第2部 プロローグ② それぞれの決意を
歓迎式 翌日
夕暮れ時の蘭花中学校旧校舎。東京都郊外に位置する蘭花中学校は閑静な住宅街と多少の自然に囲まれている。駅から自転車で10分少々のところに校舎を構える新校舎は比較的住宅に囲まれた環境にあるが、そこから少し離れた旧校舎は住宅と自然、その半々に囲まれた環境と言えるだろう。旧校舎の正門側は住宅街、裏門側はほとんど森といった具合だ。
そのため、真夏も真っ盛りのこの時期になっても、旧校舎には夕暮れ時には涼しい風が舞い込む。新校舎は利便性を追求して、街側に移っていったが、ここもすごしやすい、とてもいい場所だ。
そんな旧校舎の校舎内の廊下では、ルミの代わりのレギュラーを決める、執行会議を終えた、高石とルミが歩いていた。
「決まりませんでしたね。代わりのレギュラー。」
「予想はしてたけどさ、やっぱり、こうなるよね。」
ほぼ半日にも及んだ執行会議。だが、その進捗は困難を極めた。
「強い人を選ぶのは簡単ですけど、勝てる人を選ぶのは難しいですからね。」
「その通り。これは、どうしたものかな…」
強い人を選ぶということはさほど難しいことではない。春のレギュラー選抜時の記録は残っているし、そのあとも何度も合同練習をしている。実力が拮抗している選手もいるが、その中でなら、誰を選んでも結果はたいして変わらないだろう。だが、それで勝てるかは別問題だ。今の選手との連携や相性も考慮しなければならないし、あと全国まで1月少々の今、全国での仮想敵との嚙み合わせも重要だ。それにもう一つ、彼らには重大な問題があった。
「やっぱり、誰を選んでも、ルミ先輩の代わりは務まりませんよ。」
「ふふっ、私、強いからね。」
「先輩、笑ってる場合じゃないですよ。やっぱり僕たち、先輩抜きで、全国で勝てるとは思えません。」
ルミが欠けたことは彼らにとって、致命的ダメージだった。ルミはチームのナンバー2、特に覇王持ちであるため、チームでの存在感は非常に大きい。彼女がいるからこそ勝てる試合は多い。そのルミが抜けることの影響は言うまでも無いだろう。
全国では先の西町谷と同格、あるいは上位のチームが数多くいる。その上、週に1~2試合の都大会に対し、全国大会は毎日連戦。その上、日程によっては一日2試合を強いられる場合もある。消耗は激しい。西町谷以上の相手に対して戦うとなると、その一戦を勝てるかすらわからない。そのうえ、勝ち続けることが必要なことを考えると、ルミなしで全国を勝ち抜くのはほとんど不可能だろう。
「やっぱり必要なのかな、『劇的な一手』が。」
「劇的な一手、ですか?」
「そう。全国大会では、私たちと同格、あるいは格上と戦って勝ち続けなきゃいけないじゃない?いつものように堅実な手を打ってるだけじゃ、彼らを相手に勝ち抜くのは難しい。だから、蘭花が追い詰められたとき、必ず意識するのは、誰も考えつかないような一手。失敗のリスクが大きくても決まれば活路が見える、そんな一手よ。」
蘭花魔闘部は試合や練習において堅実な戦法を取る事が多い部だ。それは確実な実力があるから、堅実な戦法を取るのが最善だと考えるからその戦法を選ぶのだ。だが、いつでも堅実な戦法が最善とは限らない。全国では堅実な戦法だけでは、勝てない敵もいるだろう。だから、蘭花はいつも劇的な一手を、時に誰も思いつかないような戦術を取ること脳裏によぎらせている。
「都大会でいうなら、『覇王術』、ってことですか。」
「私の怪我は間に合わなそうだし、成功したとは言えないけどね。」
「それでも、先輩のお陰で全国に繋がりましたから。」
そこまで言った高石が目を細める。高石の脳内に都大会決勝戦、最終戦の光景が浮かぶ。高石自身と静香の猛攻、西町谷の2体の覇王。ルミの覇王術。
「先輩。」
「ん、どうかした?」
「先輩。僕たちはみんな、全国優勝したいと思ってます。だから、つらい練習も、なかなか友達と遊べないのも耐えてます。でも、先輩は、ルミ先輩は誰よりも全国優勝への拘りが強いように見えました。本当は、全国大会に出られなくて、悔しいんじゃないですか。」
「…………………そうだよ。……あー、やっぱり私が全国出たかったなあー…。でも、選んだのは私だから。静香にも、高石にも、他の誰にも、責任はないよ。」
「お見通しですか…でも、それでも…」
高石はあの試合を思い出さずにはいられない。自分が上手くやっていれたら、最初の一分で岩屋を倒せていたら、覇王が顕在した後、もう少し、敵に食らいついて入られたら…
こんな思いを抱いているのはきっと、高石だけじゃない。自分たちの選択の結果、ルミは全国に出られる可能性を失った。3年の夏はもう二度と戻らないのだ。
「特に静香は私が怪我したのを自分のせいだと思っているみたいでね、あの子に私が悔しく思ってるのは、見せられないよ。」
「ま、あんたか静香が覇王でも、使えるようになればなんとかなるでしょ?どのみち来年は私たちはいない。蘭花を背負うのは2人なんだから。」
「………そうですよね。僕たち、もっと強くならなきゃいけません。…でも、あと一月で覇王覚えるのは無茶じゃないですか!?」
「ははっ、あんたたちなら、できる、できるよ!」
夏の夕日が住宅街に沈んでゆく。沈んだ夕日は今日はもう昇らない。時間は戻らない。だから、進むしかないのだ。
高石が、ルミの左目から流れたものに気づけなかったのは、彼女がそれを隠したからだ。
§
翌日 吉祥神社駅 ホーム
朝の7時を少し過ぎたころ。通勤ラッシュのホームは人で埋め尽くされている。橙色の電車が止まり、ドアが開くたび人が流れ、少しホームの人が減り、また数十秒もすれば人で埋め尽くされている。
スーツ姿の者も制服姿の者もどこか世話しなく、だがそんなそぶりを見せぬように電車を待っている。本を読む人、携帯をいじる人、ただ何もせず待つことに専念する人。次の電車が訪れるまでの数分、彼らは何を考えているのだろう。
そんな生き急ぐ人々に埋め尽くされたホームの中で、呆然と立ち尽くしている制服姿の少年が一人。
「おはよう、坂。どうした、こんなとこでボーッと突っ立って。」
「おお、大阪か。おはよう。」
「学校行かねえのか?こんなとこで突っ立てるなんてらしくねえぞ?」
坂と大阪は中学一年からの付き合いだ。部活は勿論、クラスも三年間一緒だし、地元も一緒だ。
それに魔闘の能力の相性の良い。無属性だが多様な武器種と高火力で戦う坂と、様々な属性と身体強化を味方に付与しながら戦う大阪の能力は絶妙に噛み合い、多様な攻撃手法と高火力で非常に強力だ。
大阪の能力は他にも汎用性が高いことから、毎回坂と組むわけではないが、それでも部活中ともにいることが多い。
「ああ、そうだよな。ちょっと考え事をしてたんだ。」
「考え事?」
「俺は、楽しいから、勝ちたいから、魔闘をやってんだ。でも、まだ俺は甘かったんだ。」
「甘かった?」
「西町谷の戦い方、見たろ?まさに勝ちへの執念があったからこそできた戦いだった。それにルミだってそうだ。勝つために自分の足まで犠牲にした。」
西町谷の戦い方は執念そのものだった。特に、一戦目のレヤックはプライドを捨て去ってでも勝ってやろうという意思の表れだ。その結果、坂はレヤックを決められ、蘭花は一戦目を落とすことになった。
ルミも自分の足を犠牲になることは分かっていただろう。それでも、覇王術を使ってでも勝つという選択をした。
「つまりなんだ?負けたのが悔しいのか?」
「ああ。それに俺が勝てなかったから…いや俺たちが西町谷の執念に負けたからルミが怪我しちまった。」
「まあ、執念というかというか、運が悪かったというか…」
坂が拳を握りしめる。
「俺は強くなりてえ。誰にも負けねえぐらい、強くなりてえ」
大阪は少し考えて、答える。
「坂、お前は十分強いよ。決勝は運が悪かったが、お前がいなきゃここまでこれなかった。だがらそんなに思い詰める必要は無いし、ルミの怪我に責任を感じる必要も無いと思う。けど、気合入れて頑張ることも、もっと強くなることも、いいことだ。今の蘭花には致命的に戦力が足りないしな。…まあ、なんだ、つまりあと一月、もうちょい頑張るか。」
「……そうだよな。って、大阪もか?」
驚いた顔の坂に大阪が笑って答える。
「勿論だ。俺ももっと強くなってやる。せっかくだから覇王でも目指すか。」
「お、いいな、それ。俺たちもついになるか。覇王使い。」
電車がホームにやってくる。流れる人々とともに、大阪と坂が電車に乗り込む。
「なあ、俺が覇王使えるようになったら、どんな覇王が出るかな?」
「さあなあ……あれじゃねえか。ルミが彦星だったし、織姫とか?」
「え!?織姫って琴で戦うんだろ!?もっとかっこいい奴がいいぜ!?」
人々を詰め込んだ電車が動き出す。2人を蘭花中学に向けて運ぶ。再び、一日が始まる。
決意を新たにしたのは彼らだけでない。
東も、静香も、佐倉も、軍神も、それぞれの思いを抱いて、再び蘭花中学へと集う。
残り一か月。残された力と時間の全てを賭けて、全国大会へと挑む。




