔闘部には欠かせない。そのため、多くの中学が、魔闘用のグラウンドを持つが、予算や敷地の関係で、ここまで大きなコートを持つ学校は少ない。
特に、公式戦の規格にも対応しているグラウンドの存在は、強豪校の特権ともいえるだろう。勿論蘭花もその一つだ。
魔闘用コートは、入部テストが行われていた際は、何度か新入生も利用していた。入部希望者全員を通常コートに入れるには、人数が多すぎるからだ。が、最近は大会を直前に控えるレギュラーの2、3年生によって使用されている。
そして、ティーとケイが訪れる頃には、多くの2、3年生が既に集まり、ウォーミングアップを始めていた。
「おお!ティー君に、ケイ君じゃないかあああ!!おじさん!会えて嬉しいよ!!」
「あず、ま先輩…」
「どうかしたかい?おじさんの顔になにかついてるかい?」
「いや、いきなり、抱き着くのは、やめてもらえませんか?」
「おっと、すまない、ついつい。なんせようやく新入生と一緒に部活ができるのだからね!!」
「せんぱい!だから抱き着くのは!」
「もう!このあほアズマ!!新入生困らせてどうすんのよ!!」
近づいてきたルミ先輩が東先輩を叱る。
そして容赦のないげんこつが振り下ろされる。
「ルミ君!分かった!離れるから!叩くのやめてくれないか!」
「分かればよろしい。ホント、軍神君を見習えなんて言わないけど、せめて大阪君ぐらい慎ましく生きてくんないかなあ」
「僕は!慎ましく!生きてるぞ!!」
「はいはい。思ってもないこと言わない。ほんとアズマは調子いいんだから。部活開始時間だし、いくよっ!ティー君とケイ君もこっちに集合だから、集まってね。」
ルミ先輩が呆れた顔で東先輩を引きずっていく。
その少し後ろティーとケイが追う。
「…なあティー。」
「なんだケイ。そんな小さい声で。」
「…なあルミ先輩、めっちゃ可愛くないか?」
「…なんかケイのそれ、久々に聞いたぞ。」
「なあ、ティー、分かるだろ!!」
「いや。………、あ、そういうことか…!」
「ん、どうした?」
「さてはケイ、ちょっと背が高めの女子が好きなんだな…!」
「なっ!!…そんなわけ…」
そんな二人に一人の先輩が近づく。
「お、ティーにケイじゃねえか。」
「あ、鎧井先輩。」
「さ、さっさと並べ。もう始まるぞ。」
「並ぶ?」
ティーたちの周りでは先輩たちがいくつかの列を作って整列していた。列は整っており、立つ先輩方の姿勢も整っている。部活が始まるだけとは思えない、威圧感のある様相だ。
「ああ、ちゃんと等間隔並べよ。あと姿勢もしっかりしとけよ。」
「分かりました。」
ティーとケイも列に加わる。あとからやってきた他の一年生も同様にする。
「今日からは大変だと思うが…。まあ、頑張れよ。」
「え?」
そうして暫く、一人の男が、前に立つ。その体は大きく、立ち振る舞いは緩慢なようで無駄がない。中学3年とは思えないその少年は、軍神先輩、この魔闘部の部長だ。
部長が、静かに、大きく、息を吸う。
「これよりッ!!本日の!!!魔闘部の練習を!!開始するッ!!!」
張り上げられた声に、空気が凍り付く。
直後、たくさんの、空気が吸われる声が聞こえる。
「応ッ!!!」
その声に、2年生と3年生が応える。
「これが、魔闘部のやり方だ…!一年生も、やるぞ…!」
「これよりッ!!本日の!!!魔闘部の練習を!!開始するッ!!!」
「応ッ!!」
毎日の魔闘部の練習は、こうして、始まる。
§
「で!!!なんで俺たちは見学なんですか!!!」
ティーたち1年生と日和先輩はグラウンド外周にいた。
「ごめんねティー君。でもレギュラーの邪魔するわけにもいきませんから。」
グラウンド中央部では2,3年生が練習の準備を始めている。今日は実際のルールに則り、戦闘を行いながら練習を進めていくようだ。レギュラー7名に対してその試合相手を他のメンバーが務める、という形式だ。
一年生はグラウンドの外周で練習風景の見学だ。
「私も先輩と練習したいですッ!日和先輩!」
ティーに続くセラ。
「あの、俺も…」
イチも続く。
「イチ君まで!?…うーん、ですが今日は実戦練習ですし…」
そんな一年生たちのところに佐倉が近寄る。
「日和ちゃん、どうかしたの?」
「あ、佐倉先輩!いいんですか?こんなところにいて。」
「うん、私の準備は済んだから。それより、何かあった?」
「それが、ティー君とセラさん、それにイチ君も、練習に参加したいみたいで…」
「そう、参加したい、ね…」
「はい!参加、したい、です!」
そんなティーたちを見て少し何かを考える佐倉先輩。
「いいよ。じゃあ今日はみんな、参加しようか」
「え!いいんですかっ!!」
「いいよいいよ。せっかくの練習なのにみてるだけじゃ、つまらないもんね。」
そこで佐倉先輩が声を張り上げる。
「2,3年生のみなさんー!!今日の練習の予定を変更します!!基礎ランの準備をしてくださーい!!」
そこで、日和先輩が佐倉先輩に声を掛ける。
「ですが佐倉先輩、いいんですか?レギュラーの練習計画が崩れてしまうのでは?」
「いいの、いいの、練習計画にはまだ余裕があるし。それに彼らも新入生との練習は、いい刺激になるんじゃないかな?」
佐倉先輩は穏やかに笑みを浮かべていた。
「ということで、1年生のみんな!走る準備、しよっか!」
「やった!先輩と走れるよ!」
「うっし!先輩に勝つぞ!」
盛り上がる三人の後ろ。唖然とそれを見ていたケイが声を上げる。
「…って、オレらも走るのか!?」
§
グラウンド外周に引かれた一本の白いライン。その後ろに三年生、二年生、一年生…と、現在の魔闘部部員の殆ど全員がそこに集結していた。その隣にスタートの合図を鳴らすため佐倉先輩が準備に入っている。
カイトとイブもストレッチを終え、スタート位置についていた。
「ちっ、ティーのせいでめんどくせえことになっちまったな。」
「カイト、そんなこと言って、さっきまで散々退屈だっていってたじゃないか。」
「けどよ、基礎ランじゃ、いつもとやってること変わんねえじゃねえか」
「アハハ、それは確かに。でもプロ目指すなら基礎ランは欠かせないんじゃないのかな?」
「だけどよ、折角先輩と練習できるんだ。もっとタメになる事いくらでもあるだろ。だいいち、基礎ランなんて、部活じゃなくても一人でやりゃあいい。」
「イブ、カイト、これは僕の予想なんだけどね…」
「高石先輩!?」
高石藤也。入部テスト初日にティーやセラと戦った2年生。魔闘部レギュラーだ。
「多分、いつもと同じことをやるのに意味があるんだよ。」
そこで佐倉先輩が片手を上げ合図をする。
「みなさん、準備はよろしいですか?この基礎ランでは時間や周回数の制限はありませんから、各自、満足のいくまで、走り続けてください!!」
佐倉先輩の手が白く光り始める。
それぞれが、態勢を整える。
(くそっ!やるならやれるとこまでやってやる!)
(やっぱり、やる気満々みたいだね、カイト。)
イブとカイト。
他の面々もやる気に溢れている。
(セラだけじゃない!先輩たちにも勝ってやる!)
(先輩どれぐらい速いのかな…!でも私も負けない!)
ティーとセラ。
佐倉先輩の手の光が強まる。
「はじめ!!」
佐倉先輩の手から空へ光が放たれる。全員が、一斉に駆け出した。
§
(鎧井君や日和ちゃんがいっていた通り、なかなか、根性ある子がそろってるみたいだね…)
魔闘部員たちが始めてすでに数十分。佐倉先輩は走る新入生たちを注意深く観察していた。
そして、一人一人その様子を確かめていく。
(川崎世良さん、一見、少し小柄でかわいらしい姿から、おとなしそうな印象も受けるけど、実際は、先輩にも物怖じせず挑んでいく挑戦心のある子。何より、入部初日に覇王をだしたのは、やっぱり信じられない…)
(ティー君こと川三法呈 君、藤也君に一番槍で挑戦して、そのまま勝利を掴み取った。そして彼も練習熱心だし、先輩や格上にさえ勝とうっていう反骨心もある。例年なら間違いなくエースになるであろう逸材だね……)
(イチ君。ああ、彼が噂の…)
「あっ!?イチ君!?」
§
「あっイチのやつ、こけてやがる。大丈夫か?」
「ほんまや、大丈夫かな。…それより、ティーちゃんが人の心配するなんて珍しいな。」
珍しく並走するティーとユリ。それにケイも一緒だ。ただ、正確には、ティーとユリ、ユリとケイの間には多少の周回差がある。
「俺が人の心配して悪いか?」
「そういうことじゃないんやけどなあ…」
「イチの心配もいいけど、ティーは大丈夫なのか?セラとそろそろ半周差なんだろ?」
「あっ、やべえ。負けるかああああ!!!」
スピードを上げるティー。少しずつ二人を離していく。
「なあユリ、これ、いつまで続ければいいんだろうな?」
「佐倉先輩は満足いくまでってゆうてたけど、先輩誰もやめる気配ないんよな…」
「くそ、朝も走ったってのに。せめて…いつもと同じ、50周は走るか…」
さらにそれから走り続ける部員たち。
セラや先輩に負けまいと奮闘するティー。徐々に疲れ始めるも、50周はしようと走るケイ、黙々と走り続けるユリ。軽く流しながらもギブアップする気はないらしいカイト。こけた拍子で痛む足を庇いながら走るのをやめる気が無いイチ。
たのしげに走るセラ。目に入る汗と熱さを気にするイブ。いつもケイと一緒に走ってる今日は少しリードしているのが少し嬉しいマツ。
そして2,3年生はまだまだ余裕そうだ。ペースの面でも大きな差がある。セラと、かなり飛ばしているティーがぎりぎり追いかけているが、他の1年生とは大きな差がある。
そうして暫く時間が経ち、一年生にそろそろ限界が訪れはじめる。
「はあ、はあ、もう私もやめとこかな。」
ユリがグラウンド内側の終了組に合流する。息を上げるユリに佐倉先輩が近寄り、飲み物を手渡す。
「ユリちゃん、お疲れ様。」
「ありがとう、ございます。」
終了組には既にイブ、マツ、ケイがいた。皆、息を上げ、座り込んでいる。まだ走り続けているのはティー、セラ、カイト、イチ、それに2,3年生だ。
走り終えたユリに、先に走り終えていたケイが声を掛ける。
「お、ユリも終わりか。お疲れ様。」
「ケイちゃんも、お疲れ。ケイちゃんもめっちゃ走ってたやん。」
「へへっ。オレだって体力ついてきてるんだぜ。」
そこに、マツも加わる。
「ユリちゃんもすごいよね!私も小学校の持久走なら一番だったんだけどなあ。」
「ふふっ、私もなかなか凄いやろっ!けど、ほんまに凄いのは今残ってる3人ちゃうか?」
セラとカイト、それにティーを見ながら言う。
皆、かなり疲れているようだが、やめようという気配はみじんも無い。
「それが、4人残ってるんだよね...」
「え?」
ユリが見渡すとグラウンドの外周には足をふらつかせながらも少しづつ進むイチがいた。
「……あ、イチ君。もうボロボロやん…」
「走ってて気づかなかったの?」
「全然。最後はもうへとへとやったしなあ……………あの、佐倉先輩、」
「ん?何?」
「イチ君止めてきていいですか?あれ以上続けたらさすがに怪我しませんか?」
「?…………ああ、そう、そうだね。止めてきてくれるかな?」
「はい!」
§
それからさらに時間が過ぎる。暫くしてまだ余裕ありげなカイトが切り上げ、そしてティー、セラも限界がくる。
「ティーちゃん、お疲れ様。セラちゃんも。はい、これ。」
ユリがティーとセラに飲み物を手渡す。
「はあ。……はあ。……ありが、とう。くそっ、今日も、勝てなかったか。」
「でも、私も先輩には全然かないませんでした。先輩、凄いなあ。カッコイイ…」
「まだ、誰も、ギブアップ、してない、なんて、信じられないな。」
「早く先輩みたいに強くなりたいですね…ティー君…!!」
「…………ああ、そう、だな…。」
「あれ、ティー君?ティー君も強くなりたいんじゃないんですか?」
一瞬答えに迷ったティーにセラが尋ねる。
「…セラは、先輩より強くなりたくないのか?」
「?…………うーん、そんなこと、考えたこともなかったですっ。」
「ああ。…そっか。それなら、いいんだ。」
走った疲れが取れてきたティーが立ち上がる。その目はどこか遠くを見ていた。




