社畜13日目
※▽以降三人称。
俺が今住んで居る屋敷にはあまり使用人を置いていない。
理由としては信用ならない人間に身の回りをうろちょろされたくないのと、防諜関係が壊滅的なので『入り込んできた使用人がどこぞの間諜でした。』なんてのが高確率でありえる以上迂闊には雇えないのだ。
プレイヤード家は莫大な資金力を持つ上に悪徳の大貴族、表面上は頭を下げていてもその内心までは分からない。確実に金銭トラブルで恨まれているだろうし、食い物や飲み物に毒を盛られたくはない。だから昔父親から貰った奴隷達だけで屋敷の管理をさせていたんだが報告書を書いている間に静かにされたようだ。
……想像以上に早かったな。
心の中でそうため息を吐きながら、魔石に魔力を回して槍へと変える。恐らくマルグリット嬢を追跡して来た連中だろうと判断し、腰を上げたところだった。
―――激しい縦揺れが屋敷を大きく震わせる。そして、同時にその中に重い打撃音が微かに存在している事が聞き取れる。
ホワイトが侵入者を排除しているのだろう。そう判断した俺はソフィアとマルグリット嬢が居る部屋まで向かうのだった。
▽
一方、屋敷に侵入した者達は目の前で対峙している白髪の獣人の少女に戦慄していた。
彼らは王国のさる貴族が有する手勢の一つであり、政治闘争における後ろ暗い仕事を取り扱う部門の者達である。
個人の特定が不可能な様に、暗部に落ちた際に皆同様に顔を焼かれ、徹底した規律と訓練と人格・精神破壊を繰り返して行われた殺人機械。
当初、彼らの任務は帝国内部にてフランシス家の令嬢をその尊厳を失わせる様に嬲りものにさせ、その一部始終を報告書として己が主に提出する事。
その真意として、今回の一件によって王国及び帝国間での確執を再燃させ、『人類統一化』を謳った戦争を引き起こし、人間国家を一つに纏める事。その為の火種として、彼らは穏健派であるフランシス公爵家の勢力を削ぎ落としつつ、変革を謳う帝国に住まう腐った末裔を糾弾し、帝国の謳う変革を『人類を狂わせ破滅させる凶行』とする事で市民感情を煽り、煽動する事があった。
王国に住まう過激派である彼らからすれば、亜人と呼ばれる者達は人類よりも優れた別種の存在であり、自然淘汰的な観点から見ればスペックが劣る人類にとって潜在的な脅威であり、文明や文化を共有する事で血統汚染や文化汚染によって、人類は淘汰されるとそう本気で信じている。
だからこそ人間はその総数による総力戦を行い、亜人を淘汰しなければならない。その聖戦を起こす為には帝国はあってはならない国なのだろう。
しかし、その目的は初動を想定外の突発的な誘拐によって変更を余儀なくされ、新たに与えられた任務がマルグリット・フォン・フランシスの暗殺だった。
その日の内に暗殺者を放った判断からして、彼らの主人は即決即断の優秀な人物なのだろう。帝国にマルグリットが渡れば政治的な取り引きにてカードとされる、それは見せ札としても伏せ札としても有効だ。
政治は水物、万が一その取り引きにて王国が帝国に頭を下げるような真似をすれば……祖国を貶める事となる。
それ故の強行策だった。…………だが、彼らは決断を誤ったのだ。
暗殺者達が魔法によって音と姿を消し、騒がれない様に数少ない使用人達を始末した直後、それは現れる。
気配を完全に悟らせず、通路の真ん中で、窓から差し込む月明かりに照らされるようにして、白髪の獣人が立っていた。
その出立ちは普段の気の抜けた子犬の様な雰囲気では無く、近寄る者を全て凍てつかせるかの如く、伶俐で冷徹な物だ。
それは彼女の本性―――と言う物ではない。これはアシュリー・フォン・プレイヤードが望む役割を使い分けているだけだ。
人間には社会性を持つにつれて相手によって態度や性格をある程度使い分ける事が出来るようになっている、それは仮面とも称されているが、それに準えて彼女は主人が望む役割を演じている。
あの日、隷属の首輪を解き放ち、自身の一撃を耐えた彼を、幼い彼女は主人と認めた。幻想種の獣人である彼女にとってそれは絶対の忠誠を意味しており、人間不信のアシュリーには悟られる事なく彼が望む事を学習していたのだ。
常人の50倍以上の成長能力を持つ彼女は、本来ならば十分意思疎通が可能であり、政務もアシュリーの望む人材として活用できる。
―――しかし、主人がそれを望まれない。白痴の少女である事を求めている、故に彼の前では白痴の仮面を被っているのだ。
いわば二重人格。アシュリーの前に出る表の人格と、彼の見ていない場所で動く裏の人格、そして今動いているのは後者。
裏人格の彼女は先行して侵入した者を無造作に撲殺したのか、頭から出血して微動だにしないその死体を、まるでゴミの様に壁に叩きつける。
叩きつけられたそれは、強い衝撃と共に屋敷を揺らし、瞬時に原型を留めない肉片となり、夥しい血液と体組織はまるで染料のように壁を彩った。
見た目通りの身体能力では無い事を彼らは瞬時に判断し、臨戦体制をとる。
「―――我が主の命だ。一人たりとも生かしては返さない」
彼女はそう冷たく宣言すると、侵入者達に向かって襲い掛かるのだった。




